第3話 同僚と匂い
女子高生と別れた後、急いで会社に向かい何とか始業時間ギリギリで出社する事が出来た。
「ハァハァハァ、何とか間に合った」
その場で両膝に手をつく。
久しぶりに全力疾走をしたせいか、肺の痛みと足の痛みが一気に襲ってくる。
イテテテ……。
これは歳かな。
そう思いながらゆっくりと何度か深呼吸をする。
それに炎天下の中での全力疾走だった為、身体中から汗が噴き出ており自慢のワイシャツがビショビショになっていた。
ああ、最悪だ。
朝からこんなに汗まみれって、「神谷さんマジ臭いんですけど」とか「神谷さんまじ不潔じゃね」とかって女子社員に思われそうだな。
そんな事を考えながら、額から出てくる大量の汗を拭いつつタイムカードを押す。
その後すぐに自分の席に向かおうとしたのだが、何かいつもとは違う変な違和感を感じた。
一体何だ?
何故みんなが俺の事を見てくる?まさか……俺の匂いがみんなの元へもう届いているのか!?
一瞬、顔面が蒼白になったのがわかった。
それ以外に俺がみんなから見られる理由が見当たらないからだ。
この会社に入社してはや5年以上は経つが、こんなにも注目された事は一度もなかった。
それほど俺と言う人間は、この会社での存在感が薄いのだ。
だが営業チームの一つを任されている立場ではある。
それだけが俺の唯一誇れるプライドと言えるだろう。
だから服装や清潔感と言ったところは、チームリーダーとしてきっちりしておかないといけないのだ。
そう言った仕事に対する姿勢ってものが、最終的には部下達からの信頼に繋がる筈だと信じている。
しかし!今はそんな事を考えている場合ではない。
何故俺がこんなにも注目されているのか、そこを今は優先的に考える必要がある。
うーん。だけど全く思い当たる節がないな。
昨日の件だってまだ誰にも言ってないし。
考えても答えが出なさそうなので、ひとまず自分の席に向かう事にした。
ジロジロと見られる中、社員の誰とも目を合わせる事なく駆け足で自分の席まで向かった。
そして何事も無く席に着けた俺は椅子に深く腰を掛け、天井を見ながら大きく溜め息を吐く。
はぁ。
一体、俺のいなかった1日の間に何が起きたんだ?
まさかの休んだからってクビとか?それとも何かの手違いで昇進?それか、確率は低そうだが人生2度目のモテ期とか……。
まあそれは無いな。
一人でそんなボケツッコミをかましていると、一人の男が俺の元へとやって来た。
「おはよう悟」
「翔か。おはよ」
爽やかな挨拶をしてくるこの男は、一ノ
俺と同い年の同僚で、仕事の成績はかなり良く会社の中では一番のモテ男だ。
見た目も30歳とは思えないほどの童顔で、髪型は茶髪ショートマッシュの今時な感じ、ほのかに香る甘い匂いの香水がこれまた女性ウケがいい。
「何だよ悟、汗でビショビショじゃないか」
「まあ、朝から色々あってな」
「本当悟は仕方ないなぁ」
翔がそう言いつつ、自分の席へと戻ってタオルを取って来てくれた。
こう言う事を自然と出来るのも、持てる要素の一つなんだろうなぁ。
「ありがとよ」
遠慮なく貸してもらったタオルを使う。
ん?何だこのいい匂いは。
翔自身から香る香水の匂いと同じ匂いがする。
「翔よ。このタオルからする匂いはお前の香水と同じ匂いだよな?」
「そうだよ。俺のお気に入りの香水と同じ匂いがする柔軟剤を海外から取り寄せてるんだよ」
「へ……へぇ」
わからん。俺には全くもってわからん。
何故匂いの為にそこまで出来るんだ。
まあ確かに他人から臭いと思われるのは嫌だが、わざわざ柔軟剤を海外から取り寄せるか?
「悟にもあげようか?」
「いや……俺はいい」
「悟も匂いには気を使った方がいいよ」
「そうか?」
「俺たちはもう30歳だし、これからもっと加齢臭とかキツくなってくるからさ」
加齢臭か……。
「翔、やっぱり俺にもその柔軟剤くれ」
「そう言うと思った」
「お前はエスパーか何かか?」
「悟って単純だし」
俺って単純なのか。
自分ではよくわからんな。
いやいやそれよりも、どうして俺は翔と匂いの話なんてしているんだ?
そんな事をしている場合では無いような気がするんだが。
「なあ翔」
「何?」
「昼休憩、俺と飯に行こう」
「わお珍しい。悟からご飯の誘いがあるなんて」
「ちょっと聞きたい事があってな」
「ちょうど俺も色々聞きたいなって思ってたから。いいよ」
俺たちは昼飯の約束をして、自分達の仕事に戻った。
俺と翔はそれぞれの営業チームのリーダーをしている。
毎月、各営業チーム毎に売り上げ成績が張り出されるのだが俺のチームは毎回と言っていいほど最下位だ。
それに比べて翔のチームは常にトップで、翔自身部下や上司からの信頼がとても厚くまさに非の打ち所がない完璧な存在と言っていいだろう。
そして俺にとっては最悪の恋敵でもある。
俺のチームに所属している
だが、その子は翔の事が好き。
噂好きの女子社員達が、食堂で話しているのをたまたま聞いてしまったのだが……。
その時の俺の心情ときたら……もう思い出したくもないな。
それを知ってからも、早見ちゃんの事を諦めきれず毎日話せるチャンスを伺っていると言う状態だ。
◇◇◇
そして昼休憩。
会社の近くにある定食屋に向かっていた。
そこは俺も翔も行きつけにしている場所なので、今回そこが選ばれたと言うわけだ。
ん?これって高校だよな。
会社から少し歩いた位置で、高校を発見した。
普段から歩き慣れている道なのだが、あまり気にしていなかった為か初めて発見したと言う感覚だ。
霧ヶ峰高等学校?まさか……まさかな。
今日の朝の事を思い出した。
もしもあの女子高生がこの高校に通っているとしたら、偶然の遭遇率が上がってしまう。
たぶんあの女子高生は今日の感じを見ていると、俺を発見した瞬間ガンガン話しかけてくるだろう。
そんな場面を会社の人に見られでもしたら……嫌だ、想像もしたくない。
俺は高校の近くで一人、恐怖心に駆られていた。
「あれ?神谷さんじゃないですか!?」
こ……この声は。
恐る恐る声のした方を見てみる。
するとそこには、今日の朝にも会った俺のファン第一号の女子高生が立っていた。
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