第28話 昆布茶と白ネギの中華スープと、デザートの焼きバナナのハチミツとマスカルポーネチーズ乗せ

「ちょっと確認したいんだが……。

 姿隠しの魔宝石は、1人ひとつずつしか使えないのか?

 というか、使ったらお互いの姿が見えなくなったりだとか、他の人と会話は出来なくなるのかな?」


「もちろん出来るわ。魔法の有効範囲内で、誰か1人が魔宝石を使えばいいのよ。

 そうすれば、お互いの姿が見えるわ。

 さっきの店員は説明しなかったけど、姿隠しの魔宝石にかかっている精霊魔法は、コンシール・セルフと言って、隠匿魔法よ。

 姿、音、匂いが消せるの。ただし存在してるから、触れられたら気付かれるわ。」


「じゃあ、とりあえずそれを使って、作戦会議をしよう。話はそれからだ。」

「よし。俺が使おう。」

 俺の言葉に、アスターさんが魔宝石を取り出す。

「対象者を頭に思い浮かべてね、そうしないと近くに魔物が居た場合、巻き込まれて一緒に魔法がかかってしまうわ。」

「了解だ。」


 アスターさんの発動させた魔宝石が光る。

「……これで本当に気付かれないのか?」

 こちらを見ている魔物たちに恐怖を感じたインダーさんが、アシュリーさんに尋ねる。

「ちゃんとかかっているわ、大丈夫よ。

 それで、どうするの?」


「姿隠しの魔法は、触れると気付かれるのであれば、このままじゃ、あの密集している魔物の間を抜けるのは難しいだろう。

 俺はさっき、ゴーレムの魔宝石を買ったんだ。そいつに気を引かせて、集まっている隙に間を抜けるのはどうだろう?

 万が一追ってきたら、めくらましの魔宝石もあることだし。」


「買ったのか!?あの高っかいやつを?」

「普段1人だから、万が一に備えてな……。

 俺のアイデアはこうだが、他にアイデアのある人はいるかな?」

 みんなシンとしてしまう。

「私は良いと思うわ、ジョージの案。

 ゴーレムは命令をきくし、うまくやってくれる筈。」


「そうだな……。いくらそこまで強くない魔物ばかりとはいえ、数が多すぎる。

 デバフで防御を下げないと、攻撃の通らない魔物も多い。

 全部倒す前にマジオの魔力が尽きる可能性が高い。戦闘は避けたほうが良いと思う。」

 インダーさんが魔法使いならではの意見を言ってくる。


「よし。ジョージの案を採用しよう。

 このまま姿を隠して、ゴーレムに気を引いてもらい、その隙に俺たちが魔物の間をぬって逃げる。万が一体が触れて気付かれたら、めくらましの魔宝石を使う。しんがりは俺がつとめる。──いこう。」

俺たちはこっくりとうなずいた。


「投げるぞ。」

 俺はゴーレムの魔宝石を中央に向かって投げた。地面に触れた魔宝石が、モコモコと膨らんだかと思うと、一気に人型の石のゴーレムへと変化する。

 それに気付いた魔物たちが、一斉にゴーレムへと集まりだした。


「今だ!逃げるぞ!」

 アスターさんの掛け声で、全員一斉に走り出す。

「あっ!!」

 つまづいたアシュリーさんを、倒れる前に駆け寄り、慌てて後ろから抱き起こす。


「あ、ありがとう。」

「気を付けて。急ごう。」

 アシュリーさんが倒れた隙にぶつかったのか、何体かの魔物がこちらに向かってくる。

「くらえ!」

 アスターさんがめくらましの魔宝石を、走りながら後ろに向かって投げつける。


 まっすぐな道で良かった。俺たちはひたすら走り、ようやく洞窟の外に出た。

 俺はもう1つ、ゴーレムの魔宝石を地面に投げた。

「入り口を塞いでくれ!」

 俺の命令に、ゴーレムが、洞窟の近くにあった巨大な岩を持ち上げて、入り口の前に置いて入り口を塞ぐ。


「お前さん、いったいいくつ買ったんだ、ゴーレムの魔宝石。」

「まあ、ちょっとな。」

「いや、おかげで助かった。」

 アスターさんが御礼を言ってくる。それでも少しでも早く、洞窟から遠ざかりたかった俺たちは、急いで森の中を走った。


「ダメ……、もう走れないわ……。」

「俺もだ……。」

「ちょっと休ませてくれ……。」

 アシュリーさんとマジオさんとインダーさんがへばってしまった。近距離職と違って、体力があまりないのだろう。


「そうだな、ここまでくれば、もう大丈夫だろう。ゆっくり進もう。」

 ザキさんがそう言い、水を飲んで少し休憩してから、再びコボルトの集落へ向かって歩き出した。


「……おかしくないか。

 さっき俺たちは、さっきあの洞窟にたどり着くまでに、こんなに歩いてない筈だ。」

 インダーさんが言う通り、薄暗い森の中をしばらく歩きはしたものの、ここまでの距離を歩いた記憶は俺にもない。


 既にあたりは真っ暗で、何度も照明の魔宝石を使った。

「──恐ろしいことを言ってもいいか。」

 マジオさんが引きつった表情でそう言う。

「聞きたくないけど、お前何か確信がありそうだな。」

 アスターさんがそう言った。


「俺は、さっき通った木に、印をつけておいたのさ。

 ……見てくれ。さっき俺のつけた傷だ。

 まだ真新しいのが分かると思う。

 多分、俺たちは同じところを、ぐるぐると回ってる。」


「闇の王は、あの巨大な目で幻覚を見せると言うわ。

 ひょっとして私たち、まだ洞窟の中にいるんじゃ……!?」

 アシュリーさんが思わず最悪の想像をしてしまい、自分自身で震える体を抱きしめる。


「いや、多分、それはないな。

 ──これを見てくれ、俺がさっき落っことした、俺の大剣につけてあったお守りさ。

 今そこで見つけたんだ。」

「いつもつけてる、おふくろさんに貰ったっていうやつか。」


「ああ。

 洞窟に入る時点で、ついてないのに気がついたから、洞窟の中で落とした筈はない。

 俺がコイツを落っことすことなんて、テネブルに想定出来る筈もない。

 だから少なくとも、ここは洞窟の外だ。」


「それは確かにそうだな。

 つまり、この森自体に魔法がかかってるってわけだ。」

「多分そういうことだと思う。

 朝になるのを待とう。明るい時はなんともなかったんだ。朝になればもとに戻る可能性がある。」


「今日はここで野宿するしかないか……!」

「もともと野営の予定だったしな。のんびりと朝を待つとしよう。」

「腹減った〜。もうくたびれちまったよ。」

「確かに、腹が減ったな。食事にしよう。」

「そうね、そうしましょうか……。」


 みんな疲労困憊だ。

 ザキさん、アスターさん、マジオさん、インダーさん、アシュリーさんが、次々と地面にしゃがみこんだ。

「実はだな、晩飯の弁当も、作ってきたんだが……。」

 それを聞いたみんなの表情が、パアッと明るくなる。


「やった!ジョージの料理だよ!」

「うまいものが食えるだけでも、気持ちが救われるな……!」

「本当にそうね、ジョージがいてくれて良かったわ。」

「食べよう!食べよう!」

「待て待て、まずは魔物避けの焚き火を作ってからだ。」


 マジオさん、インダーさん、アシュリーさん、ザキさんが、すぐにでも弁当を食べたがるのを、アスターさんが制して、みんなで枯れ木を集めて焚き火をおこした。

 俺は防水シートを広げて、その上に弁当を広げた。みんなの表情がほころんでいく。


「ああ……、うまい、うまいよ……!」

「魔物のことなんて、一瞬忘れちまうな。」

「ああ……。早く寝て目が覚めて、夢だったんだと思いたいもんだ。」

 モリモリ弁当をほおばるマジオさん、インダーさん、アスターさんに、俺はマグカップを差し出す。


「どうぞ。温かいスープです。」

「さっきのとは違うのね。」

「本当だ、これもうまいな。」

 お湯200ミリリットルに対し、昆布茶を小さじ1混ぜて、ごま油を数滴、みじん切りにした白ネギを散らしただけの中華スープだ。これもキャンプでよく飲む。


 少し冷えてきたので、暖かなスープはやはり必要だと思った。これは準備していなかったものだが、白ネギは火を通さなくていいので、すぐ作れるので用意してみた。

 俺も飲んでホッとする。

 気をはっていたのだろうな。


 その間にも、持ってきた小さなフライパンで作っているものに火を通す。

「何を作ってるんだい?ジョージ。」

 インダーさんが不思議そうに覗いてくる。

「焼きバナナのハチミツとマスカルポーネチーズ乗せです。

 デザートですよ。」

 俺は微笑んだ。


 小さなフライパンにバターを入れて、バナナに焼き色がつくまで焼いたら、マスカルポーネチーズを乗せて、ハチミツをかけて火を通しただけのものだ。

 マスカルポーネチーズとバターを4対1、ハチミツは適当に。マスカルポーネはクリームのようなコクのあるチーズだが、溶けるとチーズフォンデュのようになる。


 木皿に適当な量をスプーンで切り取って、各自に渡していく。

「あったかくて美味しい……!

 こんなお菓子があるのね!」

「美味いもの、温かいもの、甘いもの、どれも心が安らぐな……。

 本当にありがとう、ジョージ。」

 みんなの喜ぶ顔が安堵に変わる。俺はにっこりと笑った。


「アシュリーさん、ちなみに、ゴーレムは一度出したら、どのくらい持ちますか?」

「魔力を使い果たすか、出した人が消さない限りは、3日は出たままになるわよ?」

「じゃあ、今日はゴーレムに見張らせて、全員ゆっくり休みましょう。まだゴーレムの魔宝石はありますから。」


「いったいいくつ買ったんだい?」

「君には本当に驚かされるな、ジョージ。」

 ザキさん、インダーさんが、驚いて俺を見てくる。

「せっかくのジョージの提案だ、明日に備えてゆっくり休もう。」

 アスターさんの一言で、全員寝袋を用意して休むことにした。


 全員で空を見上げる。光がないから、とてもきれいに星が見える。

「おっ、流れ星だ。」

「明日になったら、無事に森を抜けれますように。」

 マジオさんが流れ星に願いをかける。この世界でもその習慣があるんだな。


「魔物が近付いてきたら起こしてくれ。」

 俺はゴーレムにそう命令して、寝袋に入って目を閉じた。

 疲れていたのだろう、横になった瞬間寝てしまったらしい。気が付いたら朝になっていて、少し肌寒かった。


「見て!普通の森の入口よ!」

 アシュリーさんが指差す先には、確かに昨日薄暗い森に入る前の、普通の木の少ない森が見える。こんなに入り口のすぐ近くで寝ていたのに、出口が分からなかったのか。やはり森に惑わされていたらしい。


 急いで寝袋をしまい、森を抜けて、コボルトの集落へと向かった。

「やった……!助かった……!」

 集落の入り口が見えて、マジオさんが思わず、バンザイのようなポーズをする。

 みんなホッとした表情になった。


「私はこのまま冒険者ギルドに行って、ことの詳細を報告するわ。」

 アシュリーさんがコボルトの集落の入り口の前で言う。

「俺たちは事前調査の依頼をしてきた、冒険者ギルドに報告に行くよ。」

 アスターさんがそう言った。


「じゃあ、ここでお別れね。」

「色々とありがとうございました。」

「とんでもないわジョージ、こちらこそよ。

 本当に色々とありがとう。」

 アシュリーさんに御礼を言うと、アシュリーさんがそう言った。


 俺たちは再び乗り合い馬車に揺られて、元来た道を戻った。

「冒険者ギルドへの報告は、俺たちがしておくから、ジョージは先に帰ってくれ。

 色々やってくれて疲れたろう。」

 アスターさんがそう言ってくれ、他のみんなもそれにうなずいた。


「そうさせてもらおうかな。」

 カイアのことも心配だしな。

「弁当うまかったぜ。」

「本当に助かったよ、またよろしくな。」

「あんなに怖い思いをしたのに、心が折れなかったのは、ジョージのおかげだよ。」

 ザキさん、インダーさん、マジオさんがそう言ってくれる。


 乗合馬車を降りたところで、俺たちは手を振って別れた。

 俺はすぐさま家へと向かった。

 ドアを開けた途端、俺は突然飛び出して来た何かにぶつかられた。

「──!?」


 それは飛びついてきたカイアだった。

 ボロボロに泣いている。

 弁当はしっかり食べてあったが、俺を探して家中歩き回ったのか、床にも階段にも、あちこちにしずくがたれている。この分だと恐らく2階にもあるのだろう。


 1人のお泊りが怖かったのだろうか。それとも俺に捨てられたとでも思ったのか。

 カイアはまだ小さい子どもなのだ。魔物だけれど、──とても純粋な。

 俺がいなければひとりぼっちなのだ。

 俺は胸が締め付けられた。


「──ごめんなカイア、怖かったな。

 もう1人になんて、絶対しないから。」

 俺はカイアを抱き上げて、俺にしがみついてくる細い木の枝を、折ってしまわないように、そっと抱きしめてやると、はじめてカイアが小さく、ピュル……と鳴いた。

 その小さな小さな鳴き声が、俺は愛おしくてたまらなくなった。

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