第60話 聖女降臨の情報

「ところで、隣国に現れるという、聖女様の予言について、もう少し詳しく聞いても大丈夫ですか?」

 ロンメルが、酒の席だからか、いつもよりも更に気軽にセレス様に質問をしている。

 こんな調子で普段から、色々尋ねたり、話しかけたりしているんだろうな。


 俺とエドモンドさんとサニーさんが、少しハラハラしながら、しかし口を挟むことが出来ずにそれを見ていた。

 貴族が会話をしている時には、特に上の立場の貴族が自分から話題を振らない限り、自分から話しかけてはいけないという、社交界のマナーを教えて貰った為だ。


 まあ現代の日本でも、上司が他の人と話しているところに、普通に割り込む人間は、かなり少ないと言っていいだろう。

 そう考えると、立場を考えれば、そんなに貴族のマナーも難しくはないな。

 だけど、ロンメルが振っている話題は、そんな気さくに聞いていい質問ではないと思うんだが……。


「まあ、気になるわよね。私たちも、隣国の話だから、そんなに詳しく知らされているわけではないのだけれど、前回の聖女様の降臨時に、我が国にもたらされたものと同じお告げがなされたとのことよ。

 時期までは不明だけれど、過去の例から言って、遅くても三月以内には、ノインセシア王国に降臨なされるでしょうね。」


 エドモンドさんとサニーさんが、ほっとした表情を浮かべる。強くなってきているという瘴気も、聖女様が現れれば払ってもらえるのだろう。強い魔物も現れ始めているようだし、明確に降臨される時期が分かるのはありがたいよな。

 隣の国はノインセシア王国というのか。今更だけど、この国は何ていうんだろうな?


「──だけど不思議なのは、今回は聖女様のみという点なのよね。聖女様と勇者様は、出現時期がずれることこそあれ、現れるというお告げ自体は必ず同時になされてきたわ。

 なのにどうしてなのかしら……。」

 俺が神の間違いによって、勇者の体を貰ってしまったからだろうか。突然成人をこの世に現れさせるのは、さすがの神とて何人も同時には出来ないのかも知れない。


 俺は体こそ勇者のものなのだろうだが、まったく戦闘に関係ないスキルを貰ってしまったから、本来勇者が戦う筈のレベルの魔物とは到底戦えないだろうし、そうなると、聖女様1人で戦うことになるのか?

 もちろん他にも仲間は連れて行くんだろうが、聖女様って回復とかの担当イメージだよな。攻撃の要がいなくて戦えるのかな?


 神が勝手に間違えたのだから、俺にはどうしようもないことではあるが、そのせいで瘴気が払われなかったら、瘴気の影響を受けるという、ドライアドの子株であるカイアが心配だ。

 いずれはカイア自身が瘴気を払える力を持つと言われたが、自分についた瘴気まで払うことは出来るのだろうか。


 一度親株のところに聞きにいかないといけないかも知れないなあ。カイアはまだとても小さいから、その力を持てるようになるまでに、まだまだ時間もかかることだろうし、どのくらいでそうなれるのか、自分の体についた瘴気を払えるのか、聞いておかないと、とてもじゃないが安心出来ない。


「そういえば、ドライアドの親株は、どこに行けば会うことが出来ますか?」

 俺は右隣のアシュリーさんに尋ねた。ちなみに左隣がロンメルで、俺の向かいにエドモンドさん、その両隣が、入り口近くにサニーさん、奥にララさん、ララさんの隣がセレス様で、当主席というか、お誕生日席にパーティクル公爵が座っている。


 もっとコボルトのアシュリーさんとララさんと話したかった、パーティクル公爵が決めた席配置だ。本来なら、ルピラス商会の副長であるエドモンドさんの方が、立場的に上座に座るものだと思うが、まあ、そこは気楽な席だからということなんだろう。


「親株の場所は私たちも知らないの。私たちのところのドライアド様に尋ねてみたらいいんじゃないかしら。親株と通信出来ると言うし、恐らく場所もご存知と思うわ。

 コボルトは、私たちを守護してくださっているドライアド様を信仰しているであって、親株ごと崇めているわけではないから、会いに行ったりしたことがないのよ。」


「そうなんですね……。お2人をお送りするのにコボルトの集落に行った際に、お会い出来そうであれば尋ねてみようと思います。」

「ジョージさんは、コボルトの集落に行ったことがあるのかい?」

「はい、ギルドからの依頼で行って以降、コボルトの店を出す為のうち合わせなどで、何度か訪ねています。」


「羨ましいことだ……。

 コボルトの集落か……。

 きっとたくさんの大人や子どものコボルトがいるのだろうね。」

 パーティクル公爵が、何かを想像しているように目を細めて、遠くを見つめた。


「あら、それなら今度いらしたら?」

 アシュリーさんの発言に、パーティクル公爵が目を丸くする。

「う……伺わせていただいてもよろしいのですか?私は人間ですし、おまけに貴族です。

 貴族はコボルトを虐げている、代表格のような人間たちですよ?」


「コボルトには上も下もないわ。

 一応便宜上、集落をまとめてくれているコボルトはいるけれど、自分たちが、誰を好きで招きたいか、誰を嫌いで拒絶したいか、ただそれだけの話よ。

 ──私は、あなたが好き。だからみんなに紹介しても大丈夫と思ってる。」

「アシュリーさん……。」

 パーティクル公爵が泣きそうだ。


「はい、ぜひ伺わせてください!

 いつにいたしましょうか?」

「明日は?」

「ちょうど予定がありません!妻のセレスも同行させていただいてもよろしいですか?」

「もちろんよ。」


「それなら、せっかく部屋を用意させたことだし、今日はこのまま当家にお泊まりいただいて、そのまま明日の朝、コボルトの集落に向かいましょう。

 私も他のコボルトとも話してみたいわ。王家を救ってくれた英雄の一族に、元王家の一員として、直接お礼が言いたいもの。」


「本当?それはとてもおじいちゃんが喜ぶと思うわ。前回の勇者様に同行した名誉ある一族であることを、祖父はとても誇りに思っているんです。」

「ご存命なの!?」

「コボルトは人間よりも長生きだから。」


「嬉しい……。お伺い出来ることを、国王様にも知らせなくちゃ。いつか正式に、私の兄も……、国王様も集落に伺わせて下さい。

 これを機会に、コボルトと再び手を取り合えることを、王家は願っているのです。」

 セレス様も泣きそうだ。


 アシュリーさんとララさんは、目線で会話をするように微笑みあった。

 次の聖女様もこの国に現れていたら、今度はアシュリーさんが同行してたかもな。

 なんせ実績のある英雄の孫だからな。

 これで、貴族たちが受け入れてくれれば、コボルトに対する迫害はなくなるだろう。


「あの……。」

 消え入りそうな声が聞こえる。サニーさんだ。みんながサニーさんに振り返る。

「わたくしも、コボルトの集落に同行させていただけませんでしょうか?

 内装を考えるにあたり、実際に生活様式を目の当たりにしたいと思っているのです。」


「もちろんよ。一緒に行きましょう。」

 恐る恐る切り出したサニーさんに、あっさりと笑顔でそう言うアシュリーさん。

 サニーさんは飛び上がりそうになりながら喜んだ。実際、ちょっと椅子から浮いた。

 なんだろう、その両手両足を広げた飛び上がり方のせいで、ますますサニーさんが、世界で一番有名な配管工さんに見えてくる。


 パーティーは名残惜しい中楽しく終わり、セレス様はサニーさんの部屋もナンシーさんに用意させ、王家に渡す手紙を書くので、便箋を持ってきてと告げた。

 次の日仕事があるという、エドモンドさんとロンメルは、来る時に乗ってきた馬車で帰って行った。


 俺とカイアは、お風呂の準備をすると言われて、部屋で待っていた。大浴場しかないので、先にアシュリーさんとララさんが、セレス様とお風呂に入っているからだ。

「カイア、おっきなお風呂楽しみだなあ。

 お父さんの国は手足の伸ばせるお風呂が好きな国でな。お父さんも、おっきなお風呂が大好きなんだ。

 よく温泉や銭湯に行ったもんだよ。」


 カイアも楽しそうにはしゃいでいる。

「さ、お風呂に入る準備をしておこうな。

 お湯を吸ったらのぼせちまうからな。」

「ピョル!」

 俺はビニールカバーを取り出して、カイアの根っこの1つ1つに取り付けてやった。


 使い捨ての防水シューズカバーを、カイアの根っこの太さに合わせて、お手製で改造したものだ。カイアはお風呂自体は大好きなのだが、精霊でもあり植物でもあるので、お湯に触れると勝手に根っこが水分を吸って、短時間でのぼせてしまう。


 ビニールカバーをつけてやることで、普通に風呂に入ることが出来るようになるのだ。

 これをつけたまま湯船に入る許可は、さっきパーティクル公爵にいただいておいた。さすがに他所様の家の風呂で、許可なくお湯に異物を入れるわけにはいかないからな。


 コンコン、とドアがノックされる。ドアを開けると、ナンシーさんが立っていた。

「お待たせいたしました。お風呂の準備が出来ました。ご案内いたします。」

 ナンシーさんに案内されて、大浴場につくと、大きな扉の向こうに脱衣所があり、そのまた向こうに別の大きな扉が見えた。


 手早く服を脱ぐと、俺の為だけに用意してくれた脱衣籠に服を入れる。普通貴族の家では、脱ぎ着を手伝ってくれる人がいて、そのまま服を持って行って洗うので、脱いだ服を置く場所がないのだそうだ。

 ナンシーさんとは別の若い女性が部屋に来て、着替えをお手伝いしますと言われて俺がお断りをすると、俺の為に脱いだ服を入れる籠を用意してくれることになったのだ。


 カイアを抱いて、大きな扉を開けて中に入ると、既にパーティクル公爵と、サニーさんが、広い湯船に入っていた。サニーさんは手伝って貰うのを選んだらしい。

「本当に、洗い担当を付けなくても良かったのですか?」

 心配そうに、そう言ってくれるパーティクル公爵。

「はい、自分で出来ますので。」


 サニーさんは湯船に入る前に、洗ってもらうのも頼んだんだよな。俺は若い女性の前で裸になるのはちょっとなあ……。

 向こうも男の裸を見たくないだろうし。

「さ、カイア、先に洗ってやろうな。」

 俺はカイアを洗ってやり、自分も頭と体を洗った後、湯船からお湯をすくって体を流した。カイアがいつものように、頭にお湯をかけるのを手伝ってくれた。


 シャワーとかはないんだな、公爵家といえども。それとも、この世界にシャワー自体がないのかも知れない。排水がまともに機能してない世界だからな。

 俺はカイアを抱っこしたまま、ゆっくりと湯船に入った。湯船は底が浅くて、肩までつかろうとすると、沈まなくてはいけない程度の深さではあったが、それでもカイアは頭頂部まで沈んでしまうからな。


 俺に抱えられながら、カイアは嬉しそうに目を細めて、根っこの足をゆらゆらさせていた。ここのお風呂が気に入ったらしい。

「公爵様と一緒にお湯をいただけるなんて、思ってもみませんでした。」

 サニーさんが嬉しそうに微笑む。


「ははは。あまり貴族は人と風呂につかるという習慣がないですからね。

 基本洗い担当がつくから、2人以上同時となると、洗い担当も人数が必要になってしまうから、どうしても交代制になるのです。

 ですが、私は友人と一緒に風呂につかることが好きなのですよ。」

「俺もです。風呂で一緒に酒を飲むこともありますね。そういう風習があるので。」


「ほう?それは面白い。

 いただいた酒も料理も、どれも素晴らしかったですし、ジョージさんの故郷は、珍しいものがたくさんありそうですね。」

「まあ、そんなに量は飲みませんけどね。

 酒が入ると早くのぼせてしまいますし。

 外で風呂に入った時に、雪が降ってきて、雪を見ながら風呂で飲む酒は格別でした。」


「なんとも想像するだけで優雅ですね。

 実はパーティクル公爵家の別荘には、露天風呂があるのですが、冬は寒いので、今まで入ったことがなかったのです。

 ですがジョージさんの話を聞いて、あえて雪のふる日に入ってみたくなりました。

 今度別荘に招待いたしますので、ぜひお2人とも、一緒に露天風呂で、雪を眺めながら酒を飲んでみませんか?」


「はい、ぜひ。」

「もちろんですとも。

 喜んでお伺いさせていただきます。」

 俺もサニーさんも笑顔で答えた。

「それにしても、お待たせしてしまって申し訳ない。女性陣の話が盛り上がってしまったようでね。急かすわけにもいかないから。」


「ええ、問題ありませんよ。

 おかげで酒も程よく抜けましたし。」

「はい、この方が安心して湯船につかれるというものです。」

 それにしても、温めのお湯とはいえ、よくあんなに長いこと入ってられたよなあ……。


 セレス様が、洗い担当に、毛をつやつやにさせる、王室御用達のオイルを持ってこさせると言っていたから、余計にだったんだろうな。アシュリーさんもララさんも、全身毛だし、もしも全身にオイルを使うとなると、洗うだけでも時間がかかりそうだ。

 ただでさえ、女性の風呂は長いからな。


「それにして楽しみです。コボルトの集落は私の幼い頃からの夢でした。

 明日ついにそれが叶うとなると、今日は寝られそうにもありませんよ。」

「わたくしもです。ずっと独特の内装を拝見したいと思っておりました。店の内装の参考にさせていただきたいです。」


 パーティクル公爵とサニーさんが、明日のコボルトの集落行きの話で、ワイワイと盛り上がっている。確かに家そのものこそ、うちと同じ普通の丸太づくりだけど、中の飾り付けや内装が独特だものな。直接見て貰ったほうが、コボルトの伝統をいかした内装に仕上がるだろう。いい店になるといいな。


「ほらカイア、見てごらん、お父さんは手で水鉄砲が作れるんだぞ?」

 俺はカイアに、手で水鉄砲を作るやり方を教えて遊んでやった。カイアはなかなかうまく真似出来なかったが、指を密着させるやり方を教えてやったら、上手に出来て喜んだ。

 それを見て、パーティクル公爵と、サニーさんが、微笑ましそうに笑った。

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