第27話 黒歴史
匠が軽音部へ行く為に、いつもの様に控え室で着替えようと理事長に入ると、机の上に透のスケジュール帳が開いたまま置いてあった。透は手帳とスマホのスケジュールを併用しているようだ。匠が何の気もなく覗いてみると、明日の欄に「14:00 検査」と記入されている。以前のページもめくって見ると、3〜4週間に1回のペースで「病院」と書かれている。匠は、透が今まで病院に通っているなど知らなかった。定期的に通っていると言う事は、どこか悪いのだろうかと心配になった。
「これから、軽音か?」
部屋に戻って来た透に、匠はいきなり声をかけられて焦ってページを戻し、机から離れた。
「透ちゃん、どこか具合悪いの? 明日、検査って書いてあったよ」
「単なる定期検査だよ。明日の帰りは間に合わないから、悪いけど姉さんに迎えに来てもらって」
「健康診断は先々週だったよね?」
「よく覚えてるなぁ」
「だって、お腹の超音波検査がくすぐったくて笑い転げて、検査の途中で怒られたって言ってたじゃん。検査結果でどこか悪かったの?」
「見ての通り、どこも悪く無いよ。誰かさんの母上からお姫様扱いされている以外は」
「あ、そ」
匠は心配して損したと思った。透はこんなに元気なのだから、どこも悪いはずがない。
「たまには、匠たちの練習を見に行こうかな」
「波瑠が舞い上がって練習にならないから、いいよ、来なくて」
「今日はやけに冷たいな……」
「じゃあね」
軽音の帰りは、透はバイクを押して匠と歩いて帰ることになってしまった。メンバーと垣田たちのグループに透が、「バイクの後ろに女性は乗せない」「くみとは歩いて帰る」と言ってしまったからだ。いずれにせよ、スカートを履いてバイクに乗るのは危ないので、匠が着替えない限り、歩いてかるしかない。
そして軽音の帰り道。
「楓が王と付き合い始めたらしいよ」
匠は今日仕入れたメンバー情報を歩きながら、透に話す。
「へぇ、それはそれは」
「この間、みんなで行ったケーキ屋がきっかけだったらしい」
「じゃあ、行ってよかったな。成績上位カップルだな。王くんは確か台湾からの留学生だったかな」
「何だ、知ってるんだ」
「何なら、中1から成績上位者の名前を挙げて見せようか」
匠は首を振る。自分は入っていない。頑張ってはいるが、部活が忙しすぎる。それが言い訳だと言うのも十分知っている。
「匠は今回のテストは、12位だったな。よく頑張っているじゃないか」
透が褒めてくれているのはわかる。
「でも、透ちゃんは生徒会長で、成績も常にトップだったでしょ? 森先生が言ってたよ」
「高校生の時はね。」
「中学の時は? 確か、父さんについて、アメリカの公立の中学校に通っていたんだよね?」
「色々差別されて、勉強どころじゃなくて、毎日喧嘩に明け暮れていたよ」
「え? 本当?」
「アジア人がほとんどいない、南部の学校だったからかな。たまたまその学校だけ、差別するような人たちが集まっていただけかもしれない。アメリカに留学していた他の人の話を聞くと、色々な国の人と交流出来て、楽しかったと言っている人もいたからね。中学時代は、私の黒歴史だな。そんな事もあって、この学校では差別の芽が出ないように、先生方に気をつけてもらっている。だから、匠もいい加減、髪色を戻して、カラコンをやめたらどうだろう?」
「まだ、そう言う気分じゃないよ。そういえば、クラヴマガに行き始めてすぐに、筋がいいって言われてたよね。喧嘩で実戦に慣れていたって事だったんだね」
「良い事じゃないけどね。黒歴史時代のせいで、静実学園の高校入学当初、私の雰囲気は怖かったらしくて、誰も話しかけてこなかったんだよ。生徒会に入って、レイラたちと活動を始めて、角が取れたらしく、やっとクラスメートに普通に話しかけられる様になった。レイラのおかげも少しはあるかな」
そう言うと透は笑った。匠には想像がつかない、透の中学時代だった。
「でも黒歴史は真っ黒ばかりだったわけではなくて、今でも交流がある友達もいるんだよ。その友人のおかげで、今の私がある」
「その人、今何をしているの?」
「ロンドンで、研究者をしているよ。その世界では第一人者と言われている」
「ふうん、何の研究?」
「まぁ、その話はまた今度」
ちょうど家の前だった。
匠は日本で通う学校は中学が最後かもしれない可能性も考え、あの母親に見せても、恥ずかしくないよう、もう少し勉強を頑張ろうと思った。学校で変な事を起こせば、すぐに透の耳に入り、両親の耳に入り、レイラの耳に入る。匠にとって、黒歴史などもっての外だった。
最近、菊は元気がない。匠は気になったが、自分がサファノバへ行ってしまうからだろうかと、見当を付けた。洋子は、レイラの為人がわかり、少し安心した様で、冬休みに匠がサファノバに行く事には賛成してくれた。透は、匠の後から、行く予定だと言っている。
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