ずっと一緒

 歩き続けてどれくらい経ったか。真っ白だった目の前にうっすらと橋が見えてきた。

『ここを渡るの。あっ足元に気をつけてね。』

 冬子は私の手を引き、橋の手前まで誘導すると、橋のを指差して言う。

『さあ、夏織。ここからはあなた一人で行くんだよ。』

「……冬子は?一緒に行こうよ……。あ、ほら!私方向音痴だからさ!この先も迷っちゃうかもしれないし!」

 私は必死に冬子に訴える。冬子は苦笑いを浮かべて

『さっきは方向音痴じゃない〜って言ってたじゃんか!大丈夫だよ。このまま進むだけ。迷子にはならないよ。……それに、私はここまでなんだ。ごめんね。』

 と言う。眉間に皺を寄せて辛そうに俯く冬子を前に、私はハッとした。そうだ、冬子だって辛いのだ。それを改めて気付かされる。

「冗談だよ!分かってるって!私方向音痴じゃないし!それに、私たちは世界が違くてもずっと友達だもんね!」

 私はパアッと明るい笑顔で冬子に言う。そんな私をみて、冬子は笑った。その通り!と言わんばかりに。

 どんどん霧が濃くなっているのがわかる。一歩先すら見えにくい。私は冬子を一回ギュッと抱きしめると元気に一歩踏み出し、そのままの勢いで何歩か進む。そして精一杯の笑顔で振り返る。

「またね!冬子!」

 手を振る私に、冬子も元気よく振り返す。霧でほとんど見えなくなっている中、冬子のシルエットだけが動いている。私がまた何歩か進み、振り返った時、冬子のシルエットの両隣に誰かがいるのが分かった。

 真っ白になっていく世界をただただ歩く。

 

『望みが叶ったのは夏織だけじゃないんだよ。私自身、夏織のおかげで果たせたの。』

 

『両親に、夏織にまた会うことができた。ありがとう。』

 

 この世界全体に響くように冬子の声が聞こえる。私は大きな声で上に向かって叫ぶ。

「冬子に会えて嬉しかったよー!元気でねー!」

 全体に響く私の声。歩きながら泣きそうになるのを必死で踏ん張る。

『大丈夫。夏織なら大丈夫だよ。』

 すぐ近くで聞こえた気がした。私は溢れていた涙を拭うと、とびきりの笑顔をして、力強く真っ白な世界を進んでいった。

 歩き続けていると、目の前に光が見える。真っ白でもやのかかった世界に差し込む光が。眩しくて目を覆いたくなる。でも不思議なことにどこか懐かしいような、安心できるようなそんな感じがした。私はゆっくりと光の中に入ると、手を伸ばす。刹那、眩い光が私を包む。反射的に目を覆い、全身が光にのまれていくのを感じる。そして、ふわっと意識が遠くなっていく。その直前、

『またね。』

 冬子の声がした。そこで私の意識は途絶えた。

 

 真っ暗だ。何も見えない。

 

「……り!」

 

 誰?

 

「か……り!」

 

 誰なの?私のことを呼んでいるの?

 

「夏織!しっかりしなさい!」

 ハッと目が覚める。目の前には母がいた。私を何度も呼んでいた。

「お母さん……?どうして……?」

 辺りを見渡すと、あの崖にいた。冬子が登っていた木に寄りかかるように眠っていたようだ。母の他に沢山の野次馬が私たちを取り囲むように集まっている。

「そうだ!冬子は……?」

 思い出したように勢いよく問い詰める私に母は困った顔をして

「疲れているのね……。少しは休んだほうがいいわ。こんなところで寝ていないで、帰りましょう?」

 と言う。私を落ち着かせるためにか優しく、丁寧に頭を撫でて。

 私は冬子に会い、話し、笑い合い泣きあった。それは紛れもない事実だ。記憶の中に鮮明に刻まれている。ただそれはでの出来事だから、この世界の人は知らないんだ。私と冬子だけの秘密の思い出だ。 

 母が私の手を引き、野次馬の中を抜ける。皆揃って何か言っているが、私の頭の中は冬子との出来事を振り返ることに忙しいので聞こえない。聞き取れない。引っ張られるまま母に連れられ家に向かう。歩きながらそういえばと母に問いかける。

「ねえ、今は何日の何時…なの?」

母は私の問いに少し驚いたような表情を見せたが、すぐに

「夏織が家を飛び出してから二十分も経っていないわ。居眠りでもしていたのね。」

と続けた。あんなにのんびりと過ごしていたのに私が田んぼの中に落っこちた時間からそう経っていないようだ。まるで向こうの世界では時間が止まっていたように。不思議に思い首を傾げる。そんな私を横目に母も首を傾げていた。

 短い道のりを歩く。眩しい太陽が目に刺さる。。家に着き、クワっと欠伸をすると私は思いっきりベッドに横になる。昨日まで泣いて泣いて悲しみで満たされていた私の心は、なんだかとても軽くなっていた。荒波が今では穏やかに煌めいている。静かだ。

 短期間で沢山のことが起こりすぎて流石に疲れた。私は目を閉じながら一言だけ呟く。

「違う世界でも、ずっと一緒……。」

 これだけで安心できる気がする。そして私は再び眠りにつくのだった。

 

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