魔物を生む力

 俺がその力に気付いたのは東の街に向かう途中。

立ち寄った村での事だった。



「もしや、聖騎士様ですか?」



 俺は村の女の子に声をかけられた。

今は騎士の鎧もマントもないが、俺のクレイモアを見てそうだと思ったんだろう。


 今は団を追われた身だがそのこころざしまで捨てたわけではない。

聖騎士として力になれる事があるのなら、力になってあげたい。



「俺は────」


「お願いします。闇払いしてください!」



 俺の言葉を遮って。

女の子はそう言うと深々と頭を下げた。



「うちの村は騎士様がずっと来てくれなくて、それで、それで…………」



 頭を下げたまま女の子が言う。

だけど困った。

魔物の退治ならいくらでも手を貸せたが、闇払いの儀は闇の属性を持つ俺にはできない事だ。

それにそもそも1人ではできない。


 不浄を焼く火。

けがれを洗い流す水。

よどみを吹き飛ばす風。

最後に土地を清める土。

これら4属性の力を合わせて闇払いは行われる。



「本当は少なくても4人必要なのは知ってます。でもどれか1つだけでもきっと今よりは良くなると思うの。お願い、騎士様」



 女の子が俺の手にすがりついてくる。


 俺は首を左右に振った。



「俺は鑑定の儀を受けてなくて、属性を操れないんだ」



 自分の属性が闇だと言うわけにもいかない。

仕方なく嘘をつく。



「騎士様じゃなかったの……?」



 俺が言うと、女の子はしょんぼりと肩を落としてしまった。



「ごめんなさい。私てっきりそうだと思って」



 ぺこぺこと頭を下げる。

俺は去っていく女の子の背中を見送った。


 ひとまず俺はクレイモアを布で覆い隠してから背負い直す。

意匠いしょう的にもこのクレイモアを見てまた俺を聖騎士だと思う人がいるかも知れないし。



「でも、何か力になれないかな」



 俺は去っていった女の子の悲しげな顔を思い出して呟いた。

思案すると、1つの方法を閃く。


 

「よし、やってみるか」



 できるかどうか分からなかったが、俺は思い付いた方法を試すため村のはずれへと向かった。

人目がないのを確認すると、クレイモアを抜く。


 俺は闇を操る事ができる。



「まずは村にかかった闇へと意識を広げ、その闇を手繰たぐり寄せる」



 徐々に周囲の景色が暗くなっていった。

闇が集まっている証拠だ。



「今度は集めた闇をさらに圧縮して」



 俺は周囲を包む闇を一点に集中させる。


 そして案の定、だ。

闇は形を変え、魔物へと変わり始めた。


 魔物は闇から生まれる。

そして闇自体を払う事は俺にはできないが、魔物を倒す事ならできる。

村の闇を集めて魔物にし、その魔物を倒す事で闇を払う。

これが俺が考えた俺なりの闇払いだ。


 そして現れた魔物の姿。

それはゴーレムだった。

それもわりと強いやつ。

それほど強い闇ではなかったが、1つに圧縮して魔物にするとそれなりのものが生まれるらしい。


「よし、あとはこのゴーレムを倒せば俺の闇払いは完了だ」



 俺はそう言うとクレイモアを構える。



「……あれ?」



 だがどういうわけかゴーレムは攻撃してこない。

ゴーレムは生き物を見ると機械的に攻撃を仕掛けてくるはず。

生身の肉体を持たず、痛みを感じないゴーレムの突貫とっかんは特に拠点の防衛などでは大きな脅威。

なのにこのゴーレムは動かない。



「ゴゴゴゴゴゴ…………」



 その時、ゴーレムが声を出した。

ついに動き出すゴーレム。

ゴーレムは片膝を地面に着き、右手を胸の前…………て、あれ?


 俺はゴーレムの所作に驚いた。

だってその姿はまるで、俺に向かってひざまずいているみたいだったから。



「どういう事だ?」



 俺はゴーレムを見つめて。



「…………右手上げて」



 俺が言うとゴーレムが右手を上げた。



「左手上げて」



 さらにゴーレムが左手を上げ、バンザイの形になる。


「ふむ。……右手下げて。左手下げないで右手上げて」


 ゴーレムが一瞬左手を下げそうになっていた。

ぴくりと揺れた左手。

ゴーレムは慌てて左手を上に戻し、右手を上げる。



「…………ゴゴ」



 ゴゴ、じゃない。

抑揚とかは変わらないけど、どことなく照れ隠しや誤魔化しのニュアンスを感じた。


 だがこれで理解した。

どうやらこのゴーレムは俺の命令通りに動くらしい。



「俺が作った魔物だからか?」



 魔物が生みの親に従うなんて話は聞いた事がない。

でもそもそも闇の属性に適正を持つ人間がいなかったんだ。

もしかしたらこういった知られてない魔物や闇の性質があるのかもしれない。


 拠点や外壁の防衛の時はずいぶんと苦労させられたゴーレムだが、こうやって素直に指示を聞くとなると少し可愛く思えてくる。

村や町に入れるわけにはいかないけど、力持ちで疲れ知らずのゴーレムだ。

旅のお供には悪くないかも。



「よろしくな、ゴーレム」



 俺はゴーレムの胸をぽんぽんと叩いた。



「────キャー、魔物!?」



 ズバッ。

村の人の悲鳴を聞いて、咄嗟とっさに俺はクレイモアを振り抜いた。

よろしくなと言った次の瞬間にはゴーレムを斬り伏せる俺。


 ごめんな、ゴーレム!


 一応、闇払いも完了した。

目的は果たした。

俺は村の人をうまく誤魔化し、その村をあとにする。


 服従する魔物は便利だけど、やはり見られた時のリスクが大きすぎた。

ただでさえ俺は闇の属性適正者だ。

魔物と一緒にいて俺自身が魔物に間違えられても困る。


 俺は立ち寄った村や町で俺流の闇払いをしたが、魔物は生まれたと同時に倒す事にした。

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