2-6 二人

「はい、伺います」


16時過ぎにさとみのデスクの電話が鳴り、受話器を取ったさとみはいつもと違うフレーズを口にした。


「少し遅れるかもしれませんが、必ずお伺いします」


電話を静かに置き、さとみは席を立った。そして少し早く歩いた。


誰もいない会議室を見つけると中に入り、鍵を閉めた。


そして、少し呆然としながら、もう一度電話の言葉を頭の中で繰り返してみた。


「大澤です。昨日、帰国しました。今日時間があったらお台場に来てくれませんか」


ふいに涙が溢れ、唇が震え、脚がガクガクと嗤った。


さとみは素直な反応しか出来なかった。


少し前までは毅然とした態度でやり過ごすことを決意していたが、声を聞いた瞬間に3年半前に戻っていた。


溢れる涙を拭くことも忘れ、天井を見上げながら


「元気だったの?心配してたよ。仕事終わったら行くからね」


ひとりで呟き、そして笑顔で会議室を出た。



大澤は携帯を持つ手が汗で濡れているのに気付くまで部屋の中で放心状態になっていた。


まさかすんなり会うことになるなんて。


全く期待していなかった大澤は、会うことを想定していなかった。


咄嗟に出た待ち合わせ場所は二人がよく時間を共にしたヒルトンホテルのラウンジだった。


さとみ、何も言わなかったな。俺に。文句の一つも言ってくれたら良かったよ。


大澤はまだ疑心暗鬼だった。ひょっとしたらさとみはケジメをつけにくるのかも知れない。


電話の声では分からなかった。でも会えるだけで嬉しい。

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