転生したら、爺さんの前置きが長かった
俺は膝をガクガクさせながら、なんとか立っている。そんな俺をサッズが楽しそうに見ていた。
「前置きの修練はこれくらいにして、殿下。ここからが本題なのですが…」
「え!?」
えっ!?
ええっ!?
こんな地獄が前置きなの?
修練が前置きなら要らなかったんじゃないの?
「ご不満ですかな、殿下?」
「い、いや…ふまんというか…」
あからさまに顔が引きつり、目頭がピクピクしていたが、サッズはそんな俺を無視して話を進める。
「実は殿下にご報告がありまして…」
サッズが語尾を濁した。
なんとも歯切れの悪い言い方だ。
あまり良い報告ではないのだろう。
サッズは少しの沈黙の後に『おいっ!』と扉に向かって声をかける。すると、暗い顔をしたクリフ・カミュが現れて、俺の前までやって来た。
「殿下もご存知の、この者ですが、私の不肖の弟子でして…この度、許されざる謀反を起こした為、連れて参りました」
「むほん…か…」
クリフを見た瞬間に予想はしていたが、実際告げられると結構ショックだな。
やっぱり敵だったのか。
俺の落胆をよそに、サッズがクリフについて語った。
クリフ・カミュの出自は、食い詰め貴族と揶揄される、土地を持たない法衣貴族の次男だ。幼少の頃から真面目な性格で父親の言いつけを実直に守り、毎日、日の出から日暮れまで槍を振り続けた。
本人のそうした努力と少しの幸運のおかげで、衛兵見習いになる事ができたクリフ。その後もおごる事は無く努力を続け、数年後には騎士号を授かり、正規の衛兵となった。
そんな順風満帆なある日。クリフに夢のような話が舞い込んだ。今度生まれる第五王子の近衛兵をやってみないかと、上官に誘われたのだ。
クリフは有頂天になり、一もニも無く承諾の返事をしたが、近衛兵に就任直後、激しく後悔する事になった。
近衛の上官から『深夜、物音がしても、しばらくは入るな。それが出来ないならば、近衛からは外れろ』という悪魔の言葉を投げつけられた。
上官命令に逆らう事が出来ずその場では承諾したが、それから毎夜、憂鬱な気持ちで王子の警護をする事になってしまった。
そして、暗殺事件の夜。連続した不振な音が微かに聞こえたが、上官命令を思いだし部屋へ踏み込めずにいた。しかし、扉から爆発音がした事で頭より身体が動き突入した、との事だ。
うん。
いやさ。
クリフが裏切ってるとか言うレベルじゃないよね。
俺の近衛って全員が真っ黒じゃね。
「大切な殿下の御身を守る近衛が躊躇うなどとは、なんたる失態。もし殿下の身に傷一つでもあれば、貴様の首だけでは事足りず、一族が磔(はりつけ)になっていたかもしれぬというのに…」
「はい…なんの申し開きもできません…」
「栄えあるミルド国の騎士として許されざる不名誉。殿下、主君に首を討たれれば、こ奴の矜持も少しは保てましょう。どうぞ、この場で一思いに!」
クリフが膝をつくと、頭を下げて首を差し出した。
うん。
えーと。
『一思いに~』とか言われてもさ。
できるかーーーーーーーーーー!
アホか、この爺は。
アホなんですか?
三歳児に殺人をさせるなんて、アホなんですか?
どんな戦国時代だよここ?
なに?
なんなの?
これって異世界スタンダードなの?
あーあ。
あー、ムカつく。
さっきから爺さんペースで進んでイライラする。
こうなったら、どうにかして主導権を握ってやる。
「うむ。では、くりふをキル」
二人が同時に息を飲む。そして、俺は木剣構えるとクリフの首に当て、サッと引いた。
「殿下、これは…」
クリフが驚いて顔を上げた一方で、サッズは苦笑いしていた。
「クリフのツミを今、きりすてた。よりいっそう、つくしてくれ」
「殿下…このような…寛大なご処置を…」
クリフが感極まって、男泣きしている。
サッズはやれやれ困ったもんだという表情だ。
「どうしたサッズ、ふまんか?」
「…いえ…何の不満もございません…」
サッズの顔が、明らかに不満ですといった表情に変わった。
いぇええええい!
うぇえええええええい!
やってやった。
一矢報いてやった。
爺さんに一泡吹かせてやったぜ、いぇえい!
軽いステップと共に歌いたい気分だったが、サッズの思惑を考えると手放しでは喜べない。
なぜなら、言われた通りクリフを斬るのが最善だからだ。
ここで厳しく罰すれば、俺の周りに居る近衛達も下手な手出しが出来なくなる。一時的だが、命の危険が少しは遠退くだろう。
しかし、今回のような甘い対応をすれば、近衛達が助長する事になり、命の危険が増す。サッズはそれを懸念して断腸の思いでクリフを差し出したのだろう。
あれ?
そう考えると、サッズは俺の為に考え、行動してくれた事になる。弟子の命を差し出しても、俺を守ろうとした。
その理由が何なのかは不明だが、俺みたいな弱者を哀れんでくれたのだろうか。
「さっず…お前は、まもってくれるのか?」
「殿下…」
誰も信用できない状況が続いていた事もあり、ワラをも掴む思いで、つい言葉がこぼれ落ちてしまった。
サッズは哀れむように目を細め、何か言おうとしたが言葉を飲み込んだ。
その顔を見ると、いたたまれない。
この頼み事はどうやら彼の迷惑となるようだ。
前言を撤回しよう。
「いや…わすれてくれ…」
「殿下…」
サッズは少し思案すると、手にした槍の矛先をじっと見た。
「我が槍はどうも、少々錆びていますな。これでは槍を捧げたくても、殿下に相応しくない。しばし研ぐ猶予を頂きたいが、宜しいでしょうか?」
味方になるには、準備の時間が必要という事か。
それだけ俺の置かれた状況が複雑なんだろう。
「さっず、ありがとう…」
「殿下、お喜びになるには、まだ早いですぞ。この槍は少々重く、殿下が手にするには修練が必要です。これからは毎日、私が稽古をつけますので共に励みましょう」
そして、この日から槍術稽古という名の地獄が始まったのだった。
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