騎士団追放

「よく来たな。えーと……リヒト、か」



 金色の髪を撫で付けた壮年の男性──リーンハルト様は部屋を訪れた俺を青い瞳で一瞥いちべつすると、デスクの上の資料を横目見て言った。

すぐに俺に視線を戻すと、にこりと微笑んで。

だがその目が、笑っていない。

リーンハルト様の左右に控える彼の補佐2人は半眼で俺を見ている。



「リヒト、お前には本日をもって我が聖騎士団を抜けてもらう。これは騎士団の全権を持つ、この私の決定だ。異議は認めない。すみやかに荷物をまとめ、ここを去るといい」



 リーンハルト様が、言った。

でも俺にはその言葉の意味が分からない。

理解できない。

納得できるはずもない。



「なぜですか」



 俺はリーンハルト様にたずねていた。



「自分は一定の戦果をあげています。今日も何体もの魔物を倒し、レッド・ドラゴンを討ち取りました。土地の浄化を行う闇払いにこそ参加できませんが、ほまれあるこの聖騎士団に自分も貢献こうけんできていると────」


「異議は認めない、と言ったが?」



 俺の言葉を遮り、リーンハルト様が言った。

冷めた声音。

さげすむような青の眼差し。

リーンハルト様は深い溜め息と共にデスクに前のめりになり、頬杖ほおづえをつく。



ほまれある聖騎士団。まさにその通り。だからこそ、お前のような奴はいらないのだよ。汚ならしい血統とけがれた闇の属性を持つお前のような者はな。お前が戦場にいると私の光のコントロールが乱れる。大きな闇が戦場を好き勝手に走り回るんだ。それが実に不快極まりなかった」



 頬杖ほおづえをついていない方の手をひらひらと揺らすリーンハルト様。


 ここで血統の話が出てくるのか。

生まれだけは努力ではどうする事もできない。

与えられた属性だって。


 だが俺が隊列に加わらずに遊撃ゆうげきを行っているのには理由がある。

俺の闇属性はこと魔物に対しては光属性に劣らない威力を持つ。

対して光属性は強力だが同時に闇の影響を受けやすいから一度定めた自陣から大きく動く事はできない。

それを補完するために前の総団長だったヴィルヘルム様が俺に遊撃手ゆうげきしゅとしての役割を与えてくださったのだ。



「自分の遊撃ゆうげきは前総団長ヴィルヘルム様より与えられた任でした。リーンハルト様の御意向なら自分も隊列に加わり、戦場を駆け回る事はしません! ですからどうか自分をこのまま騎士団の末席まっせきに」


「チッ」



 あからさまに舌打ちを漏らすリーンハルト様。

だがそれは俺の懇願こんがんにではなく、ヴィルヘルム様の名前を聞いた事によるようで。



「あの老いぼれの名前を出すな。ようやく団から追い出したのだ」


「団から……追い出した?」



 俺は思わず呟いていて。

それにリーンハルト様はにやりと笑った。

先程までの張り付けたような作り笑いではなく、心の底からの笑み。

弓なりに細く歪んだ目が爛々らんらんと輝く。



「ああ、そうさ。表向きは総団長としての責務をまっとうする事が困難になったためによる辞任となっているが、私が追い出したんだよ」



 リーンハルト様はいでギリッと歯軋はぎしりして。

困惑する俺にむかって怒気どき混じりに続ける。



「目障りだったんだ。老いぼれのくせにいつまでも私が座るべき総団長の座に居座り続けて。そして選ばれし光の使い手は2人もいらない。そうだろう?」



 リーンハルト様は左右に控える彼の補佐に視線を交互に送った。

それに大きくうなずく補佐の2人。

リーンハルト様は2人を見ると椅子に深くもたれる。



「だから王国議会に掛け合ってあの老いぼれを失脚させたんだ。あの老いぼれは国王に忠義を誓っていた。その命令通り今頃はこの国を出ているはずだ。無様なものだよ。聖騎士団総団長の肩書きを持っていた者が国を追放されたんだからな……!」



 リーンハルト様──いや、リーンハルトがそう言ってけらけらと笑っている。

ヴィルヘルム様が退団されたあとの話は聞いていない。

だがまさか国を追放されていただなんて。

強く握り締めた俺の拳がわなわなと震える。




「そしてその最後の置き土産がお前だ」



 リーンハルトはあごで俺をして。



「このまま騎士団の末席まっせきに、か。ああ。私も最初はそうしてやろうと思ったさ。寛大かんだいな私からの最後の慈悲じひだ。ただし、殉職じゅんしょくという形でだったがな」



 リーンハルトの言葉に俺は目を丸くした。

今日の戦場での事を思い出す。

『「いつもより剣を向けられ過ぎじゃないか?」』

『だって今のですでに13回目。ちょっといくらなんでも多すぎる。』

戦場で感じた違和感。

あまりにも多かった味方からの攻撃。

それがまさか本当に俺の命を狙っていたものだったなんて…………。


 俺は呆然ぼうぜんとした表情で一歩後ろにたじろいだ。



「分かったかね。聖騎士団にお前の居場所などとうにないのだよ。みな、お前の事がうとましいのだ」



 リーンハルトが、言い放った。

その補佐2人が意地の悪い笑みを浮かべて俺を見ている。

嘲笑あざわらっている。

よくよく見ればその2人は────今日の戦場で俺に剣を振るった騎士だった。

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