第12話 海軍陸戦隊
わずか一日で、ウェーク島をめぐる戦況は一変していた。
先日までは特設空母「春日丸」の零戦あるいは九七艦攻の支援を受け、順調に進撃を続けていた海軍陸戦隊は、だがしかし今では逆に米空母艦上機の攻撃にさらされて身動きがとれずにいる。
幸いだったのは、緒戦で受けたダメージがたたってか、ウェーク島守備隊のほうもまた陸戦隊を押し返すほどの反撃能力は持ち合わせていないように思えることだった。
それでも、空からの攻撃だけでも陸戦隊の被害は累増していく。
爆撃にせよ、あるいは銃撃にせよ、米艦上機の猛威は陸戦隊指揮官の予想を大きく超えていた。
急降下爆撃機が投下する爆弾の威力は凄まじく、戦闘機から吐き出される火箭の量も日本軍の標準的な戦闘機のそれを大きく超えている。
空から海に目を向けても状況は変わらない。
ウェーク島周辺の海もまた、米艦艇に包囲されていた。
敵味方が近接している状況なので艦砲射撃を受けずに済んでいることは不幸中の幸いと言えたが、それでもうかつに動けないことに変わりはない。
その一方で、陸戦隊指揮官が何より恐れていた敵の増援兵力の上陸は、今のところそれがなされる兆候は無かった。
おそらく上陸船団は少し離れたところで待機しているのだろう。
まずはこちらに向かってくるはずの日本艦隊を叩き、その脅威を取り除いたうえで陸上戦力を揚陸させるという堅実な作戦をとるのではないか。
陸戦隊にとってはまさに四面楚歌、ウェーク島の周りは陸も海も空も周りが敵だらけの状態だ。
このような絶望的な状況のなかでも陸戦隊がなんとかふんばっていられるのはトラック島から救援艦隊がくることが分かっているからだ。
自分たちは囮。
作戦の概要を初めて聞かされたとき、陸戦隊指揮官はそう理解した。
だからこの作戦に参加する部下の将兵たちは志願制にしてもらった。
いかに精強を誇る陸戦隊といえども、敵の懐に飛び込んでの囮任務ではその生還は期しがたいと思われたからだ。
「我々は米軍のウェーク島守備隊を締め上げる。そのことで太平洋艦隊を誘引し、そしてそれを連合艦隊が叩く」
そのために海や空からの脅威に備え、兵器だけでなく偽装網をはじめとしたカムフラージュのための装備もまた十分に用意していたはずだった。
装備の定数割れがなかば常態化している帝国海軍にしては珍しくここではその必要量を余裕で満たしている。
それでも米空母艦上機の攻撃はこちらの想定を大きく超えていた。
陸戦隊に有力な対抗手段が無いと見るや戦闘機だけでなく急降下爆撃機までが低空に舞い降りて銃撃を加えてくる。
その急降下爆撃機の機首から吐き出される火箭も強力で、あるいは日本の戦闘機の標準を超えているかもしれない。
陸戦隊は決定的なダメージこそ受けていないものの、それでも確実に死傷者は増えていく。
「連合艦隊の救援までもつのか」
陸戦隊指揮官が考えるのはその繰り返しだった。
そしてほとんど眠れないまま夜明けを迎えた。
早朝からやってくるであろう敵艦上機の襲撃に備える。
だが、昨日まであれほど苦しめられていたその敵艦上機の姿はどこにも無い。
さらに見張りから報告があり、海上からにらみをきかせていた米駆逐艦の姿もまた消えているという。
他の見張りからも同様の報告が続き、視認できる範囲において米艦は一隻も見当たらないとのことだ。
陸戦隊指揮官は状況を悟った。
彼らが、連合艦隊が来てくれたのだ。
喜びや安堵、いろいろな感情が爆発しそうになる。
だが、歯を食いしばる。
ここには部下がいるのだ。
無様な姿を見せるわけにはいかなかった。
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