第35話 途絶えた連絡
「久しぶりの再開を祝って、乾杯!」
長塚石油の専務の娘、長塚菜月と、有田商社の跡取り息子の聡太と、透はワインのグラスを合わせた。三人は高校の時のクラスメイトだ。菜月は一年時に透と同じ生徒会で書記をやっていた。先日、商社二社と石油元売り会社二社とサファノバとの取引が成立したのは、この二人がいたからだった。
「三人で会うのは、五年前の同窓会以来だね」
「長塚、きれいなったね」
「やだなぁ、築地君に言われると照れちゃうよ。って、昔はきれいじゃ無かったって事?」
菜月の軽口に聡太が口を挟む。
「菜月は相変わらずだな。きれいと言えばさ、サファノバの女王、女神の様に綺麗だったな」
聡太がうっとりしながら言う。透は曖昧に頷く。
「聡太は、相変わらず美人に弱いよね。女王の顔見て、条件聞かずに取引決めちゃったんじゃないの?」
菜月が聡太に冷たい視線を送る。聡太のスマホが鳴り出した。ちょっとごめん、と言って聡太が店の外に出ていく。出て行く聡太を見送って菜月は小声で、鋭く聞いた。
「女王はレイでしょ」
透が答えずにいると、菜月は畳みかけた。
「聡太は気がつかなかったかもしれないけれど、成長してお化粧していたって、私はずっと近くでレイを見ていたからわかるよ。私、口固いよ。私ね、二人が生徒会に立候補したのを見て、書記に立候補したくらい、二人に憧れていたんだよね。今だから言うけど、生徒会室で、レイが築地君にキスしたの見てた。あの日、生徒会室のドアが細く開いていたから、誰かいるのかと思って中を覗いたら、レイが築地君に忍び足で近づいて行くのが目に入って、何するんだろうって、見ていた。流石にその後、入って行かれなくて、ドアを閉めたけど。でも私が黙っていたから、噂にならなかったでしょ。なんか、レイの一途さを見たら、言っちゃいけない感じがしたんだよ。レイが女の子だって気が付いたけれど、それも言わなかった。私は、築地君とレイに憧れていたから、二人に余計なものに振り回されて欲しくなかったんだよ」
透は絶句した。菜月が見ていたとは気がつかなかった。菜月は本当に誰にも言わなかったのだろう。あの後、誰にもからかわれたりしなかった。
「長塚はレイが女子だって気が付いていたのか……」
「いつもあんなに近くにいて、築地君は気がつかなかったの? ま、当時から、レイは女の子だと思っていたんだよね。あえて聞かなかったの」
「長塚、教えてくれれば良かったのに」
菜月は呆れた様に透を見た。
「気づいていると思っていたのに。レイがいた間、築地君の周りには女子が近づけなかったんだよね。生徒会は別として」
「レイがモテていたからじゃないか?」
「そうなんだけど、それプラス、レイは築地君の事を好きな女子たちを、自分の方へ向かせていたんだよね。優しくしたり、からかったりしてね。築地君の周りにいる人物は排除するくらいの感じだったかな。気がつかなかった?」
「全然……」
「築地君って、そう言うところ鈍いよね」
透はよくレイが女子をからかっているところに遭遇した事を思い出した。あれは、そういう事だったのかと、今更気が付いた。
「仲が良かったから、気が付いているのかと思っていたんだけれど……。ちなみに、この間ディズニーランドで、二人を見かけたよ」
「人違いじゃないか?」
菜月は首を振った。透はブルーバイユーではありませんようにと祈った。
「ツリーハウスで。あそこからパレードが見えるって聞いたから、行ってみたんだよね。そしたら、二人を見かけたんだけど、声をかけられる雰囲気では無かったから……黙って通り過ぎた」
「……見かけた事とレイが女王だって事、誰にも言わないでいてほしいな。長塚はデートだったの?」
「残念ながら、私は友達と行ったんだけど。二人の事は誰にも、言うつもりはないけど……。そんな事言うなんて、まさかと思うけど、不倫じゃないよね? レイは帰国する時に、国に婚約者がいると言っていたような気がしたけど……」
「随分前に、亡くなったようだ。私も独身だから、誓って不倫じゃない」
「なら、良かった。あれだけの美貌だと、日本のマスコミも騒ぎそうだよね。前に来日したどこかの国の王子がイケメンだって、結構マスコミが騒いで、特集組んだりしていたしね」
透は頷いた。
「なんか二人が羨ましいなぁ。築地君は分かっていなかったとは言え、レイはずっと築地君の事を想っていたって事じゃない? 途中で、まぁ、意に沿わない事があったのかもしれないけれど。レイなんて、昔のお茶目な面影は何処へやら、手の中の小鳥みたいに、築地君の腕の中でじっとしていて……。小鳥にしては美しすぎるけれど」
「小鳥というより、ジャガーだけどね」
透は照れ隠しに言った。
「築地君、赤くなってるよ。珍し〜! にしても、女性をジャガー扱いって……レイは肉食女子って事?」
「ち、違うって……」
(そう言う面もあるけれど、優雅で……)
長塚は、一瞬、焦った後、レイラに想いが飛んだ透を珍しそうに眺めた。
透は最近、レイと一緒にいる所を見られ、赤面する事が多いと思った。レイラと再会するまでは、人に見られて恥ずかしく思うような事はあまり無かったのだが、レイラと一緒にいる時の自分が、自分では無いようで、あまり人に見られたく無いのだった。透は腕の中のレイラの感触と甘美な気持ちが蘇って、益々赤面してしまいそうになった。最近は、何か見たり、聞いたりすると、レイラにも見せたい、どう思うだろう、と考えている自分に気づく。
「長塚も、聡太とデートすればいいじゃないか。聡太、まだ独身だよ。昔、聡太と付き合っていたんじゃなかった?」
そこへ聡太が戻ってきた。
「ごめん、ごめん、仕事が立て込んでて。透、顔が赤いぞ。ワイン飲みすぎた? それとも、菜月に告白でもされた?」
「聡太こそ、長塚に告白しないのか? 二人とも、独身だよね?」
「透、酔っ払ってるのか?」
聡太の声が、聡太の気持ちを裏切っている。
「聡太、たいして飲んで無いのに赤いよ」
透に言われて、聡太はワインを飲み干した。今度は菜月のスマホが震えた。菜月が席を立つ。
「聡太、長塚は初恋の人だったんだよね?」
「そうだけど。菜月、なんかきれいになっちゃって……。好きだった相手に、透みたいに気軽にきれいになったね、なんて言えないよ」
「まぁ、その気持ちわかるけど。聡太、ここで、次に会う約束を取り付けなかったら、もう会えないかもしれないよ。連絡先の交換でもいいけど、社会人は忙しいよ」
「そういえば、透、大村産業にも紹介したんだって?」
照れ隠しなのか、聡太は話題を変えた。
「さすが聡太、耳が早いね」
「あそこの三男には気をつけた方がいいって言われている」
「健斗の事? 何を気をつけるんだ?」
「健斗は大村の歳の離れた末息子な上に、私生児だから大村は哀れんで、なんでも好き勝手させて我儘放題に育てて来た様だよ。健斗は欲しいものはどんな手段を使っても手に入れると言う話だ。仕事も、恋人も。かなりの数の女優や歌手が奴の手に落ちたらしい。お金がある分、接待漬けや、プレゼント攻勢を仕掛けて、落とすらしいよ」
「ふうん」
「なんだか、他人事みたいに聞いているけれど、透も気をつけた方がいい」
「なんで?」
「三男坊はバイセクシュアルだともっぱらの噂だから。透なんて、危ないと思うよ」
「それはどうも、ご心配いただき有難う」
ふざけて言う風を装って答えつつ、透は鳥肌を立てた。
「ふざけてないって。本当、気をつけた方がいい」
菜月が戻ってくると、今度は透のスマホが震えた。携帯、スマホを個人が持つようになってから、どこにいても、呼び出せるようになり、社会人はより忙しくなったなと、透は思う。目の前にいる人たちに優先してまで、電話を取らなくてはならないのはどうかと思いつつ、画面を見て、ちょっと、ごめん、と自分も慌てて席を立った。
「透、当分、連絡することが出来なくなった。一旦、透の電話番号、メールも連絡手段は全て削除するから、透から私に連絡を取ることはできなくなる」
レイラの声が硬い。
「何かあった?」
「今は説明出来ないけれど、何があっても信じていて欲しい。連絡できないのは、私にとって凄く辛い事だと分かってほしい。あって欲しくはないけれど、どうしても、連絡する必要があれば、アントンか匠に連絡をして」
「レイラ?」
「ほんの一時期だけだから、信じて、待っていて」
「私には、できる事は無いのだろうか? 何か危険が迫っているのか?」
「とにかく、今は言えない。心からの愛を」
電話が切れた。透には何があったのかはわからないし、レイラが一度言い出したら、聞かないことは分かっていた。レイラの身が心配で仕方がなかったが、黙って待つしかない。レイラにはアントンたち護衛がついていると、透は信じるしかなかった。
「レイラ様、本当に大丈夫なのですか」
アントンはレイラの気持ちの方が心配だったが、レイラが心配なのは透の方だった。
「構わない。心配なのは透の方に相手が矛先を向けてしまう事だ」
透は釈然としない気持ちのまま、席に戻った。二人を見ると、菜月も聡太も赤くなっている。透は、どうやらいいタイミングで席を外したようだと思った。
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