第19話 早見ちゃんとの約束の日

 土曜日ーー。


 朝の9時30分。

 天気は快晴で今日の最高気温は38度。


 今日は早見ちゃんとの約束の日。

 俺はいつもより気合を入れて、お洒落をしようとしていた。


 クローゼットの中を覗き、普段はほとんど着ない夏らしい白いシャツと細身のデニムを引っ張り出す。

 そしてそれらに着替え、全身鏡で確認する。


 「おお、いい感じじゃないか」


 あまり派手さはないが、季節感をしっかりと出せている。

 いわゆる爽やかコーデと言うやつだ。


 そして細かいところまでコーディネートのチェックを終えてから、洗面台へと向かった。


 青くなっている髭を剃り、歯磨きをして化粧水を付ける。


 「うん。今日はよく寝たから顔色はバッチリだ」


 自分の顔を見て、そう呟く。

 こう見えて、俺はなかなかなナルシスト気質なのかもしれん。


 次に、棚から取り出しておいたヘアワックスを掌で伸ばし髪のセットをしていく。

 普段なら絶対にしないであろう作業なので、とても動きがぎこちなかった。


 「まあこんなもんだろ」


 最低限周りからダサいと思われないレベルを目指してセットをした。

 自分の中ではまあまあな感じのセットが出来たと思う。


 あまり頑張った感は出さず、年相応の大人な魅力で勝負しようと決めていたのだ。


 全ての準備が終わり、部屋の中で一人ソワソワしながら約束の11時を待つ。

 だがそれも、10分が限界だった。


 早見ちゃんとの初めてのお出かけと思うと、テレビも音楽も何も耳に入ってこなかった。

 不安と緊張と興奮が次々と俺の中で渦巻いてしまい、気づいた時には家を飛び出していた。


 まだ待ち合わせ時間までには、1時間ほどある。

 だがそんな事を考える余裕も、今の俺には無かったのだ。



  ◇◇◇◇



 家を飛び出した俺は、待ち合わせをしている大型ショッピングモールへとやって来た。

 この辺りでは一番大きなショッピングモールで、ほとんどの物が取り揃えられている最強のスポットなのだ。


 基本休日で出掛けると言えば、ほとんどの人がここに来るだろう。

 勝手な想像だが。


 そして俺は、早見ちゃんが来るまでの間軽くモール内を散策する事にした。


 何かいい物があれば、早見ちゃんにプレゼントをと考えたのだ。

 しかし、こう言う事に慣れていないので非常にテンパっていた。


 そんな事を考えながらモール内を歩いていると、一つ気になる店を発見した。


 看板にはカタカナで【ザッカヤ】と書かれており、店内を見てみるとその名の通りいろんな物が置いてあった。


 「名前の付け方手抜きすぎんだろ」


 そんな皮肉を言いながら、店の中を見て回る。

 すると、ある商品が目に飛び込んできた。


 「これは良さそうだな」


 手に取ったのは、ピンク色をしたハート型のパワーストーンだ。

 その商品のポップにはこう書かれていた。


 『好きな人に渡すと、必ずその恋は成就する!信じるか信じないかはあなた次第!』


 こう言ったスピリチュアルな物は、普段なら絶対に無視するところなのだが、今の俺はこんな物にもすがりたくなっていたのだ。


 よし、これを早見ちゃんにプレゼントして翔から俺に気持ちを乗り換えてもらおうではないか。

 そう思いながら、商品をカゴの中に入れた。


 次に目に入ったのは、香水コーナーだ。

 様々な種類の香水が、綺麗に並べられていた。


 「へぇ。香水って色々あるんだなぁ」


 並べられた香水をまじまじと見ながら呟いていると……。

 隣に来た女性が、突然俺に話しかけてくる。


 「おはようです!神谷さん」

 「え!?おはよ……心愛」


 話しかけて来た女性は、なんと心愛だった。

 いつもとは違った雰囲気で、白いサロペットがとてもよく似合っている。


 「こんな場所で会うなんて、奇遇ですね」

 「そうだな。心愛は買い物か?」

 「はい。友達とここで待ち合わせなんですけど、早く着き過ぎてしまいまして」

 「同じだな。俺もそうだ」


 友達か……。

 俺は少しホッとしていた。


 あまりにも可愛らしくお洒落をしていたので、てっきり彼氏とデートなのかと思ってしまった。

 だが彼氏とデートじゃないと分かって、何故俺がホッとしているんだ?


 またしても勝手な親心が発動してしまったのだろうか。


 「それにしても今日の神谷さん、何か気合入ってませんか?髪にもワックスとか付けてますし」

 「別に、普段の俺はこんな感じだぜ」


 堂々と嘘をついた。

 いい年した大人が、好きな子の為に頑張ってるとかって女々しいと思われそうで嫌だったからだ。


 心愛の中での俺への印象は、現段階ではたぶんナイスガイだと思う。

 だが、今の俺の状況が全てバレてしまった場合、その印象を継続させるのはとても困難になるだろう。


 だから絶対にバレるわけにはいかないのだ。


 「神谷さん?そのカゴに入っているのって……」

 「あ……えっと、これ?うーん……なんだったっけなぁ」


 ヤッベーーーー!

 すっかりこの存在を忘れていたぞ!


 どうするどうするどうする!

 何を言うのが正解なんだ!

 て言うか、そもそもどう返したってもう終わりじゃね?


 完全に詰んでいた。

 鏡を見ないでも分かる。


 今の顔面は……蒼白だ。


 「誤魔化す理由、見つからなかったんですね」

 「普通に確信をついてくるな」

 「だって神谷さん、分かりやす過ぎてウケますもん」

 「ウケねえしやめろ。それ以上触れてくるな」


 俺の事を揶揄いながら、心愛がお腹を抱えて笑っていた。


 本当に失礼な奴だ。

 大人への接し方と言うのを、一から叩き込んでやらないといけないようだな。


 だが俺より先に、心愛がまたしても俺の触れられたくない話題に触れてくる。


 「神谷さんって、好きな人いたんですね」

 「発言は控えさせてもらう」

 「却下です。答えてください」

 「これは任意だろ?」

 「いいえ、令状は出てあります」

 「それは初耳だな」


 こんなやり取りを、香水エリアで数分間続けた。

 心愛もなかなか引き下がろうとはせず、俺もだんだんとムキになってしまった。


 そして最終的に根負けした俺は、渋々心愛にすべて話す羽目となったのだ。



















 

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