第162話 食材使いまわし7日目。今日は1日カレーの日。

 今日は保育所も、ハンバーグ工房もお休みの日だ。この世界は週6勤務が当たり前らしく、週5にしてしまうと他との調整が難しいことと、かなり目立ってしまうと、ルピラス商会副長のエドモンドさんに言われたことから、一応週6営業のていをとってはいるが、交代で週5勤務にしてもらっている。


 ……週5で同じ給料と知った時のみんなの表情は全員同じだったなあ。週6でも平均の倍以上の高い給料なのに、週5だってんで。

 だからたまたまルピラス商会の前を通っただけの人でも、かなりの応募があるわけだ。

 ちなみに俺の領地でもあるから、年金の積立があるわけなのだが、これも60歳から開始だと言ったら驚かれた。


 海外と同じく、年金システムなんて当然なかったらしい。ちなみに60歳なのは俺のこだわりだ。今でこそ65歳からだが、昔は60歳からだったのだ。確かに日本人の平均寿命は上がっているが、自力で嚥下も出来ないような人間の寿命まで加味しているからだ。


 海外じゃ自力で嚥下出来なくなったら、自然に任せて死を選ぶ国も多いのに、目を離したら喉をつまらせて死ぬような人間を、少人数の人間に見させておいて、喉をつまらせて死んだら刑事罰に処すというのは、歪んでいるとしか思えない。それか平均寿命を引き上げる為の数字にされているとしか。


 それなのに政府は年金の支給年齢を70歳からに引き上げようとか言い出していたし。

 男の平均寿命から言って、半分はもらう前に死ぬんだぞ?ただ生きてるだけの、自力じゃ何も出来ない人たちによって、かさ増しされた数字であることを考えれば、実際もっと多い数が死ぬ。うちの父親も叔父も死んだ。


 男はもっとこのことについて怒っていい。

 年金を払わない若者が増えることだって、さもありなんだ。貰える金額が減るんだからな、今の若者は。働いている時にちょこっと減税されるってくらいだ、メリットなんて。

 そういうことにだけはしたくなかった。

 俺が死んでもこの先も維持出来るような、仕組みを作ってから死んでいきたい。


 さて。今日のご飯はカレーだ。それも3食すべて。これは我が家の全員がカレーが大好きだからに他ならない。1食分しか作らなかったりすると、その1食でお腹いっぱい食べようとして、特にアエラキなんかが、お腹が苦しくて動けなくなるくらい食べちまう。


 昼も夜もカレーだから、とすることで、ようやく安心して、食べられる程度の──それでも日頃の量から言って確実に多いが──を食べるようになったのだ。

 そんなわけで、月に3回は3食カレーだったりする。移動販売や、従業員宿舎の敷地内でルーを販売したところ、どうやらそういうご家庭が増えているらしい。


 カレーは異世界でもやっぱり大人にも子どもにも人気なんだなあ。

 大量にルーを購入して、自分で店をやりたいという人まで現れたが、知らない人にそれをさせるくらいなら自分でやる。

 誰か知り合いで、料理は出来ないけど食べ物をしたい人がいたら許可するかな。


 朝ご飯を食べ終わったら、突然我が家に従業員が訪ねて来た。肉加工職人のエイダさんだ。金髪の癖毛に、たくましく太い腕が印象的な、いかにも職人、といった雰囲気の男性だ。何やら深刻そうな表情をしている。

 プライベートで会うのは初めてだな。何か悩みがあったらいつでも来てくださいとは従業員全員に伝えていたが、まさかなんの連絡もなく突然来られるとは思っていなかった。


「どうぞ。粗茶ですが。」

 俺はコーヒーか紅茶か緑茶のどれがいいか尋ねて、コーヒーがいいというエイダさんにインスタントコーヒーを出した。

 冒険者はコーヒーを贅沢品として、クエスト受注中にだけ飲む人が多いというのは、以前Bランク冒険者のアスターさんたちが現役の頃、クエストに同行した際に聞いた。


 今は移動販売の販売リストにインスタントコーヒーを加えているから、お手軽な飲み物になった筈なんだけどな。豆を直接売ってもいいんだが、種類が豊富なのと管理のことを考えると、いくら保存のきくマジックバッグの中に入れて持ち歩けるとは言え、やれブルーマウンテンがいいだ、キリマンジャロがいいだ言われたら、ただでさえ品数が多いのに、値段を間違ってしまうだろうからな。


「それで、今日は突然どうなさったんです?

 ずいぶんと深刻そうですが。」

 俺はエイダさんの向かいの席に腰をおろしながら尋ねた。

「その……。リンディさんのことなんだが。

 彼女を次にどう誘ったらいいか、わからなくて困っているんだ。」

 俺はちょっとキョトンとした。


「ジョージさん?」

「ああ、はい、少し驚いて。」

 休みの日にわざわざ尋ねてくるから、余程仕事で切羽詰まった悩みでもあるのかと思ったら、まさかの恋愛相談とは。俺、見た目こそ10代だが、一応エイダさんの勤めている商会の経営者なんだがな……。


 リンディさんは俺のハンバーグ工房で、肉加工職人として働いてくれている16歳の女の子だ。同じくハンバーグ工房で働く、解体職人のランディさんの妹さんでもある。

 そばかすがキュートな女の子だ。

 対してエイダさんは31歳。年齢が倍近く違うが、エイダさんが彼女に恋しているのは知っていた。出会いの印象こそ最悪だったものの、優しいリンディさんはエイダさんの心からのお詫びを受取り、優しく接してくれている。それがなおのこと良かったらしい。


 だがそんなリンディさんは当然他の男性からも人気で、B級冒険者のザキさんからも好かれている。ザキさんは25歳かつ童顔で、エイダさんに比べれば、リンディさんと並んだ時に違和感がない。それがエイダさんには悩ましいらしい。しかしそんなザキさんも、保育所の保育士さんの中で1番の美人、エルシィさん19歳に思いを寄せられている為、ここは四角関係なのである。


「とりあえず出かける予定だけでも取り付けて、あとはその場でなんとか出来ればと思っているんだが、正直いい誘い文句が浮かばなくて……。何かいい案はないだろうか。」

「やめたほうがいいですね。」

「えっ?」

「そういう行き当たりばったりは、1番よくないですよ。遊びに行く先や目的を決めて誘ったほうがいいと思いますね。」

「そ、そういうものか?」

 エイダさんは困惑している。


「食事はその日の気分もあると思いますが、行き先は先に相談して決めますね。

 その場で決めると事前に下調べも出来ませんし、グダってしまうじゃないですか。

 待ち合わせ場所から行きたい場所が遠かったり、休みだったりしたらどうするんです?

 女性が高い靴を履いてきたりしたら、たくさん歩かせて疲れさせてしまいますし。次の約束をする時に、その場で相談するか、行きたいところを提案してから、次に会う日を決めたほうがいいと俺は思いますね。」


「次の約束もなにも、まだ一緒に出かけられていないんだが……。」

「だとしても、目的地は決めたほうがいいと思います。興味のありそうな場所を提案することで、おのずと誘いやすくもなるじゃないですか。興味のない人だったらなおのこと、興味のない場所になんて行きませんよ。」

「興味のない人……。

 そ、そうだよな……。」


「あと、エイダさんの周囲では、今までどうだったかわかりませんが、10代の女性から見て、30代は大人過ぎて怖いでしょうね。

 結婚を考えるような年齢でもないですし、先のことも考えるのであれば、そのへんのところもすり合わせていかないと、付き合えたとしても後でどちらかが苦しくなりますよ。

 俺はあまり手を出していい年齢だと考えていませんが、エイダさんが結婚を真剣に考えているのであれば、相手に負担にならないよう配慮する前提ですが、まあ、まったく誘いをかけてはいけないとまでは言いませんが。

 そこは覚えておいて下さい。成人はしていますが、相手は子どもです。」


「わ、わかった……。」

 俺の勢いに飲まれるように、体を少し引きながら、エイダさんはうなずいた。

 エイダさんが帰って行くと入れ違いに、今度は保育士のダリアさんがやってくる。

 エイダさんと違って、ちょっとふわふわした感じの雰囲気だったが、やはり俺に恋愛相談がしたいのだと言う。なぜだ。


 ダリアさんの恋のお相手は、最近知り合って3回デートした間柄なのだと言う。

 3回目のデートの際の行動について、彼に脈があるかどうか知りたいとのことだった。

「なんか、可愛いね、小動物みたいだ、とか言われて、頭とか頬とか撫でられて……。」

「──キモッ。」

 俺はかぶせ気味にそう言ってしまった。

 嬉しそうに、恥ずかしそうにしてるダリアさんには申し訳ないが、正直気持ち悪い。


「え?」

 困惑顔のダリアさん。

「申し訳ないですが、男からすると、その人はないですね。男は大切に思っている相手には、不用意に触れられないものです。──嫌われるのが怖いから。脈がどうこういう以前に、彼はあなたを大切にしていません。やめられるならやめたほうがいいですね。それで喜ぶチョロい相手だと思われてます。」


「チョロいってなんでしょうか?」

「ああ、ええと、簡単に手に入る相手だと思われています。大切にしたい相手がチョロいと、嬉しいの同時に不安にもなりますよ。

 申し訳ないですが、彼はきちんとしたお付き合いを考えていないかと。そういうことだけを楽しみたいと、あなたも考えているならいざ知らず、真面目な付き合いを求めるのなら、相手は彼ではないです。」


「そうですか……。」

 彼の気持ちを保証して欲しかったんだろうな。露骨にガッカリしているのが見れ取れるが、傷付くだけだから、やめられるなら今のうちにやめたほうがいい相手だ。

 俺だって知り合いが傷つくのがわかっていて、むざむざ放置はしたくない。

 まあ、やめろと言ったところで、恋は盲目だからな。それでもダリアさんが彼の自分に対する好意を、期待値で見続ける限り、俺にはどうしようもない話だが。


 そしてダリアさんが帰った後で、入れ替わるように、今度はハンバーグ工房に勤めるシングルマザーのミナさんがやって来た。

 ……。どういうことだ。

「あの、相談したいことがあって……。」

「ああ、はい。どうぞ。」

 そしてミナさんも結局、恋愛相談ということだった。俺は俺の職場で、恋愛相談に乗ってくれる人間という噂でもあるのだろうか。


「ティファさんが、相談に乗って貰っていると言っていて、それで……。」

 ああ。ティファさんとランディさんの相談には乗ってるな、確かに。

 ティファさんは最初に俺がこの世界に来た時に知り合ってから、色々とお世話になっている女の子だ。

 そんな彼女が初めての恋に、色々と相談したいことがあるとして、彼女の周囲の同年代は、女性はリンディさん、男性は俺だけだからな。必然的にそうなったというだけだ。


「その……。今いいなと思ってる男性がいるんですけど、他の女の人のいる飲み会に行ったりするのが、凄く不安になるんです。

 彼が誰かに取られるんじゃないかとか、卑屈な考えに支配されてしまうから、どうにかしてやめて欲しいんです。」

「その人は、お付き合いしている人ですか?

 それによって変わります。」

「付き合ってる人です。

 子どもがいることも言っています。」


「……でしたらまず、彼に飲み会の参加をやめさせるということは忘れてください。

 結果としてやめてくれたらラッキーくらいに思う前提で、彼にこう言って下さい。」

「やめさせられないんですか?」

「やめさせられるかは分かりませんが、恋人が安心させてくれないというのを愚痴で言ってしまうと、相手のほうがそれを他人に愚痴として言って、別れる原因になりますよ。

 それより、拗ねて甘えて下さい。」

「拗ねて甘える……?」


「女の人のいる飲み会になんて行ったら、絶対女の子がよってくるじゃん。

 カッコいいもん。絶対モテるでしょ。

 私心配なんだよ?ちゃんと私を安心させてね?私も絶対心配させないからさ。──とか言いながら、彼を送り出してください。」

「女の人の真似うまいですね。」

「そこは突っ込まないでください。」

 言い方の参考になればと思ったんだ。


「彼が周囲に言う言葉が、愚痴から惚気に変わる筈です。まともな友人がいれば、あなたを大切にするように、援護射撃をしてくれます。彼が自然とあなたを気にかけるようになってくれるかと。イチャイチャしながら言うのがポイントですね。」

「イチャイチャ……。

 なんとなくつかめた気がします。」

「彼の自尊心を刺激しつつ、可愛い恋人を演じるんです。うまくいくといいですね。」

「はい!ありがとうございました。」


 ようするに俺がティファさんの、たまにランディさんの恋愛相談に乗っていたことが、いつの間にか社内の色んな人たちに広まっていたということか。

 相談に乗るのは構わないんだが、聞くか聞かないかの選択肢は残して欲しいよな。

 何も言わずに話しておいて、内緒ね、とやられるのが1番困るんだ。

 女性が悪口言う時によくやるが。


 あと約束もなしに休日に勝手に来るのもやめて欲しい。従業員だけに無視も出来なくて困る。本人は切羽詰まっているんだろうが、俺にも都合と、心の準備というものがあるんだ。今日はもうさすがに次が来ても、用事があると言って断ろう。

 今日の俺には大事な用事があるからな。カイアたちとカレーを一緒に食べるというな。

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