第3話 焼きおにぎり茶漬けと青じそとカボチャの味噌汁と菜の花の辛子和え

 日が暮れて、俺は困ってしまった。

 電気がないから明かりがない。

 風呂を沸かそうにもそれも出来ない。

 というか手元が見えないから危なくて身動きが取れないのだ。


 普段の感覚で夜に洗濯して、風呂に入って、明日の朝食と弁当の準備を……なんて考えていたら、何も出来なくなってしまった。

 なんということだろうか。

 取り敢えず明かりがないと話にならない。


 手探りでもやれるとなると、燃料を入れるタイプは危なくて無理だ。

 充電式も駄目だ。

 電池でいけて、持ち運びが可能な、キャンプで使うようなものがいい。

 万が一倒しても安全なやつだ。


 以前友人とキャンプに行った際に、最低でも1000ルーメンのものを選ぶといいと言っていたのでそれにすることにした。

 ルーメンは明るさを表す数値らしい。

 電池式だと、俺の知る限りでは、最低、じゃなく、最大になってしまうが致し方ない。


 星あかりで何とか見る限り、なんともスタイリッシュな見た目で、どこから電池を入れたものかが、分からなかった。

 例によってむき出しで出てきたのだ。

 まあ、説明書があっても星あかりで読むのは難しいが。


 色々いじくった結果、底を回すと蓋が外れて単1電池を6個使うことが分かった。

 単1が6個ともなると、かなり明るくなりそうな期待が出来た。

 単1電池を6個出す。

 だが電池を入れる向きが分からなかった。


 大体電池をプラスとマイナスを交互に入れることが多いから、向きが違うとスイッチが入らない。

 手探りで中を触ると、全部にねじれたリングのようなものが触れ、高さの違いが分からなかった。


 蓋側を触ると、出っ張った部分と、細長い平たい部分がある。おそらく出っ張った部分がマイナスなのだろう。

 電池を入れている最中、電池を取りそこねて転がってどこかに行ってしまった。


 諦めて明るくなったら探すことにして、新しい電池を出した。

 蓋から出ている棒の先端が水滴型になっている。

 本体側も触ると同じ形になっていた。


 これに合わせないとおそらくきちんとしまらないのだ。

 手探りでやっていなかったら、気付かずに合わせてしまうところだった。

 慎重に合わせて、蓋を軽く回して閉じた。


 てっぺんのボタンは押すのではなく、ボタンのようなつまみを回すらしい。

 LEDで重さが大体1キロ、明るさが3段階で調節出来て、一番低い明るさでも大分明るいし、最大の明るさだと眩しいくらいだった。


 取り敢えずこれでどうにかなったが、寝るにはまだ大分早い時間帯だ。

 風呂に入りたいが、浴槽に湯をためる方法がない。

 外は満天の星空。

 いっそ外で入ろうかと思った。


 だが、ドラム缶風呂を作るにも、ドラム缶の蓋が空いているものがなければ意味がない。

 こんな真っ暗な中で蓋を切り離す作業は無理だ。

 持ち運び可能な投げ込み式ヒーターでもあればいいんだが、電気がいるからなあ。


 ちなみに投げ込み式ヒーターは、職場に来ていた清掃会社さんが使っていたもので、真冬にワックスの剥離作業をする時なんかに、温水で洗剤の力を引き出すのに使うものだそうだが、風呂を沸かすのにも実は使えるんですよね、と言っていたものだ。


 電気を用意するか、ドラム缶風呂にするか。

 どちらにするのか考えつつ、明日洗濯物もしないとなあ、と思いながら、今日は早めに寝ることにした。

 明日はもっと色々夜に向けて準備をしよう。


 日が昇る前に目が覚めた。なにせ寝たのが早かったのだ。無理もない。

 枕元のタンスの上に置いてるLEDランタンを手探りで探すと、スイッチを入れて明かりをつけた。


 もう1つ準備してもいいかも知れない。

 突然電池が切れた時に、また暗闇で作業をするのはしんどすぎる。

 俺はもう1つ同じものを出して、電池を入れただけの状態にして、タンスの上に起き、明かりをつけたものを持って1階に降りた。


 まずは腹が減っているので朝食にする。

 ちなみにテーブルと椅子だけは、木で出来たものが備え付けられていた。

 木枠で出来た風呂桶とトイレもあったし、木で出来ているから一緒に出て来たのだろうか。


 それならマットレスはともかく、木のベッドも一緒に出て来てもよさそうなものだが、基準がよくわからない。

 俺は昨日のうちに準備しておいたお握りを、クーラーボックスから取り出した。


 あたたかいうちに醤油1、みりん1を、全体と混ざるように、まんべんなくまぜて、握っておいたものだ。

 ちなみに1つは中にチーズを入れてある。

 俺はこれを焼きおにぎりにするつもりなのだ。


 フライパンを熱して、おにぎりを入れて、中火で焼色がつくまで焼いてひっくり返す。

 焼けた表面にハケを出して薄く醤油をぬり、裏面にも焼色がついたら、ひっくり返して醤油をぬる。

 これだけだ。

 事前に混ぜるだけで均等に米に味が染みてうまい。


 昨日の青じそがまだ余っていたので、味噌汁に使うことにした。

 俺はカボチャと味噌とあごだしを出すと、皮をヘチマブラシでゴシゴシと洗ったあと、力を入れて割った。

 ちなみにうちは大体白味噌7の赤味噌3だ。


 本当は電子レンジでラップをかけて、ちょっとあたためれば、スッと切れるのだが仕方がない。

 種とワタを取り、カボチャをうすくスライス状に切って、沸騰したお湯に顆粒だしとあごだしを共に入れる。


 あごだしは好みの問題なので入れなくてもいいし、昆布だしでもいい。

 別に四角く切ってもいいのだが、うちは母がスライスしていたので、こうしているというだけだ。


 大体中火で10分くらい。柔らかくなったと感じればそこまで煮なくてもいい。

 煮物の場合は強火だったり弱火でコトコトやる方が柔らかくなったりと、色々やり方はあるのだが、薄くスライスしてあるので、あまり時間はかからない。


 火を止めて味噌をとき、細切りにした大葉(青じそ)を入れて軽く混ぜて予熱で火を通す。

 お好みで上に散らすだけでもいい。

 お椀にもって出来上がりだ。


 もう少し栄養が欲しくて、鍋をもう1つと、菜の花とからしと氷を出した。

 菜の花の根本を切り落として、沸騰したお湯で1分茹でる。

 ザルにあけて湯切りをする。この時煮汁を少しとっておく。


 氷水をはったボウルに入れてさっと冷ます。

 水気を絞って一口大に切り、醤油小さじ2、からし小さじ1、顆粒だし少々、取っておいた煮汁を加えて混ぜておいた別のボウルに入れて混ぜ合わせる。


 煮汁に旨味成分が出ているので、水を使うより深みが出る。お浸しを作る時にも俺は必ず使う。

 味付けはお好みなので適当でよい。

 本当は冷蔵庫でしばらくつけ置きたいのだが仕方がない。


「──いただきます。」

 今朝の朝食は焼きおにぎりと青じそとカボチャの味噌汁と菜の花の辛子和えだ。

「アチチチ。」

 焼きおにぎりはまだアツアツだった。

 チーズ入りのも入っていないのも、それぞれウマい。


「最後はやっぱりこれだよな。」

 俺はやかんとお茶っ葉と急須と梅干しを出して湯を沸かすと、ドンブリに焼きおにぎりを入れて、上からアツアツのお茶を注ぎ、梅干しと練りわさびを乗せた。


 焼きおにぎりのお茶漬けを、熱いうちにガッとかきこむ。

 本来のお茶漬けはこういうものなのだ。

 有名メーカーの顆粒のも好きだが、やっぱり生の梅干しを使うなら、普通のお茶に限る。


 ちなみに高校生の時に初めてのバイト代で購入したものは、お取り寄せの桐の箱に入った梅干しだった俺である。

 お茶と梅干し。この組み合わせが何より好きな子どもであった。

 ちなみに某社のしば漬けの梅は常に我が家にストックしてある。


 腹もいっぱいになったので、風呂の問題を解決することにした。

 冬場のことを考えると、やはり外で風呂に入るのはキツイ。

 なんとか電気を手に入れなくてはいけない。


 朝飯を食っている間に日が昇ったので、俺はランタンのスイッチを切り、昨夜落とした乾電池を探した。

 乾電池はドアのあたりまで転がっていた。

 どうりですぐに見つからないわけだ。


 俺は思い切って発電機を出してみることにした。

 1階の空いている部屋にそれを出したのだが、まあデカい。

 ガソリンを使うタイプなので、取り扱いには注意が必要だ。


 会社の非常用に置いてあったのと同じものだから、まあ当たり前か。

 給油ポンプつきのガソリン携行缶を出し、静電気除去シートも出して設置して、ガソリン携行缶のエア抜きをした。


 窓をあけて慎重にガソリンを移すが、それでも大分臭かった。

 10リットルがすべて空になったので、室内で残ったガソリンを気化させない為に、ガソリン携行缶を家から離れたところに蓋をあけておいておいた。


 さて、準備は整った。震災時に職場で使ったことはあるものの、あの時は説明書を見ながらだったので、今回もうまくやれるかは分からない。

 今後の生活は、こいつをうまく使えるかにかかっていると言えた。

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