第47話 二人でお茶を?

 かなり砂糖多めです。

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 レイラ一行は城の外にある滑走路に到着し、跳ね橋へ向かった。透はこっそり、アントンに聞いた。

「跳ね橋を通る以外に城から出入りする方法はある?」

「崖を飛び降りるか森の中を通るしかないな」

つまり、レイラが嫌だと言ったら、帰れなくなると言うことだ。

「透、レイラ様はこの上なく上機嫌だ。しばらく、付き合って差し上げてくれ」

アントンが後ろから、こっそり頼んだ。

「アントン、いつから透とそんなに親密になったの?」

急にレイラが振り返った為、アントンは慌てた。

「透が夕食は何かと聞いたので、伝統料理を出す予定と、答えたところです」

サファノバ語なので、透には分からなかい。アントンの答えに、レイラの足取りは軽くなった。夕食を食べると言う事は、次の日までいるという事だ。今日の夕食は済んだのだから、明日の夜まで滞在するという事なのだろう。透は眠そうに欠伸をしている。レイラは、透は飛行機を乗り継いで休みなしで、助けに来てくれたのだから、今日はゆっくり休ませてあげようと決めた。


 日付はもうじき、翌日に替わろうとしている。そんな時刻にもかかわらず、城に入ると、家令の何人かが主人を出迎えた。

「女王陛下、ゲストをお部屋へご案内しておきますので、お休み下さい。ゲストの方、こちらへどうぞ。」

サファノバ語は分からなかったが、透は案内してくれるのだと気づき、女性について行こうとした。レイラが慌てて声をかけた。

「私が、案内するから良い。もう、下がりなさい」

「承知いたしました。では、女王陛下、ゲストの方、ゆっくりお休み下さい」

レイラは、自ら、透を部屋へ案内し、お湯の出し方や、電気の場所を教えた。トイレのドアも、洋服箪笥の扉も全て、開けて中を見せた。レイラが透を見ると、今にも眠ってしまいそうだった。

「透、明日は、私のそばを離れないで」

透は目を擦りながら頷いた。


 アントンはもちろん、ドアを閉めて部屋の外へ出た。しかし、5分もしないうちにレイラが部屋から出て来た為、驚いた。

「飛行機を乗り継いで、そのまま、助けに来てくれたのだし、今にも眠ってしまいそうだから、休ませてあげなくては」

アントンはレイラの成長に驚いた。

「レイラ様、お優しくなられて……」

「アントン、私は優しくなかったって言いたいのか? 夕食を食べるのだから、帰るのは明後日なのでしょう? それから、疲れているところ、悪いが、誰か透の部屋を見ていて。私以外の誰も入らないように」

「レイラ様、そこまで心配しなくても、城の者は皆、透がレイラ様と婚約する事は承知しておりますよ」

アントンは改めて、レイラの透への執着ぶりを思い知った。益々、透が明日朝一か、お昼には帰るだろうとは言い出せなくなった。


 翌朝。

 透は自分が部屋の鍵をかけたかどうかも覚えていなかった。なんとかシャワーを浴び着替えた途端に、眠りに落ちたからだ。

 そっと前髪を撫でられる気配で、目を覚ますと、目の前にレイラの顔があった。

「おはよう、よく眠れた?」

透は夢も見ないくらい深い眠りに落ちたと思っていたので、混乱した。レイラがクスクス笑う。

「透が目を覚ましそうもなかったから、寝顔を見ていただけ」

透が恐る恐るレイラを見ると、紺色のワンピースを着て、ベッドカバーの上に横になって、透の前髪を弄っている。レイラは透の額にキスをして、軽やかに起き上がった。

「朝食の場所は、マルコヴィチを部屋の外に待たせてあるから、ついて行って」

レイラはそう言い残すと、部屋を出て行った。廊下でアントンが日本語で、レイラに「お探ししました、どこにいるのか一言知らせておいてください」、と小言を言っているのが透の耳に入った。レイラが先ほどとはうって変わった凛とした声で、「わかっている」と答えたのも透に聞こえてきた。アントンはレイラに小言を言う時は、この国では誰も理解できない日本語を使っているようだ。透は溜息をついた。


 マルコビッチに案内されて部屋に入ると、レイラの正面に、透の席が用意されていた。朝食の席は、まるでディナーのように、紋章入りの銀のフォークとナイフとスプーンが用意されていた。丸いテーブルの上に、真っ白なテーブルクロスが、眩しい位に朝日を跳ね返している。テーブルの中央には、瑞々しい深紅の薔薇が飾られていた。野菜のたっぷり入ったスープと、出来立てのパンケーキが運ばれてくる。果物と紅茶も運ばれて来た。レイラは別人かと思うほど、いつもとは違う静かな笑顔を透に向けながら、先に朝食を食べている。

「もし健斗に会ったら、これ以上に付き纏われない為、透を婚約者だと伝えても良いかな?」

透は暗に返事を催促されているような気分になったが、それには触れずに答える。

「良いけれど、それで諦めるかな?」

「大丈夫だと思う」


 朝食の後、レイラが城の中を案内した。ベルサイユ宮殿のような壮麗さはないが、物語に出てくる妖精が住んでいるような城だった。居住区の中は古風な良さを留めつつ改装されており、暖房冷房も完備され、快適な温度を保っている。居住区以外の場所は、見学コースが設定されており、十時になると、観光客が城の五分の一にあたる場所を見学し始める。レイラは透を連れて十時になる前に、見学コースを案内し終えた。


 十時半には朝のお茶にしようとレイラが言い、見学者がこない居室のうちの一つの部屋に入った。

「流石に疲れたから、今日は仕事を休む事にした」

そうレイラは透に言ったが、部屋に入るまで、レイラに指示を仰ぎに来る執事や、家令が何人もいた。レイラは常に忙しいようだ。


 マントルピースの上には、絵画と蘭が飾られている。サーモンピンクのベルベット貼りのソファに囲まれたローテーブルの上には、紅茶とお菓子が用意してあった。城の中には常に人がいたが、この部屋には人がいない。レイラが後ろ手に扉を閉め、透を部屋のソファへ誘う。時が止まっているような部屋の中、大きな時計の秒針の音だけが確実に時を刻んでいる。レイラはテーブルワゴンの上で紅茶にブランデーらしき物を注いで、透に渡した。透は紅茶を受け取ったが、念の為レイラに聞いた。

「入れすぎじゃない? 確か、ティー・ロワイヤルはスプーン一杯と聞いた気がするけど」

「え、そうなの? そんなに強いお酒じゃ無いから大丈夫。このお酒はリトアニアだけで作られる珍しいものだから、試してみて。嫌いじゃなければ、また夕食の後に出させる」

(アルコール度数50%、透にはほんの少し酔ってもらわないと……)


 レイラは透が紅茶を飲み干したのを見届けてから、透の前に立った。

「透、やっと二人きりになれた」

「棺の中でもそうだったけど?」

「茶化さないで……逢いたかったし、逢えなくて寂しかった」

そう言われてしまうと、透は「ごめん」としか言えず、立ち上がって、そっとレイラを包み込む様に抱きしめた。壊れ物を扱うように優しく、レイラの髪を撫でる。

「……透、キスして」

「今? ここで?」

「今、ここで。この部屋には誰もいない。ガラスの棺の中の続きを……」


 少し躊躇った後、透はレイラの顔を両手でそっと挟んで、口付ける。レイラの体の力が抜けて、立っていられないようだった為、透はそのままソファに座りレイラを膝の上に乗せ、優しく長いキスをした。レイラはうっとりとしたまま、透に体を預けきっている。透は唇を離すと、そっとレイラをソファに押し倒した。

 レイラは思わず目を見開いてしまった。

(紅茶にお酒を入れ過ぎたのかもしれない。そもそも朝食にも少しずつお酒を混ぜてあったし、量が多すぎたのか、透はアルコールにあまり強く無いのかも。だからこそ、求めにすんなり応じてくれたのだと思うけれど……少量にしておけば良かったか。でも、飲ませてしまった後では、もう遅い)

レイラの望んでいた事ではあったが、うっとりしている場合ではない。後の事を考えると、今、ここで無防備になるわけにはいかないと、レイラは焦った。

 レイラが目を見開いた事に気づいて、透はいつになく甘い声で名前を呼んだ。

「レイラ」

熱い吐息がレイラの首筋にかかり、透が再び掠れた低い声で名前を囁いた。ブラウスのボウタイを解いた所に、透の唇が首筋からゆっくり降りてきた。レイラは思わず、声を上げそうになる。レイラは体の芯が熱くなり、そのまま身を任せてしまいたくなった。なんとか意志の力を総動員して、優しく嗜める。

「……今は、駄目。返事をもらっていないから。それに、直に人が来る」

透は案の定、悩ましげな溜息をつき頭を振った後、ごめん、と言って、レイラを起こした。さらに言い訳のように付け足した。

「さっきのお酒で少し酔ったみたいだ。ごめん」

 これで、アントンが言っていた説は、消えた。透が答えを出せない問題はなんだろう、と再び、レイラは思った。

「レイラ、身が持たないかもしれないから、膝から降りて……なんだか、さっきのお酒が効いているみたいだ」

「ごめん、もう少しだけ、このままで」

レイラは透の肩に顎を乗せてもたれかかった。

「これでは、生殺しだ……」

「返事をくれない透が悪い」

レイラはそう言いながら、透の頬に自分の頬をすり寄せた。透は呻きながらも、返事の事を言われてしまうと、何とも返せなかった。透はレイラの腰にそっと手を回した。

 透の背後で扉が開く音がした。レイラが扉の方に目をやると、健斗が立っていた。


 健斗は家令から、レイラがいつもお茶をしている部屋にいると聞いた。健斗がレイラとお茶をする時は、いつも部屋の中に護衛がいた。だが、今日は部屋の外に、護衛が立っている。とうとう二人きりで会えるのかと、健斗は胸を高鳴らせながら、そっと扉を開けた。こちらに背を向けて座っている男の膝の上に乗ったレイラが、うっとりした様子で、その男の肩に顔を乗せ、頬を寄せているのが目に入った。

 扉が開いた音で、透はレイラを膝の上から下ろそうとしたが、レイラは離れない。それどころか、いつの間にかレイラは透の首に両腕を回している。なぜいつも、レイラといて人に見られたくないところばかり、見られるのだろうと思いつつ、透は振り向くに振り向けず、固まっていた。


「築地さん? 陛下に、何を、しているのですか?」

その声の持ち主が分かった為、ますます透は振り向けなくなった。一気に酔いが醒めた。

レイラは、透の首に腕を回したまま、表情を取り繕って紹介した。

「彼は私の婚約者だ。昨夜到着した。入室して良いと許可した覚えはないのだが」

「……失礼しました」

「今後、透に指一本でも触れたら、その時は何処にいようと3日以内に、その首は胴体から離れる事になる。うちには専門の集団がいる、忘れるな。今取り込み中なので、退出して欲しいのだが」

内部に熱を含んだ氷のような声だった。

「……承知……致しました」

健斗は驚きながらも、やっとそれだけ口にすると、退出した。誰がやったのかはわからないが、牧場で狙撃されたばかりだった。レイラの言葉はただの脅しでない事だけは、妖しい位に爛々と目を光らせていた様子からもわかった。透はただのコンパニオンではなく、婚約者だったという事も、レイラの執着のしようにも、あの凛としていた女王が目の前で、婚約者の膝の上でうっとりと体を預けきっている様にも動転してしまい、健斗は気の利いた事など、何一つ言えなかった。レイラはまるで、同じ顔の別の人物かと思う程、様子が違った。怖さからだけではない震えが健斗の背筋を走った。健斗は一礼すると慌てて部屋を出て行った。


「……レイラ、酷いな。健斗に見せる為に仕組んだのか?」

透はレイラが逃げないように、肩を掴んで問いただした。あっという間に、いつもの冷静な透に戻っている事を、レイラは少し残念に思った。

「あの男の舐め回すような視線が我慢できないのに、透が大村と商談を成立するようにと言ったから、我慢してつないでいたんだ。それをいい事に、つきまとってくるし……。しかも、透に……」

レイラは言い訳するように、唇を尖らせた。

「?」

「透とさっきみたいなキスをしたって、健斗が……。本当なの?」

透は思い出すだけで、冷や汗が出てきた。

「向こうから勝手にして来ただけだ。それにキスと言うより、唇を押し当てられただけだ」

「透からじゃなかったんだよね? 何も感じなかったんだよね?」

「なんで私が健斗に……。それにしたって、あんなに脅さなくても」

「誰にも透に触れて欲しくないの……」


 透が手を離しても、レイラはそのまま膝の上で透の肩に頬を乗せてもたれかかっている。

「こうしていると、ドキドキするのに、なんだか落ち着く。透は麻薬みたいだ」

透はますます、レイラから離れる事が出来なくなってきていた。こんな状態で、冷静でいられる訳がない。気持ちを落ち着かせる為に、質問する。

「麻薬って……。やったことあるの?」

「……数回ある。こんな事言うと、呆れる?」

「やめる事ができて、今やっていないなら良いんじゃないかな」


「母に命じられて、日本から帰国してから、元々あまり色のない世界に生きていたのに、更に子供が殺されて、全ての世界から色が無くなった。何も感じなくなった。母も亡くなっていたし、国を治めなければならなかった。だから、動くためにやった。ある日、護衛達に見つかって取り上げられた。アントンと数人の護衛が、喪が開けたら日本に行ったらどうかと言ってくれたんだ。今まで、日本に行く事は、禁じられていた。でも、壊れていく私を見て、護衛たちも、それしかないと思ったようだ。ただし、他の家臣にバレないように、二〜三日だけと言う条件で……。だから、透が退院するまで待てなかったんだ。お願いがある……このまま、目を覚ますまで、そばにいて……」

そう言いながら、レイラは眠ってしまったかのように目を閉じた。

「レイラ、こんなところで眠られても、困る……」

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