第5話
ウェルヴァイン城において、アシルとオフィーリアが正式な婚約式の挨拶を済ませたのち、フェルズへ行く15名が公表され城はちょっとした騒ぎになっていた。
他国に行くための申請書、印税書、家族構成、細々とした取り決まりや、フェルズに着いてからの約束事項など、ありとあらゆる書類を宰相のファオスはそれらを取りまとめ文官たちに仕事を与えて、作成しなければならなかった。宰相ファオスは国王マスティウスの父の頃からその地位に着任して以来、実務を遂行し今ではマスティウスの右腕とも称されるほどの実力の持ち主であった。
そんな膨大な量の、15名分の書類等を出発の2週間前にちゃんと用意し完璧に仕事を彼らは終わらせていた。
「寝るまま惜しんで夜通し確認し、15名分の書類がここにご用意してあります」
巻物が15つ、国王の机に積み上げられ、顔色を変えることなくファオスは一歩下がった。
「ファオス、おぬしには本当に感謝するぞ。ここまでによく仕上げてくれた」
「もったいなき、お言葉にございます国王陛下。一つ申し上げてよろしいでしょうか?」
「良い、聞こう」
「庭師を2人、フェルズへ連れて行くのですか?」
「あぁ、オフィーリア…自らがハイノたちと庭園を作り上げたと聞いていたからな。あの子は、花や草木が小さい頃から好きで…私も娘の部屋を庭園が見える位置に考慮してたなあ」
「そう言うことでございましたか」
「フェルズへ行っても庭園は作るだろうな、あのアシル王太子が見事なまでにオフィーリアにお熱だからな…」
オフィーリアとアシルは毎日のように挨拶に周り、城へ訪れる来賓を歓迎し、フェルズで行われる婚礼のために日々勤しんでいた。
王太子自らの従者が、求婚をしたいと申し出が来たのが半年前。それまでは国王が婚約者候補を片っ端から弾き飛ばし牽制していたが、その申し出があり度肝を抜かれたのを覚えている。どんな骨のあるやつだと、顔を拝んだやろうと言う思いから、この婚約は始まったのだった。
「オフィーリアはずっとこの城にいると私は思っていた」
「この城にいる誰しもがそう思っておりましたよ」
「あの子の成長をそばで見守ってやれないことは残念だが、もう隣には守ってくれる相手がいる。それも、私が見込んだ男がな。
あの王太子は相当惚れ込んでいること、お前もわかるか?ファオスよ」
「えぇ、わかりますよ。あの方の視線はいつもオフィーリア様にありました。オフィーリア様はまだ、気づかれてないご様子でしたがわかる者にはわかることでしょう」
腕を組みファオスは年取ったマティウスを見つめた。先代よりもまだ随分若いが、その面は国王たる顔つきへと変化していた。
フェルズ帝国の王太子アシルの挨拶と立ち振る舞い、声、容姿に至るまでファオスは思い出していた。あの容姿なら妃候補はいくらでも出てくるだろうに、それをしなかったのはオフィーリアに恋心を抱いているからだろう。また、ウェルヴァインと縁を結べば両国とも更に繁栄する。
国も潤う、王太子自身も潤う一石二鳥の話だ。むろん、ウェルヴァインにも得がある話だった。しかし城の人気者であったオフィーリアが居なくなるというと、ファオスも寂しくあった。オフィーリアを見かけると自然と顔が綻んだし、激務に疲れていてもどこか癒されていた。
「あと、2週間も経てばオフィーリアは行ってしまう」
ぽつりと王が告げる。哀愁を孕んだその言葉に、うるりとファオスの涙腺が緩むがぎゅっと目を閉じ、込み上げてきそうになる涙を止めた。
「…そうですな。愛らしい姫君でした。私たちの間でも嘆き悲しんでいるものは後を立ちません。きっと、国民もそう思っているでしょう」
「あの子の、婚礼を決めたのは私だ。しかし、こう…現実味を帯びてくると、いかんせん…後ろ髪を引かれるな」
「当たり前です」
ピシャリとファオスは言い払う。
「これはウェルヴァインのためでもあるのです。そして、王家と王家を繋ぐ架け橋にもなりうる婚約ですぞ、マスティウス様。それをゆめゆめお忘れになさいますな…。
辛いことはわかります、私も同じ思いでございます」
「今までフェルズと婚約関係を結んだ祖先はいなかった」
「さよう。あちらも同じです。オリハーユ国との婚約は歴代にも記録されていますが、フェルズは記録がございません。まったく新しい国というわけでもないのですが、あそこは我々とは少々勝手が違いますからのう」
だから不安でもあり、オフィーリアがちゃんとやっていけるか心配でもあったのだった。
フェルズとの交流は外交や物輸を通して行っていたのだが、それ以上の関係はなく。今、歴史が動こうとしているところにマスティウスもファオスもいたのだった。
世界を変える何かが、音を立てて現れたのだ。それが吉と出るか凶と出るかは誰にも分からない。
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