第10話 朝のルーティン

 心愛を待つ事、約10分。


 お店に入る客は、本当にカップルばかりだ。

 そんな光景を見続けて少しばかり嫌気がさしていると、店から私服姿の心愛が出てきた。


 「お待たせしました」

 「おお。お疲れ」


 何だろう。

 何故かいつもより可愛く見えるような……。


 「神谷さん今、私の事可愛いって思いましたよね?」

 「ば……バカなこと言うな」

 「焦ってますね。顔も真っ赤ですし」

 「大人を揶揄うんじゃねえよ!」

 「はーい」


 そう思っていた事がバレたくなかったので、強制的にその話題を終わらした。

 心愛も今日に限っては聞き分けが良く、代わりに別の話題を振ってきた。


 「ずっと気になっていたんですけど、その紙袋ってチャネルのですよね?」

 「ああこれか。よく分かったな」

 「分かりますよ!チャネルと言えば、女の子の中では圧倒的ですから」

 「そうなのか。確かに、店の中も女の子ばっかりだったな」


 そう言うと、心愛が疑いの目を俺に向けてくる。


 「神谷さん、まさかとは思うんですけどそのチャネル、女の人にあげたりとか……」

 「まあな」

 「やっぱり!神谷さん、ご自身の身の程ってご存知ですか?」

 「おいそこの女子高生。ちょっと失礼じゃないか?」

 「あ、私ったら神谷さんに向かって何て事を」


 心愛が両手で口を塞ぎ、頭を下げる。


 いやいや、この子絶対わざとだよね。

 俺に何か恨みでもあるのか?


 「あのさ、誤解するなよ?このチャネルは、その子から頼まれて俺が代わりに買いに行ったってだけだからな?」

 「そうなんですね。なんかホッとしました」

 「何でホッとしてんだよ」

 「何となくです」


 何となくって……。

 やっぱり、最近の女の子はよく分からんな。


 そしてそんな話をしていると、あっという間に駅に着いてしまった。


 「神谷さん、今日は楽しかったです」

 「俺も楽しかったぞ」

 「今度、私にもチャネルをプレゼントして下さいね」

 「考えておく」


 そんなやり取りをした後、俺たちは自分の家へと帰った。



 ◇◇◇◇



 月曜日。


 サラーリマンにとって、この日は一番憂鬱な日だろう。

 理由はただ単純に、五連勤の一発目だからだ。


 朝目覚めた時から、若干の体のだるさを感じていた。


 だが仕事へ遅れるわけにも行かず、いつもと同じ時間に家を出る。


 はぁ。

 やっぱりなんか気分が優れないな。

 どこかコンビニでも寄って、コーヒーでも買っていくか。


 俺はいつもの通勤ルートにあるコンビニに立ち寄ろうとした。


 ……いや待てよ。

 もしも俺がここでコンビニに入ってしまったら、いつもの時間にあの場所へ行けなくなってしまうんじゃ……。


 そう考えると、コンビニに入る事が出来なかった。


 なんか俺、心愛に会う事を楽しみにしてないか?

 自分の体調よりも心愛優先って、相当だよな。


 そんな風に思いながら、いつもの商店街入り口地点にやって来た。

 すると、いつもの様に先に待っていた心愛が俺に気づき、駆け足で近づいてくる。


 「おはようです!神谷さん」

 「おう心愛、おはよう」


 俺達は互いに挨拶を交わす。


 この挨拶が俺の中で、とても重要な朝のルーティンになってきていた。

 多分これが無いと、俺は本調子を出せないのだろう。


 すると、心愛が少し不安そうな表情を浮かべながら俺に話しかけてくる。


 「神谷さん、なんか今日元気ないですよね?」

 「いや、そうでもないぞ」


 俺は誤魔化した。


 本当のところは、朝からあまり体調が優れていない。

 だけど、心愛にそれを知られたくはなかったのだ。


 多分心愛はその事を知れば、とても心配してくれるだろう。

 心愛はそういう奴だからな。


 でも、俺の為に朝から心配事とかはさせたくなかった。

 それが大人である俺の、小さな気遣いだ。


 「本当ですか?」

 「本当だとも」

 「いや、神谷さんは無理してますね」

 「何でだよ!」

 「だって私、ファン第一号ですよ?神谷さんの事なら何でも分かりますよ」


 心愛が得意げな表情で、そう言ってくる。


 恐るべし、ファン第一号。

 これ以上は誤魔化せないみたいだし、本当の事を言うか。


 「はいはい。俺の負けだ」

 「やっと観念してくれましたか」

 「俺は犯罪者か何かか?」

 「近いものは感じます」

 「心愛が言うと妙にリアルだからやめて」


 そんな会話を交えつつ、体調の事を話した。


 すると心愛が、カバンの中から何かを取り出し始めた。


 「神谷さん、今日の差し入れが朝から活躍するかもしれません」

 「一体何を持ってきたんだ?」

 「これです!」


 心愛から勢いよく渡されたのは、エナジードリンクが3本入った透明の袋だった。


 「これって……」

 「はい!元気の出るドリンクです!」

 「それは分かるんだが……」

 「言いたい事はわかります。なので、どうか許して下さい!」

 「はい?」

 「私、今日は寝坊しちゃったんです!」


 心愛が深々と頭を下げる。

 おいおい、これじゃあ周りから見たらまるで俺が女子高生を恫喝しているみたいじゃないか。


 「ちょっと心愛さん、いいから頭を上げてくれ」

 「だって私……」

 「俺がいいって言っているんだから、いいんだ」


 そう言うと、心愛がゆっくりと頭を上げた。


 「一体どうしたんだよ」

 「今日の差し入れ、手作り出来なかったので」

 「はぁ?そんなの気にするなよ」

 「気にしますよ。だって神谷さん、手作りじゃないと私を嫌いになるって……」

 「言ってねえよ!どう言う聞き間違いしてんだ」


 何故か心愛の中での俺の印象が、とても器の小さな男として認識されていたみたいだ。

 手作りじゃないと嫌いになるって、何処かの亭主関白かよ。


 「本当に嫌いにならないですか?」

 「ならねえよ!むしろ、心愛には色々感謝してんだぜ」

 「それは初耳ですね!詳しく聞かせてくれますか?」

 「何復活してんだよ」

 「だって神谷さんが、弱っている私に甘い言葉を……」

 「かけてねえよ!」


 こうして、何とか心愛はいつもの調子を取り戻してくれた。

 それに、俺の体調も気づけば普段と何ら変わり無いものになっていた。


 これも全て、朝のルーティンのおかげなのだろうか。


 俺はそんな事を思いながら、会社へと出勤した。




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