外伝 頁-懺

@I-my

1

1月23日午後?時??分 60


「なあ、何で俺はこんな所にいるんだ」


先程の深花の涙の意味も解らないまま、気付いたらここにいた。

視聴覚室。


何故かは知らない。

「話さなきゃいけないことがあるんだ」

俺の質問に答える事無く彼女は主張した。

深花がそっとこちらを見る。


「ねえ、」

「何だ」


「私の仮面の事、どう思った?」

深花は大きな黒板を背にして、テーブルの上へ座っていた。


「どうとは?」

「どうして仮面を被ってたのか、気にならない?」

「なるさ」


「そうだよ、誰かを欺いたなら、打ち明けて赦しを乞うか、欺き続けるかしかない。

でももう嘘は吐けないから」


「教えてくれるのか」

俺は期待した。


「それで、


どうして貴方は偽っていたの?」

息が止まる。

偽る?

何の事を言っている?

いや分かっている。


「………何を」

「今なら素直に答えてくれるかなーって。

………どうして?」


「それは俺の質問のはずだ」


「………貴方が先に嘘を吐いたんだから、先に答えて」

深花はじっとこちらを睨んでいる。

「先に」、確かに彼女はそう言った。


俺が、仮面を着けていた理由?

そんなものは簡単な事だ、奴らを笑うためだ。

「……分からん」


「よく、考えて」

あくまでも無回答は許さない、そう言いたげだった。


「お前にそんな事言えるのか」


「貴方が言ったら私も応える」


「不公平だ」


「言いたくないのね」


「むやみに人の心に触れるな」


「貴方だって私の仮面を剥いだでしょ?

自分が見透かされて、見下されるのが怖いの?」


さっきまで、あんなに楽しく笑っていたのに。

深花の眼には悲しみと怒りとが入り交じっている。

どうしてなのか。

嫌だ、こんなの。

………どこで何を、俺は間違えたのか。


「……そんな事」


「逃げないで、どうして、どうして貴方は。


あんなに見下してた他人と馴れ合うような事してたの?」


「…………………いつから」


「質問してるのは私よ」


「答える義務は無い」


「ある」


「何故だ」


「聞きたい」


「傲慢だな」


「貴方程じゃない」


「知ったように言う」


「………ずっとずっと前から知ってた、貴方がどれほど私を、私達を嘲笑ってたのか、それなのにあんな風に優しい笑顔を撒き散らしてた事も。


……どうして」


深花はこちらを睨んでいた。

何を言うべきか分からなかった。


「………言わないなら、私が言うね。


君は、他人に依存してたんだ」


「何を」

「人を馬鹿にする癖に、拒絶されるのを恐れて!

それでそんな不出来な仮面を着け」














気が付くと深花を殴っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


12月24日午後11時42分 0


「勝ったあーっ!」


やっと、やっと勝てた。

何回戦って、何回負けたのか分からない。

でもあの瞬間、逃げずに踏み込んだから。

逃げなかったから。


「いーーやっほぅーーーっ!」

「興奮し過ぎだよ」

「勝利を喜ばないのは敗者に失礼です。

本気で潰して本気で喜ぶべきです」

「まあ確かにね。

でも、少し疲れたかな」

そういって彼は、端末を覗く。

「ん、もうこんな時間か」

「?

何時?」

「日付が変わるね」

そんなに経ってたのか。


「んー」

大きく伸びをする。

こんなにキモチのいい疲れは初めてだな。

あー。

人とゲームすんの楽しすぎない?


「ねえ」

「どうかした?」

「遊んでくれて、ありがとね」

「いいよ、僕も楽しかったし」

「こんなに嬉しいの、久しぶりなんだ」

「ん、よかった」

開いた窓から、また冷たい風が入り込む。

今はもう、それに酔う必要もない。

孤独と自己憐憫以外の何かに満たされて、溢れている。

「誰かの隣にいるのも、誰かが隣にいるのも。

幸せなことなんだね」

「光栄だね、それは」


モニタはメニュー画面を映していた。

少しぼうっとしてる事を自覚しながら、それを眺める。

「………さん」

名前を呼ばれる。

「今日はありがとね」

「んーん。

嬉しいのは私だから」

彼は笑顔だった。

私はどうだろう?

この感情は言葉だけじゃなく、表情にも表れているだろうか。

「時間も時間だから、そろそろおいとまするよ」

………ん?

んん?

「んんん?」

「えっと、流石にもう帰」

「ちょっと待ってね」

黙ってこちらを見つめてくる彼から視線を反らして考える。

何だろう、これ。

この感覚。

さっきまでの悦びを塗り代えた何か。

んーん、それ自体はごく解りやすい感情だ。

怖いんだ。

また独りに戻るのが。

もう少し、一緒がいい。

「長考?」

「静かに」


……その少しが終わったら?

満足してまた独りに戻れるのかな。

いや、そんな殊勝じゃない。

いつの間にか永遠を望んでいたのか。


さっきから相互理解とか悠久とか、有りもしないものばかり望んでいた。

どうもヒトの温もりには中毒性と幻覚作用があるっぽい。

全部こいつのせいだ。

ばーかばーか。


もう一度、顔を上げてこの人を見てみる。

全く、私は。


「……もうちょっとだけ」

思春期丸出しだな。


「じゃ、もうちょっとだけ」

座り込む彼を見て、ほっと一息。

「お喋りをしましょう」

「うん、いいよ。

何について?」

「そんなの何でもいいんです」

「とりとめの無い話、っていうけど、あれ出来るの女の人だけだよね」

「そうなんですか?」

「会話をするとき、男はオチをつける使命があるんだ」

「難儀ですね」

「その代わり脈絡も意味もない話を聞かないで済むとも言えるけど」

「なるほど。

コミュニケーションも満足に取れないなんて可愛そうですね」

「随分と言ってくれるなあ」

「とはいえ言いたい事は分からなくありません。

自虐に見せかけた自慢と愚痴に見せかけた悪口しか話せない女郎もいるので。

恥じろ、あと爆ぜろ」

「まあ確かに、口の悪い女の人は嫌だね」

「そうですそうで……………あれ?

私のことですか?」

「否定はしないよ」

「む…………女性蔑視ですセクハラです男尊女卑です」

「え?……………え?」

「ついでに性的搾取で役満です」

「今日だけで2度も冤罪にあったよ、テロでも起こしてやろうかな」

「困ったらそう言っとけってネットが言ってました」

「全く、優れた文明も考えものだね。

文字通りクモの巣だ。

からめとられる所だった」

「そうです。

ネットのせいでネットネトです」

「いや、どちらかと言えば貴女のせいではあるんだけど」

ごろんと寝っ転がる。

………寒いな。

そのまま這いつくばって動いて、窓を閉める。

「人を呼んでそこまでくつろげるのか」

「うん。

めっちゃくつろいでるよ」

ごろごろと転がって元の所に戻る。

何だか天井が違って見えた。

「キミもどうです?

ごろーんって。

楽しいですよ」

「いやいや」

「いやじゃないいやじゃない」

「いやいや」

「いよいよ」

「いやいや」

「やいやい」

「いやいや」


んー。

ごろん。

「えっと、何かな?」

「何でもないですよ?」

「いや、でも近いし」

「達人の間合いです」

「いやいや」

「さっきから嫌、嫌って。

これだから最近の若者は」

「いや別にいやいやってのはいやって訳じゃなく」

「何言ってるか分からないです」

むにっ。


「い、痛いって」

「良いじゃないですか。

ほっぺ位むにってしたって」


温い頬をつまむ。

この時間は、あとどれくらい続いてくれるんだろ。


「そういえば」

「?

どしたの?」

「枕無いの?」

彼はベッドの方を指す。

乱雑に掛け布団だけが伸びている。

片付けてから部屋に上げるべきだったかな。

いや、いいよね。めんどくさいし。

「だって邪魔じゃん」

「枕が?」

「うん」

あんなものは無い方がいいのだ。

「寝づらくないの?」

「何を言ってるんですか。

枕こそ安眠の敵です。

人類の生み出した愚かしい文明の1つです。

まっくらです」

「……枕に恨みでもあるのかい?」

「もしかしてキミは枕右翼なんですか?

枕保守派なんですか?」

「未知の単語を当然の様に使われると困るよ」

「くそー枕原理主義者めー……

何がマクラだ、もっとマクロになれっ」

「いや、実にミクロだけど」

「改革だー革新だー革命だー!

枕を亡ぼせーーっ」

「枕が何をしたと言うんだろう………

僕は無いと寝られないけど」

「むむ。

それは大変です。

もう流石に枕離れしないと笑われますよ?」

「いやいや。

普通皆使ってるし」


衝撃の事実。

あまりにも驚きすぎて指にこめる力が強くなってしまった。


「いた、痛いって。

そろそろ離してよ」

「ダメです。

これは粛清です」


むに。

むにむに。


忘れないように強くつまむ。


「端末持ってますよね」

「うん」

「認証、しませんか」


体があつくなる。

恥ずかしい。


「いいよ。

でも、まずは顔から手を離して欲しいな」


「ひ、卑怯、実に卑怯です」

「いやいや」

「いやって言われるのいやです」

「はいはい、分かったよ」

差し出された彼の端末に、自分のを重ねる。

初めて聞く効果音。

『認証を確認。承認しますか?』

左側の枠を押す。


えへへ。

………友達がいたら、こんな感じなのかな。


「ねえ、キミは1人でいるの、好き?」

「嫌いではないかな」

ふむ。

「心を蝕むのに?」

「好きな訳でもないけどね」

じーっと顔を覗き込んでみる。

「あまりそう見られると困るなあ」

でも真意は分からなかった。

やっぱり、何だか遠い気がする。

こう、距離をつめすぎないような。


………いやいや。

今日初めてあった人間に何言ってんだ。

自惚れ、実に自惚れ。


さて、これ以上引き留めるのは申し訳ないよね。

外套を引き寄せる。

ポケットの中にしっかりとそれはあった。

「引き留めてごめんなさい」

「え?………ああ、いいよ」

「そしてありがとう」

「ん」

「ささやかですけど、これはお礼です」

小さな箱を、彼へ。

「何、これ?

開けていい?」

「開けてください」

「…………指環?」

「さっきのおもちゃ屋で。

そんなに大したものではないですけど。

……今日はクリスマスですから」

「そうだったね。

ありがとう、サンタさん」

「ううん、サンタは私じゃないんです。

これは、サンタへのお返しなんです」

「あはは、とうとう罪人からサンタへ格上げか」

「別にキミの事とは言ってません、調子乗っちゃダメです」

「入るかな……」

彼はあろうことか私を無視して指のサイズを確認し始めた。

ひどい。

「私にはちょっと大きいくらいだから丁度いいと思ったんですけど。

まあ、きついならそのチェーンで首にでも下げといてください」

箱の中から鎖を掴む。

「……不思議だね、これ」

「でしょ?」

指環に乗せられた石………いや、石なんて凄いものじゃないんだけど、それは無色透明な光を放っていた。

何だか不思議に綺麗だったから、気に入ってこれにしたんだ。

「ありがとう、大切にするよ」

「はい、してください。


…………それでは。

この辺りでいいです」

「?」

「十分に楽しみました。

だから、今日はもういいです」

「……そっか」


時計を見ると、とっくに日付が変わっていた。

もう25日。

イブじゃなくて、クリスマスだ。


「こんな時間までごめんなさい」


彼は立ち上がって上着を着こんだ。

無性に寂しい。

やっと始まった何かが、終るような。

そしたら、全部また元に戻るのかな。

退屈で、明日を求められない毎日に。


………それが嫌なら、踏み出すしかないんだ。

はっきり言わなきゃいけないんだ。

言わなくても伝わるなんて、嘘だから。


「玄関、こっち」

ドアの方へ。

一歩一歩と、終る。

大きく息を吸って、吐く。

言わなきゃいけない。

言え。


「っ」

………上手く声が出ない。

さっきまではちゃんと喋れたのに。

彼は何も言わないで、黙ってドアにもたれていて。

待ってくれた。


「これはあくまで仮釈放です。

だから、だからキミとこうしてまた……」


次の言葉が出てこない。

また怖がってる。

素直に、素直にならなきゃ。

一人に戻る前に。


「また、私と……」


一緒に。


「無理するな」

顔をあげてみる。

「大丈夫、分かってるから」

優しい顔だった。


何だろう、この感覚。

ああ、そっか。

…………ヒトってこんな気持ちになれるんだ。

なっていいんだ。


知らなかったよ」


「?」

少し、声が出ていたみたい。

「ううん、何でもないよ。

ありがとう」

笑顔で……言えてるといいな。


「じゃ、おやすみなさい」

彼はそういって、ドアノブをつかんで、向こうを開いた。

「またね、メリークリスマス」


闇の方へ、彼は進んだ。

しばらく扉は閉めずに、風を浴びた。

浸っていたい気持ちはいつもと違うけど。


…………。

このままずっと茫然としてそうで怖い。

少しして踏ん切りをつけた。

ドアの閉まる音。


部屋へ戻ると、モニタが光を灯したままだった。


「Continue ?」


ちょっと寂しい。

だけど、寂しいときに浸ってられる思い出が今日出来たんだ。

ありがたや。


………いや、後ろ向きすぎるね。

彼を思い返す。

寂しいのか嬉しいのかもうよく分からなくなってきた。

部屋の中には、脱ぎっぱの私の外套が捨てられている。

何だか、残滓のような。

…………あれ?

何の違和感だろう?これは。

んー。


あ。

マフラー無いじゃん。

ベンチかお店に置いてきちゃったかな。

人に贈ってる場合じゃないじゃんか。

もう遅いしなあ………明日探そう。


思えば今日一日、こんな風になるなんて全く思わなかった。

ん、正確にはたった数時間だ。

心に踏み込ませるにはあまりにも短い。

…………。

寂しかったんだろうなあ。

安い女だ。


端末を取り出す。

これから先、もっと楽しい毎日が来るんだろうか。

少し、いや結構期待してる。

サンタさん…………いや、もうちょっとだけ大袈裟に。

自惚れもこめて。


もう音声通信も映像も出来るけど。

メッセージだけ送ることにする。

何だかんだ恥ずかしがっちゃったけど、これならもう少しだけ素直になれる。

でも感情が中々文にならなくて、何度も打ち直す。

「んがーっ」

どうしてこううまく書けないかなっ!

…………。

ふー。

落ち着けよ。

まずはこの気持ちの悪い文章を消せ。

読むに耐えん。

話はそれからだ。


………………。

……………。

…………。

………。

……。

…。


は!

気付いたら20分も経ってた………

まあ文面はこれでいいだろう。

考えてたよりシンプルになった。

いや十分恥ずかしいけどさ。

送信。


ベッドの上に身を投げる。


『ヒーローさんへ


またいつかね』


いやホント、よくもこんな恥ずかしい事が書けるなと恥ずかしくなる。

我慢出来ずにベッドに潜った。

もぞもぞする。

ばさばさする。


はふぅ。

布団から頭を出す。


窓の先の闇に、点の様な光がいくつか。

ずっとずっと昔の輝きが、宇宙を駆け抜けて、私たちに降り注いでる………ということになっている。

誰が考えた設定か知らないけど、中々ロマンだ。

ただそれだけじゃ、毎日は楽しくならなかった。


思えば、あんな歌を歌ってた時に話しかけられたんだ。

あれも中々に恥ずかしかったな。

もう一度、流れてもいない星に願おう。



………私も、ああいう風に、誰かを笑顔にできるのかな。

ああいや、祈る暇があるなら、だね。

まあ取り敢えず、今日は寝よう。

熱いくらいに暖かい布団の中に潜る。

シーツに頬を擦り付けて、枕の邪道さを再確認。

下ろした瞼の黒に、もう一度彼を描く。

少しずつ意識が沈んできた。

彼の輪郭が曖昧に溶けていく。

もうそろそろ、意識が閉じる。

だから、ぼんやりと霧散していく彼が、見えなくなる前に、


「おやすみなさい、大神くん」


そっと呟いた。

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