人探しの少女と、魔狼襲来

「きゃっ」


 

 小さな悲鳴。

飛び出してきたのは少女だった。

俺はぶつかった少女を抱きとめる。



「大丈夫?」



 俺が声をかけると、少女は顔を上げた。

歳は俺より少し下くらいだろうか。

少女は少し幼さの残る顔立ちで、ぱっちりとした深い青色の目をしていた。

背中まで伸びた髪の色は明るい灰色で、光に当たるとほのかに紫色に光を反射している。



「わわわ、ごめんなさい。私は平気だよ」



 少女はそう言うと俺の顔と、俺の背負っているクレイモアを見ていた。

だがクレイモアは布で包んであるから聖騎士団の意匠いしょうも、そもそも剣であるかも判然としないはずだ。



「どうかした?」


「ううん。ごめんなさい。私、人を捜してるんだ」


「そうなんだ」



 どうやらこの子も人を捜してるらしい。



「とある騎士の方を捜してたの。聞いた話だと一目で分かると思ったんだけど、この街は人が多くて」



 少女は俺から、俺が出てきたギルドの支部へと視線を移して。


「君はギルドから出てきたよね? どう? 中に騎士はいなかったかな」


「いや……いなかったな」



 俺はギルドの中の様子を思い出して答えた。

服装もそうだし、騎士特有の所作や足運びらしいものも特に見られなかった。



「そっか」


「良かったら一緒に探そうか」


「え、いいの?!」



 俺からの提案に少女は嬉しそうな笑みを浮かべた。



「実は私、この街には最近来たばかりで心細かったんだ。でもいいの? 君にも予定があるんじゃ」


「大丈夫。実は俺も人を捜してるんだ。この街にはさっき着いたばかりで案内はできないけど。むしろ知ってる範囲でいいから教えてもらえると助かる」


「うん、そういう事だったら喜んで。私はエ────えと、フランシスカ。私の事はフランシスカって呼んでね」


「よろしく、フランシスカ。俺はリヒトだ」


「よろしくね、リヒトん」



 俺は出会った少女──フランシスカと街を回ることになった。


 フランシスカに案内されてこの街の要所を回って。

俺はエーファの事を。

フランシスカは騎士の事をそれぞれ別行動でその場所の人達にいて回っては合流して次の場所へ向かう。



「お互い見つかんないね」



 要所を中心に街をぐるっと一周して。

街のはずれでフランシスカが言った。


 街を囲む防壁がかたわらにそびえ、それが影を落としていた。

日も沈み始め、西の空があかね色に染まっていく。



「今日はここまでしようか」



 俺はフランシスカに言った。


 あと少しすれば夜。

大きな街には昼と夜で2つの顔がある。

そして情報収集ならやはり夜の側の人間に聞くのが1番だ。

だが夜の側の人間と関わるのには危険も伴う。

俺1人なら平気だが、フランシスカを連れていくわけにはいかない。



「そうだね」


 フランシスカはうなずいて続ける。



「それで……良かったら明日も一緒に回らない? リヒトんといるの凄い楽しかったんだ。特別扱いされないで普通に接してもらうのって凄い新鮮」



 フランシスカはそう言うと嬉しそうに笑った。



「うん。俺はいいよ」


「ありがとう、リヒトん」


「それで、良かったらフランシスカの捜してる騎士の特徴を教えてくれない?」



 エーファさんの事をくついでに、その騎士の事もいてみようと思う。



「名前は知らないんだ。聖騎士団の聖騎士で、聖十字のクレイモアを持ってるからそれを目印にって伝えられてたんだけど」



 聖十字のクレイモア?

それってまさか。



「もしかしてなんだけど────」


 『エーファって名前に覚えはない?』てたずねようと。

だけどその時、防壁の上から声がした。



「おい、なんだあれ」


「夜が……迫ってきてる?」


「なんなんだあれは!?」



 俺が防壁の上を見上げると、西の方向を睨む衛兵達の姿があった。

その視線を追うと、先ほどまであかね色に燃えていた空が気づけば真っ暗になっている。


 胸の奥が、ざわざわする。

直感で分かった。

あれはヤバいものだ。

あの闇の規模は…………!


 俺は辺りを見回した。

あの規模の闇ならすぐにこの街も飲まれる。

ここではフランシスカが危険だ。



「フランシスカ、ちょっとごめん」


「へ? え、ちょっとリヒトん?!」



 俺はフランシスカを抱き抱えた。

そのまま困惑するフランシスカを抱いたまま疾走。

防壁の上へと繋がる通路を駆け上がる。


 防壁の上から見た景色は想像を、絶していた。



「うそ、なに……あれ」



 フランシスカが震える声音こわねで呟いた。

俺の服の裾をぎゅっと掴む。


 そこから見える景色は地平線の彼方までを覆い尽くす黒。

未だかつて見たことがないほどに闇が押し寄せ、瞬く間に

大地を蹂躙じゅうりんする。


 そしてその闇の先頭。

姿は捉えられなかったが、凄まじいプレッシャーが俺に向けられる。

刺すような鋭い視線。

膨大な闇を伴って向かってくるその何かは、俺だけを見ている。


 俺はフランシスカをおろした。



「フランシスカはここに残って。衛兵達に守ってもらって」


「守ってもらってって……。リヒトんはどうするの」


「あの闇を連れてきた魔物がいる。俺には分かる」



 俺はフランシスカから再び闇へと視線を向けて言う。


「倒さなきゃいけない。だから、行ってくる」

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