第55話 Battle of the Naval hospital

 金満提督の意を受け、米兵捕虜らの篭絡任務に携わる看護婦たち。

 ウェーク島沖海戦で捕虜となった米国青年(一部おっさんも混じる)のそのことごとくを誑し込んだ彼女たちは現在、新しく東太平洋海戦で捕虜となった米兵への対応に大わらわの日々を過ごしていた。


 そんな彼女たちが活動する海軍病院には多くの若い医師が勤務していたが、その中に二人の独身イケメンが含まれていた。

 もちろん、結婚適齢期後半アディショナルタイムのホウコさんはそのうちのどちらかをゲットしようと考える。

 勤務医とはいえ、医師の社会的地位は極めて高い。

 若い二人の医師は今でこそ収入はたいしたことはないが、将来独立すればその高騰は間違いの無いところだ。


 だが、ホウコさんには金満提督から依頼を受けた米軍の捕虜を篭絡するという国家的任務もあったので、それが一段落ついてから本格的に優良物件攻略作戦に着手するつもりだった。

 ホウコさんは夜は奔放な一方で、意外に義理堅く律儀な性格なのだ。

 だからウェーク島沖海戦のときも、彼女は真面目に米兵を堕とすことに邁進していた。

 聖母のような雰囲気を纏うホウコさんは、戦いで傷つき弱った米兵から見れば女神か慈母のように映ったのだろう。

 彼女は並み居る美人看護婦の中でもトップの成績(撃墜スコア)を収めていた。

 だがしかし、ホウコさんはある日、自分の知らないうちに後輩に先を越されていたことを知る。


 ホウコさんを出し抜いていたのはアカコさんとカガコさんだった。

 彼女ら二人もまた、ホウコさんほどではないがそろそろ適齢期後半にさしかかっていることもあり、内心あせっていたのだろう。

 そして、彼女らの思惑もまた当然のことながらホウコさんとかぶる。

 そのことにホウコさんが気づいた時にはすでに手遅れだった。

 アカコさんは持ち前の母性を感じさせる慈愛に満ちた容姿と立ち居振る舞いで、カガコさんはツンデレの技巧を駆使していとも簡単にイケメン医師を攻略したのだ。

 アカコさんもカガコさんもこの戦争が終わればその医師と結婚するのだという。


 当然のごとくホウコさんはご立腹する。

 アカコさんとカガコさんは当時、自分とともに国家的任務の真っ最中だったはずなのだ。

 それなのにもかかわらず、二人は米軍捕虜の看護の合間にイケメン医師のところに連日連夜出撃を繰り返してやがったのだ。


 「あのアバズレどもめ!」


 アカコさんは人前では小食を装っているが、実は誰よりも食い意地のはった底なしの大飯食らいだ。

 カガコさんは一皮むけば不遜が服を着て歩いているような女だ。

 それに、腕が立つことを鼻にかけ、ショウコやズイコ(ユキカゼ)といった若輩看護婦と一緒にしないでというのが口癖の傲慢な性格でもある。

 だがしかし、成功した後輩に対する妬みや嫉みはいったん置いておくとして、まずは自分も何とかしなければならなかった。

 いつまでも男の練習空母でいるのは御免だ。

 米軍捕虜最多撃墜記録保持者という称号も今のホウコさんには何の慰めにもならなかった。


 そのようななか、ホウコさんはふと思い出す。

 ハワイ遠征で大戦果を挙げ、日本に凱旋したあのふざけた提督もそろそろ手が空く頃ではないか。

 海軍病院でちょっと耳にした程度だが、先ごろの戦いの結果によって、米国との講和が現実味を帯びてきているらしい。

 そう言えば、「鬼畜米英」という言葉がなりをひそめ、逆に同盟国であるドイツのことを悪し様に言う者がここ最近になって一気に増えた。

 なんでも、ドイツの一番偉い人が書いた本の内容に、日本人のことをバカにした記述があったのだそうだ。

 だがしかし、それは決して的外れなことでは無いとホウコさんは思っている。

 バカでなけりゃ米国に喧嘩など売ったりはしない。

 ホウコさんは世界情勢のことはよくわからなかったが、それでも噂通り戦争が終結に向かっていることは海軍病院の空気からも感じ取ることが出来た。


 そのホウコさんは再びふざけた提督に意識を戻す。

 戦争の終結が見えてきた以上、提督もまた暇になるだろう(注:ホウコさんの大きな誤解。将官は一部の名誉職を除き平時でもめちゃくちゃ忙しい)。

 それに、あの提督には大きな貸しがある。

 この際だから、提督の部下の海軍士官で手を打ってやろう。

 確か、帝国海軍の士官は高給取りだったと聞いたことがある。

 士官で男前で背が高くて性格がよければあとは贅沢は言うまい。

 そう気持ちを切り替えたホウコさんは身支度を整え伝手のいる海軍病院へと向かった。




 後日、ホウコさんは本土に帰還してからも多忙を極める、少々お疲れ気味の金満提督からひとりの男を紹介された。

 残念ながら、その男は士官ではなく下士官だった。

 まあ、士官に比べれば格落ちだが、それでも世間から見れば下士官もまたそれなりのステータスを持つ。


 金満提督の男に対する申し訳なさそうな視線が気になったが、ホウコさんにとっては男の品定めが最優先だ。

 背は標準的でそれほど高くない。

 だが、いかにも引き締まった「精悍」という言葉が服を着て歩いているような男だった。

 顔も悪くない。

 いや、どちらかというと好みだ。

 男は教育航空隊の教官をする一方で、金満提督が率いた第一機動艦隊のハワイ遠征にも臨時で参戦したという。

 米国との講和が成り、戦争が終結すれば軍を退役して民間航空会社に就職することが内定しているという。


 ホウコさんは考える。

 海軍航空隊の教官まで務め上げた人間が整備や事務職で民間航空会社に就職するということはあるまい。

 つまりはパイロットだ。

 「超」のつく特殊技能の職業だ。

 ひょっとしたら収入は医師よりも上かもしれない。

 間違いなく世間一般の男どもに比べて稼ぎはいいはずだ。

 それに人格破綻者や性格異常者では絶対に教官にはなれないから、嗜好や性癖はともかく、まずはまともな類の人間ではあるのだろう。


 値踏みを完了したホウコさんは魂の火器管制システムを完全にオープン、照準をロックした。

 容姿、収入、将来性。

 相手にとって不足は無い。

 そして決意する。

 今度こそは仕損じない。

 数多の男を撃墜した得意の夜の巴戦に持ち込んで一気に勝負を決めるつもりだった。

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