凩の風が吹く
沖町 ウタ
第1話
秋の木の葉が散る秋の頃、高校の校舎裏で、竹箒を使い、枯葉を掃除する生徒がいた。
眼鏡を掛けた冴えない男子高校生、
本来ならばクラスの生徒数人で持ち場を担当するのだが、彼は1人で淡々と掃除をしていた。
彼はクラスで少し浮いた存在で、面倒な雑用は半強制的に任される事が多かった。
今もその最たる例で、彼は一人で掃除をしている次第だった。
「はぁ……」
一人寂しく掃除をする修斗。クラスのみんなにいいように使われてる事に憤りを感じながらも言い返せない自分に呆れていた。
いつも感じる孤独。しかし、だからこそ彼はこの虚しく1人で掃除をしている時に楽しめる方法を見出していた。
今回もその密かな楽しみを実行しようとしていた……矢先のことだった。
「ねぇ」
と、聞いた事のある女子生徒の声が聞こえた。
その声に驚き半分で振り返ると、同じクラスの桜野
彼女は明るくて、修斗のような浮いてる人にも優しく喋りかけ、いろんな男子が可愛いと噂をする程に綺麗で、奥手で引っ込み思案な修斗にとっては天使のような存在だった。
そんな彼女が怪訝な表情をしている事に修斗は頭が疑問で一杯だった。
「桜野さん……ど、どうしてここに?」
修斗はタジタジとしながら纏まらない思考のまま、小さな声で疑問を投げかける。
桜野は怪訝な様子のまま答える。
「どうしていつも何も言わないの? 損な役回りばっかりやって虚しくならないの?」
一瞬なんのことかと修斗は思うが、どうやら彼女はみんなは掃除をサボり、修斗1人で掃除をしている事に苦言を呈しているようだった。
いつものような明るい雰囲気ではなく、気に入らない様子で言葉を投げてくる桜野に、修斗は怯えながら答える。
「ぼ、僕はみんなみたいに遊びに行ったりする事ないから……暇な僕が掃除すれば、みんなが幸せだから……」
修斗は少し引き攣ったように笑ってそう言って見せる。
しかし、そんな顔をしていう修斗に、桜野は、静に俯く。
「……それは本心で言ってるの?」
聞いたことのない暗い声で、桜野は修斗に確認する。
「う、うん……」
恐る恐る答える修斗。
少しの間静寂が流れる。木々が揺れる音だけが数秒空間を支配すると、俯いていた桜野が勢いよく顔を上げ、修斗を睨みながら言葉を放つ。
「そんなの許されるわけないでしょ!!」
突如叫ぶように放った桜野のその台詞は、校内に轟きそうな程大きな声だった。
初めて怒る彼女の姿に、修斗は心臓がバクバクと早く鼓動し、身体から血の気が引いていた。修斗には何故そんなに怒られるのか訳が分からなかったからだ。
そんな修斗を気にする様子もなく、桜野は母親が説教をするように言葉を続ける。
「きみの人生はきみの為にあるのよ!? そんな奴隷みたいな生き方でいいの!? 嫌なら逃げないで戦いなさいよ!」
凄みのある語気に萎縮した修斗は、口をもごもごとさせる事しかできなかった。
「え、で、でも……ぼ、僕は……その……」
口籠る修斗に、桜野は畳みかける様に言葉を載せる。
「こんなに言われて悔しくないの!? 言いたいことあるんじゃないの!? 言いたいことがあるならちゃんと言い返しなさい! 男子でしょ!」
「……ぼ、僕は本当に……暇だから――」
修斗の言い訳を遮るように桜野は怒るのを止めない。
「うそでしょ! ホントは早く帰ってゲームしたり、昔の友達とカードゲームしたり遊びたいんでしょ!」
熱くなっているのか、桜野は思わずそんなことを口走っていた。
「え、な、なんでそんなこと知って――」
誰にもしゃべっていない事を知っている桜野に聞き返すと、桜野は口を手で抑えた。
「あ……」
小さく漏れるような声を出すと、誤魔化す様に桜野は言葉を続ける。
「と、とにかく! 自分の人生を諦めないで。君は……そうでないと困るの」
熱くなっていた想いが落ち着いてきたのか、桜野は修斗から目線を外し、少し照れた様子で言った。
その台詞に、修斗は疑問符が頭に沢山出てくるが、一番疑問に思ったことを問いかける。
「ど、どうして桜野さんが困るの……?」
「…………」
修斗のその問いに桜野は答えなかった。かわりに、桜野の顔が少し赤くなったような気がした。
しばらく桜野は目を泳がせ、答えるのか迷っている様子を見せると、意を決したように修斗に視線を合わせ答えた。
「だって……私……本当は君のことずっと見てたから……!」
頬を赤くし、今にも泣きそうな、しかし口角は僅かに上がった表情で彼女は言った。
「え……?」
胸が高鳴った。修斗は、何かに怯えるドキドキではなく、暖かくなる胸の高鳴りを初めて感じた。
二人はお互い何を言ったらいいのか分からず、しばらく見つめ合っていた。
視線は外れることなく、困ったように、少しだけ震えた声で桜野が喋り始める。
「ずっと気になってたの。嫌な顔せず、ヘラヘラして嫌なことを受け入れるのが。最初は凄く嫌だった。どうして嫌なら嫌って言わないのか。そういう優柔不断な所が凄くムシャクシャしてたの。……けど、きみの事をいろんな所で見てた。掃除をし終えた時の満足そうな顔。その後に見せる一人寂しげな表情。臆病なだけかと思ったら、近所のおばあちゃんに優しくしてたり、公園で見ず知らずの子供の相手してたり……ただ本当に心から優しい人なんだなって気が付いたの……」
思わぬことを言われ、恥ずかしさと普段されることのない褒められる事に思わず修斗も顔を赤くして照れる。
「だからこそ! クラスの男子達が嫌で、人の優しさに託けて、面倒ごとを全部修斗くんに丸投げにするのが嫌で……それでも修斗くんは嫌な顔をしないから……私は嫌なの」
俯き、悔しそうな顔で桜野は最後の言葉を言った。
「嫌……なの?」
修斗は、彼女が自分に対してどんな感情を抱いているのか、一抹の希望を一瞬感じる。
しかし、その可能性は自分の人生には起こりえないと閉ざしていたせいで、修斗は彼女の言葉の意味を汲み取ろうとはしなかった。
そんな修斗に痺れをきらしたのか、まるで告白でもするように、桜野は言い放つ。
「……優しいだけじゃ嫌なの!」
修斗はそれでもやっぱり、彼女の言葉を受け入れることが出来なかった。
しかし、そのあとに続いた桜野の言葉は、修斗の心に大きく響くことになる。
「けど……優しいきみは……凄く魅力的だよ?」
優しく、それこそ恋をする乙女のような優し気な笑みで言われた一言に、修斗は身体が宙に浮いたかのような多幸感を感じた。
そこまで言われれば、修斗もあり得ないと自分に言い聞かせた可能性を強く感じる。
「……も、もしかして……桜野さん、僕のこと――」
多幸感で一杯になった修斗は、ふわふわとした思考で思わずそう本人に聞こうとする。
と、突如、顔に何処からか飛んできたゴミ袋が張り付く。
「うわっぷ!」
驚きながら何が起きたのか分からなくなった修斗は、竹帚をその場に落とし、顔に着いたゴミ袋を慌ててはがす。
「うぇ……っぺっぺ!」
汚れたゴミ袋には土が着いてたのか、顔を慌てて腕で拭う修斗。
「なんだよ……」
突如襲ってきたゴミ袋に先ほどまであった多幸感は一気に失われていた。
「…………あ~あ」
飛んできたゴミ袋を手に肩を落とした様子で前を見ると、そこには桜野の姿は無かった。
「良い所だったのに……」
良い所……彼女と付き合えそうな雰囲気だったから?
では何故先程まで桜野がいた場所には誰もいないのか。
その理由……そう、妄想だ。これまでの一連の出来事は、彼が掃除の途中で一人でやる妄想だったのだ。好きな人が自分の事を好きだったらどんな告白をしてくるのか。そんな妄想をするのが、彼が嫌な事を忘れられる唯一の時間だった。
「はぁ……」
修斗は色々な意味で深い溜息を着いた。
こんな妄想をして、実際に告白なんてしようとすら思えない自分の不甲斐なさ。
妄想のクライマックスでゴミなんかに邪魔されたこと。
そんな妄想をして、多幸感を味わってる自分の惨めさ。
しかし、それが自分だと受け入れるのも早く、彼は妄想するだけならタダだと言い聞かせ、飛んできたゴミ袋に妄想してる間に集め終わった落ち葉を詰め、ゴミ集積所に向かった。
ゴミ集積所に行くと、まさかのタイミングで現実の桜野がそこにいた。
先ほどまで彼女で変な妄想をしていたせいか、変な緊張が修斗に走った。
「あ。凩くん。やっほ~」
丁度ゴミを捨て終えた桜野が修斗に気が付き、声を駆ける。
「こ、こんにちは……」
聞こえるのか聞こえないのか分からないほど小さな声で、俯き加減で返事をする修斗。妄想の時のように、現実では真面に目線すら合わせることは出来ない。
修斗は足を止めることなく、そそくさとゴミを集積所に置く。
「あ、そうだ。凩くんに聞きたいことがあったんだ」
さっさとこの場を離れようと思ってた修斗は話しかけられ、思わぬ展開に軽くパニックになる。
「え、は……な、なに?」
桜野に目の前に立たれ、視線を何処に向けたらいいのか分からない修斗は目を泳がせていた。
「凩くんってゲーム得意?」
キョドってる修斗を気にすることもなく桜野は問い掛けてくる。
「ま、まぁ……うん……少し……ぐ、ぐらい……なら」
「やっぱり! 今皆でこのスマホゲームが流行ってるんだけどさ」
そういってスカートのポケットから携帯を取り出しゲーム画面を見せてくる。
「これ……僕もやってる……」
ゲームの話になると、修斗は少し落ち着いて話すことが出来た。
「ホント!? でねでね! 皆より先にクエストをクリアして自慢したいんだけど……」
「ああ、それなら――」
自分の得意なゲームの事を聞かれ少し安心し、ゲームの中のことだけに集中し、自分の考えや攻略方法を伝える。
「――それでいけば、多分簡単にクリア出来ると思うよ」
「なるほど……」
桜野は助言通りにゲームの編成を整えると、思わず感心していた。
「流石全国大会に出てるだけのことはあるね」
スマホから視線を修斗に移し、褒める様に桜野はそういった。
修斗は穴があったら入りたい衝動に駆られる。
たしかにそのゲームで全国大会には行ったけれど、知られてる事に驚き、見られていた恥ずかしさに気が付き、顔は羞恥心で耳まで真っ赤になる。
それでも、恥ずかしがってると悟られたくない思いで、とっさに問いかけていた。
「え……な、ぬ…なんで……し、しゅ、しゅってるの……?」
まともに呂律が回ってない自分に内心自己嫌悪しながら、後に引けなくなり、今すぐ消えたいと修斗は強く思った。
そんな彼の内情を知る由もない
桜野は何でもない様子で笑いながら軽く答える。
「え~、そりゃだっていつもきみのこと見てるもん」
「え……?」
修斗は驚いた顔で思わず桜野の目を真っすぐ見た。
「……あ」
不意に言葉が出てしまった桜野の頬は、木枯し吹く秋の紅葉の様に紅に染まっていたのだった。
凩の風が吹く 沖町 ウタ @Uta_Okimachi
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