第26話 スイーツ男子

 

 合唱コンクールが終わり、後残るは合唱祭、文化祭などのため、合唱部の土日の練習はなくなる。そのおかげで、匠は、やっと軽音部の土曜にある合同練習に顔を出せる様になった。今までの水曜の練習と違って、軽音部員が勢揃いしている練習に参加出来る。

 校内選抜と、カラオケで匠の歌声を聞いてしまった部員の中には、匠に掛け持ちでも良いから、ボーカルになってほしいと、持ちかけようとする者もいた。大事なボーカルを掛け持ちさせないように、One smile for allのメンバーが匠をがっちりガードしている為、他の部員は直接匠と話す機会があまり無い。男子部員はなんとかガードの目をくぐり抜けて、匠に近づこうとはするが、なかなか上手くいかない。メンバーだけではなく、今や長沼も匠を守る方へと立場を変えている。

 垣田のグループも、匠をダブルボーカルとして迎えたいと思っているため、匠の動向に自然と注目していた。垣田は匠を見て、どこかで見た事がある、と思っていたがなかなか思い出せないでいた。


 今日は土曜だが軽音部の合同練習があった。明るい時間に部活が終わり、帰り際結衣が、匠に声をかけてきた。

「くみ、たまには一緒に駅前のケーキ屋に寄らない?」

「叔父に聞いてみる」

「あれ、理事長と一緒に帰ってるの?」

紬が口を出す。

「ちょっとあれから、心配で……」

「じゃあ、一緒にって誘えば?」

波瑠が期待を込めて、匠を見る。メンバーが森も誘った。森は透が来るなら、と喜んで一緒に行く事にしたようだ。

「叔父もメンバーにはお世話になってるし。ちょっと聞いてくる」

駆け出していった匠を見送ったメンバーに、垣田がすかさず、

「くみのおじさんが一緒でいいなら、俺たちも一緒に行っていい?」

「え? マジで言ってんの?」

紬がじろりと、垣田のグループを睨む。

垣田のグループのメンバーの一人、王(ワン)が、

「俺、スイーツ男子!」

と言うと、他の二人、甲賀と久保も俺も俺も、と言い出した。

「どうする?」

「ヤバいんじゃない?」

そう言い合っているうちに、匠が戻って来た。垣田たちが一緒だとは知らずに、

「一緒に行くって。校門で待ってるって」

「くみの叔父さん、事務方? 先生?」

垣田が聞いてくる。匠がきょとんとしていると、結衣がいつの間にかついてくる事になっちゃって、と説明する。

「やめておく?」

紬が聞く。

「もう、行くって言っちゃったし……。嫌なら、校門で回れ右するでしょ」


 One smile for allのメンバーの後ろを、垣田たちのメンバーが校門までついて行くと、透がバイクを止めて待っていた。透は垣田たちを見て、驚いている。

「こんなに大勢でケーキ屋へ?」

「理事長、すみません。スイーツ男子だそうです……」

結衣が謝る。その後ろで、垣田が慌てている。

「おい、くみの叔父さんって、理事長かよ?」

「そうだよ、悪い? 嫌なら、帰れば?」

匠ではなく、波瑠がつっけんどんに言う。

「どうする? やめておく?」

匠が透に聞く。

「たまにはいいか。」

やったー! と波瑠が喜んでいる。透としては、匠が日本で過ごす残り少ない時間を考えると、学校帰りの寄り道や、部活など好きにさせてやりたいと思うのだった。


 ケーキ屋で机をつけてもらい、布張りの椅子に全員が収まった。甲賀が不思議そうに、隣の紬に尋ねる。

「何で、One smile for allのメンバーと理事長が知り合いな訳?」

「理事長は、くみの叔父で、前座で出たライブを見に来てくれたから」

銘々注文したケーキが運ばれて来る。匠は右隣の結衣のホワイトチョコのケーキを見て、羨ましそうに言った。

「結衣のケーキ美味しそう」

「じゃあ、半分交換しようか」

結衣が言ってくれたので、匠はフルーツの乗ったケーキを苦心しながら、フォークで切って、結衣のケーキと半分交換した。さらに、左隣の透のケーキを見て、

「そのチョコケーキ、一口頂戴」

ケーキを食べはじめた透に聞く。

「どうぞ」

ざっくり、遠慮なくフォークを入れると、中からソースがトロッと出て来た。

「これ、ちょっと苦いね」

「大人の味だから、くみには、まだ早いかな」

波瑠がそれを見て、

「私も、大人の味、一口欲しいです!」

匠が勝手に透の皿を波瑠に差し出した。紬が横で苦笑いしている。波瑠の隣に座っている甲賀が、

「俺も理事長と同じケーキなんだけど……。欲しいなら半分交換する?」

「もう理事長からいただいたから、いらない」

波瑠は、透のケーキから切り取った欠片を、最後まで大事そうにとっておいた。入れ物があったら、そのまま持って帰りそうだ。

垣田が、抹茶系のケーキをつつきながら尋ねる。垣田はスイーツ男子ではなさそうだ。

「くみはボーカルレッスンとかしているの?」

「してないよ。でも、毎日歌ってるよ」

「うちのグループでも」

垣田の勧誘を、結衣が遮る。

「くみに掛け持ちはさせないから」

「俺はくみに聞いてんの。木村には聞いてない」

「じゃあ、くみに聞けば?」

「結衣〜。えぇと、ちょっと忙しいから、掛け持ちできない」

垣田は本人から断られたため、とりあえず引き下がった。


「くみって、理事長のバイクの後ろに乗って登校してる?」

「していませんよ」

垣田は匠に聞いたのだが、すかさず、透が答えた。そういえば、朝、声をかけて来た生徒はこの子ではなかったかと思い出したのだ。

「理事長のバイクから降りたのは誰ですか?」

「甥っ子です」

垣田は今一つ納得しなかったが、くみの兄弟なら、くみと似ているかもしれないと思った。それに、思い出してみればバイクから降りた子は、男の子だった。匠はヒヤリとした。朝早いから安心していたが、どこで誰かが見ているかわからない。王が憧れを込めた眼差しを透に向けた。

「理事長のバイクかっこいいですよね。ナナハンいいなぁ。俺も18になったら免許取りたいなって」

「是非、免許を取って乗ってください」

透が嬉しそうに答える。楓が、驚いた様に言う。

「王、バイク好きなんだ? 意外。ずっと勉強ばっかりしているのかと思った」

王は学年2位の成績なので、楓は密かに注目していた。

「そう言う山田は、あまり勉強してなさそうに見えて、出来るよね」

「いや、王には負けてるから……」

「良いライバルがいて、いいですね」

透の言葉に、火花が散っていると思い、匠が目をやると、二人はニコニコしている。実はお互いの動向が気になっているだけなのかもしれない。


「理事長、今度、後ろに乗せてください。原付は免許持ってるんですけど、きっと全然違うんですよね?」

王が真剣に聞いて来た。

「誰かくみを送ってくれれば、帰りに王君を乗せて行けるのですが……」

「理事長、くみに対して過保護過ぎじゃないですか……」

事情を知らない甲賀が、少し呆れた様に透を見た。

「まぁ、色々あったので……」

「俺が、くみを送って行きますよ」

垣田が真っ先に手を挙げた。ボーカル勧誘の狙いが見え見えだ。

「くみに何かあったら、大変だから、僕も垣田と一緒に送って行きますよ」

久保も声を上げた。森が透の事情を察して、

「築地先生、くみのことは任せてください。この間のこともありますし、責任をもって送り届けます」

「みんな、くみに甘々だね」

紬がぼそっと、隣の楓に呟いた。


「私も乗せて欲しいです!」

透が王を後ろに乗せそうだと気づき、波瑠が慌てて言い募る。

「女性は乗せない事にしているので、斎藤さんは乗せられません」

これにはOne smile for allからだけでなく、垣田のグループからも、え〜何で?と言う声が上がった。

「理事長、この学校は、男女差別は無いはずでは?」

「決まった人しか乗せないとか?」

波瑠が心配そうに聞く。

「そうではなくて……。女性を乗せると何かとゴシップの種になるらしいので。他の先生に怒られましたからねぇ」

透が自嘲気味に言うと、森が笑った。軽音部で長沼が流したスキャンダルを思い出し、みんな納得した。波瑠だけが残念そうだった。波瑠がハッとして、聞いた。

「くみは?」

「くみはスカートだから絶対に、バイクには乗せません。一緒に歩いて帰っています」


 森が匠を送ってくれることとなり、透は王を後ろに乗せて行くことになった。王は初めての大型バイクに小躍りしていた。透と王がバイクの話で盛り上がっている所を、匠は見るとはなしに見ていた。結衣はそんな匠を見て、羨ましいのだろうかと思った。波瑠の方がはるかに羨ましそうではあったが、こちらは放っておいても大丈夫なので、匠に聞いた。

「くみも、乗りたかったの?」

結衣が匠に聞く。匠は驚いた。王があまりに喜んでいるのを見て、あんなに素直に喜べるなんてと思っていただけだったから。

「え、違うよ」

慌てて答えたことをイエスと結衣はとった様だった。

「今度こっそり乗せて貰えばいいよ」

結衣は優しく言って、匠の頭を撫でた。匠はいつも結衣に撫でられてばかりだった。いつか、自分も結衣の髪を撫でてみたい、と思うのだが、きっかけが無い。女装している「くみ」であれば、出来るはずなのだが、手が震えてしまいそうで、試す事が出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る