器用(DEX)全振りの英雄伝: 機械仕掛けのフェアリーテイル

RichardRoe@書籍化&企画進行中

第一章:器用な英雄スタール

スタール、機械仕掛けの妖精と出会う



 かつてこの大陸には、五人の英雄がいた。




 巨人族の王と戦ったとき。

 膂力の英雄は、その大地も砕く一撃で、巨人の片腕を圧し折った。

 頑強の英雄は、その城塞の如き守りで、巨人の猛撃を何度も防いだ。

 俊敏の英雄は、その疾風怒濤の速さで、巨人を斬撃の嵐に叩き込んだ。

 魔術の英雄は、その圧倒的なる魔力で、巨人を地獄の業火に包み込んだ。

 そして、器用の英雄は――とても器用だった。




 古龍族の王と戦ったとき。

 膂力の英雄は、その大地も砕く一撃で、古龍の翼を圧し折った。

 頑強の英雄は、その城塞の如き守りで、古龍の息吹を何度も防いだ。

 俊敏の英雄は、その疾風怒濤の速さで、古龍に斬撃の嵐を叩き込んだ。

 魔術の英雄は、その圧倒的なる魔力で、古龍に神代の雷撃を見舞った。

 そして、器用の英雄は――とても器用だった。




 屍人族の王と戦ったとき。

 膂力の英雄は、その大地も砕く一撃で、屍人の軍勢を薙ぎ払った。

 頑強の英雄は、その城塞の如き守りで、屍人の進軍を何度も防いだ。

 俊敏の英雄は、その疾風怒濤の速さで、屍人へ斬撃の嵐を叩き込んだ。

 魔術の英雄は、その圧倒的なる魔力で、屍人へ浄化の光を浴びせかけた。

 そして、器用の英雄は――とても器用だった。




 妖精族の王と戦ったとき。

 膂力の英雄は、その大地も砕く一撃で、妖精王の魔術を薙ぎ払った。

 頑強の英雄は、その城塞の如き守りで、妖精王の魔術を何度も防いだ。

 俊敏の英雄は、その疾風怒濤の速さで、妖精王へ斬撃の嵐を叩き込んだ。

 魔術の英雄は、その圧倒的なる魔力で、妖精王へ終焉の氷柱を打ち込んだ。

 そして、器用の英雄は――とても器用だった。




 当代の国王は、四大魔族の侵攻を跳ね除けて人々の土地を取り返した偉大なる英雄たちを讃えた。

 膂力の英雄。巨人王を撃破せし者。

 頑強の英雄。古龍王を屈服せし者。

 俊敏の英雄。屍人王を討伐せし者。

 魔術の英雄。妖精王を打倒せし者。

 器用の英雄。恐ろしく器用なる者。




 そして再び、数百年に渡って平和が訪れ――五人の子供の体に奇妙な紋様が浮かび上がったのだった。




◇◇




 修道院の病棟にも気分爽やかな春日和はやってくる。取り分け今日は妖精たちも歌い出しそうな穏やかな気候である。

 そんな日だというのに、窓辺から外を見やる少年の表情は、いつにも増して暗かった。











 第一章:器用な英雄スタール



 







 膂力の紋様。

 頑強の紋様。

 俊敏の紋様。

 魔術の紋様。

 器用の紋様。



 それらは、かつての五人の英雄の体に浮かび上がっていたとされる紋様である。

 名前の由来も実に明朗で、膂力の紋様を持つものは人一倍の膂力をその身にやつす、頑強の紋様を持つものは人一倍頑強なる肉体を手に入れる……といった次第である。



(膂力の加護、頑強の加護、なんて分かりやすいものな)



 実を言うとこの紋様は――生まれたときから先天的にある痣のようなものなのだが――別に先天的に体に浮かび上がっていなくてもいいものである。

 つまり、後から入れ墨を身体に入れることで、似たような加護を得られる。更に言えば身体に入れなくても、身につけているアクセサリなどに呪術的な意味を付与した彫刻を施せば加護は得られるとされている。



 となると、別に紋様を持って生まれてきても別に大していいことはないのではないか――となるが、そうではない。



(生まれつき持っている痣――教会じゃ聖痕って言うらしいけど、これをもつ人間の加護は桁違い、らしい)



 後から入れ墨を入れたところで、土台追いつけないほどの圧倒的な違い。

 その分野において、並び立つ存在のないほどの天賦の才。

 紋様の加護が強すぎるあまり他の加護を得られない、という僅かな不便はあるものの、それを補って余りあるほど突出した能力。

 それが、【紋様持ち】と持て囃される存在である。



(膂力の紋様持ちは、村を襲う『暴れ猪』を討伐したという武勇伝がもう既に聞こえ渡っている。頑強の紋様持ちも、川の氾濫から村人を十人余り救い出したという。俊敏の紋様持ちなんか、既に五枚羽の第二級冒険者として活躍してるという。魔術の紋様持ちに関して言えば、当代の魔術学院の首席として高い評価を得ているという)



 膂力。頑強。俊敏。魔術。

 かつての四英雄たちは、教会から守護聖人として認定され、生きながらにして経典に名を残すほどの待遇を受けたという。

 経典に名前が残るということは、その名前そのものが神秘の力を帯びることと同じである。彼ら四英雄は、民の信仰心を力に変えて、その力を大いに振るったというわけである。

 そして余談だが、名前に呪力が宿る、というその経緯からか、四英雄の名前にあやかった名前を付けられた子供が増えたという。加護を少しでも分けてもらおうという親心である。実際のところ、心なしか効果がある、らしい。



 ただし、残された一人――器用の英雄は、経典に名前が残らなかった。



(そういうものさ。器用の英雄なんて、誰も憧れちゃいない。器用なだけの、特に取り柄もない、大した逸話も残ってない人なんてね)



 そう、誰も憧れてはいない。

 ただ器用な人間ならばこの世に掃いて捨てるほどいるのだ。



 器用だなんて、別になりたくもなかった。

 本当は、誰もが憧れるような冒険者になりたかったのに。



 そんなことをぼんやりと考えながら、病棟の窓の外を眺める少年、スタールは、器用の紋様を持つ少年であった。



 ――器用の紋様を持つせいで、膂力、頑強、俊敏、魔術の加護を持つことのできない、可哀想な少年であった。





















「やあ、様子はどうかね? 聞くところによると、最近は少しずつ歩けるようになってきているようじゃないか」



「はい、エイシェス様。……まだ痺れが残ってますけど」



 二ヶ月ぶりに顔を見せた治療神官のサキュバス、エイシェスに、スタールはやや砕けた口調で答えた。

 意識を失って半年近く。寝たきりの間二年近く。もう長い付き合いになる。

 二度と歩けないかもしれない、と宣告されて取り乱したときも、この神官にはよく励ましてもらった。その意味ではこの神官サキュバスは、スタールにとって数少ない頼りになる大人であった。



「……いやはや凄いことだよ、スタール君。本当に、君の回復力には驚かされる。

 本来なら、民間人が竜種の魔物に襲われて生還するなんてほとんど有り得ないんだ。それがいかに小柄なワイバーンだったとしてもね。

 まして君はワイバーンと揉み合って、翼にしがみついて、そのままもろとも城壁から地面に落下したんだ。本当に、今こうやって生きてるのが奇跡だ」



「……ええ、そうですね」



「落下した先が屋台だったのは不幸だったか幸いだったか、とにかく屋台の天幕が衝撃を吸収してくれて、君は助かった。

 ……落下の衝撃で崩れる屋台骨に巻き込まれて、君の右腕はちぎれてしまったし、大怪我をして暴れるワイバーンに、足の筋肉と腱を爪でずたずたに引き裂かれてしまって、それでも今こうやって生きているんだ。本当に、君は誇っていい」



「……」



 そんなエイシェスの言葉に、スタールは少しだけ考えた。



 誇っていい、のだろうか。

 確かにスタールの活躍のおかげで、ワイバーンは大怪我を負い、そして弱り果てたところで憲兵たちにとどめを刺された。たった一人の少年の勇気ある行動としてはこの上ないだろう。



 まして、スタールは城壁の上で襲われている姫を助けるために行動したのだ。彼がワイバーンの注意をひきつけ、襲われている姫を逃し、そしてそのままワイバーンに大怪我を与えた。まさしく英雄的な行動である。



 だが、その結果がこの有様である。

 スタールの右腕は何とか辛うじてつながった程度で全然指先の感覚が戻らないし、足も痺れてあんまり思うように動かない。

 二年近くも寝たきり状態だったから、筋肉はやせ細っているし、消化器系を始めとした内臓も弱くなっている。



(冒険者に、なりたかったな)



 自分は【紋様持ち】だから――と英雄に憧れたのが、かつて昔のこと。

 自分の紋様が器用の紋様という、期待はずれの紋様だったことに悔し涙を流したのも、かつて昔のこと。

 今に見てろ、絶対に英雄になってやる、と息巻いて、焦って、こんな取り返しのつかないことをしてしまったのも、かつて昔のこと。



(この世界のありとあらゆる場所を旅歩く、そんな冒険者になりたかった)



 全ては、かつて昔の自分の夢である。



「……ところで、話は変わるが」



 とエイシェスはひとりごちるスタールに向かって、やや言いにくそうに切り出した。



「治療費と今後の君の処遇について、なのだが……」



「……治療費、ですか。確か王家が既に治療費を支払っているとお伺いしてましたが……」



「まあ、そんなに気にすることじゃないさ。金貨120枚程のうち金貨100枚近くは王家から既に頂いている。王家が君の勇気ある活躍を称えるために出した報奨金だ。残りの金貨10枚や20枚くらい追加で出してくれるさ。……きっとね」



 神官サキュバスのエイシェスは明るい口調で言ったが、スタールにはそれがどことなく形式的な励ましに聞こえた。



「……それって、正確には王家は治療費を負担してないってことでしょうか」



「あー……まあ端的に言うとそうなる。王家としては一応、君の活躍に対する報奨金と君の怪我の治療費という名目で一括して金貨100枚を渡して、すでに精算したつもりなのかもしれないが……」



「……」



 なるほど、とスタールは納得してしまった。王家としてはこの件を金貨100枚というお金で綺麗さっぱり済ませたつもりなのだろう。

 この少年が生きようが死のうが、とりあえず金貨100枚で手打ちとしよう。

 そんなよくある話である。



(こっちは命を張ってお姫様を助けたのに、その代償がこの気の滅入るような二年間と、後遺症が残って自由の効かない身体と、金貨十数枚ほどの借金か。……本当に高く付いたな)



 ――これがもしおとぎ話であれば。



 スタールは考えた。

 もしこれがおとぎ話であれば、きっとワイバーンを倒した少年は、怪我なんかしなかったかも知れない。お姫様はきっと少年に感謝し、王様はきっと少年のことを英雄と称えるだろう。

 そして少年は騎士として任命を受け、この王国に名を轟かせるのだろう。



 現実は違う。



 少年が命を張ってお姫様を助けたところで、英雄にすらなれないのである。

 お姫様や王様は、もしかしたらその瞬間は感謝したのかもしれないが、結局はお金で精算してお終いである。

 王族は見舞いにすら来なかった。多忙なのであろう。名もなき少年のことなどちっぽけなことに思えるほどに。



 スタールの気持ちは少しだけささくれだった。



「……」



「スタール君、金貨のことなら気にしなくていい。すぐに取り立てるつもりはない。支払いはいつだっていいんだ。王家に話をして境遇を理解してもらう時間は十分にある」



「……そうですか」



 ただ、それ以外にもね、と神官は申し訳無さそうに続けた。



「お金の件とは別に話があってね。

 実はこの修道院病棟のベッドに余力がなくなってきている。ただでさえ最近魔物に襲撃されて病棟に運ばれる人たちが増えてきているのに、ここに来て魔物のスタンピードが発生したらしくてね。

 だから、もう少しして君が歩けるようになったら、その……比較的健康な君には、ここから出ていってもらうことになるだろう」



「……」



 それを聞いたスタールは、すとん、と何か諦めがついたような気持ちになった。

 お金のことだけでなく、これからの暮らしの問題まで降り掛かってきたわけである。

 ここまでくると最早笑えてくる。



(僕はただ、物語に出てくるような冒険者になりたかっただけなのにな)



 どうせ追い出されるなら、いっそのこと、このぼろぼろの身体で本当に冒険の旅に出てやろうか。

 そんな自暴自棄めいた感情が、スタールの中に少しだけ芽生えた。





















 夜の礼拝堂は、消えない篝火に照らされて幻想的に目に映る。ステンドグラスで作られた英雄たちの物語も、夜はまた、文字通り違った色合いに見える。

 スタールは夜中の礼拝堂が好きだった。

 誰もいない、静かな礼拝堂が好きだった。

 それこそ歩けない頃はあの神官のエイシェスに車椅子でこっそりここへと連れてきてもらったものである。

 だがしかし、もう退院間際だとなると、この夜の礼拝堂ともお別れである。そんな寂しさからか、気づけばスタールはベッドを抜け出していた。



 あの病室のベッドで一人で黙々と考えていると、気が滅入る用なことばかり考えてしまう。

 ただでさえ先行きも不安で心細いのだ。夜風に当たりたくなるのは自然なことであった。



(……一体いつからだろう。こんな文字と数字の羅列が見えるようになったのは)











 スタール

 Lv:7.76

 STR:3.01 VIT:4.14 SPD:2.96 DEX:96.49 INT:4.17

[+]英雄の加護【器用】











「一体いつからだと思う?」



「! 誰だ!」



 こんな夜中に他の人がいるはずもない。背後から突然声をかけられ、スタールは飛び上がりそうになるほど驚いた。一体いつの間に。一体誰が。そんな取り留めもない疑問が湧いては消える。



「誰って、そりゃあ精霊に決まってるさ。知ってるだろ?

 昔々、選ばれた五人の英雄たちは、魔物と契約して大層不思議な力を使ったそうな、ってね。

 やあやあこんばんは、当代の器用の英雄くん。そしてこれからよろしくね」



 声のする方向を見れば、羽虫のように小さな何かが空を飛んでいた。

 きちきちきち、とぜんまいの巻かれるような音。もしくは歯車が時間を刻む音。

 水晶のような人工めいた瞳が、夜の月の光を浴びて透き通るような輝きを帯びていた。



 妖精、だろうか。

 だがそれにしては少々歪な雰囲気である。

 何せ羽が、歯車を組み繋げたような、どうみても生物が持って生まれようのない機構的な代物だったからだ。



「ボクの名前はククリ。

 英雄である君に分析の魔眼を与えた者であり、技術の神様に仕えるクロックワークフェアリー。駆動式永久機関を持ち、結晶格子振動を自在に操る調律師さ」



「……」



「え、何? 流石にスルーはないよね? 見えてるよね? 見えてるでしょ?

 今のボクは君にしかみえてないはずだけど、え、無視してる? ボク泣いちゃうよ?」



「……英雄、だって?」



 思わず思考が停止する。

 突然妖精に声をかけられたことも驚きだが、それよりも心の意識はある言葉に囚われていた。



 英雄。



 今のスタールにとって、最も心の琴線に触れる言葉。

 今はなるべく思い出したくもなかった言葉であり、人生に最も影を落としてきた言葉であり、かつては一番憧れた言葉であり、そして――スタールから色んなものを奪ってきた言葉。



 全てをその言葉のせいにするつもりは一切ない。だが、器用の英雄だなんてものに選ばれなければ、もしかしたら何もかも違ったかもしれないという思いは残る。



 英雄と同じだという舞い上がるような気持ちも、馬鹿にされてきた悔しい思いも、仄かな期待も、自分がやらなきゃ誰がやるんだという逸った勇気も、それからの虚しさも。



 今更また、夢を見るつもりはない。



「……ククリ、だっけ。悪いけど僕は英雄にはならないよ。いくつかのギルドには登録するけど、日雇労働の依頼をいくつか受注するくらいさ。暮らしのためには、近々どこかに住み込みで雇ってもらうつもりだよ」



「え、本気? 本気で言ってるの? ボクはオススメしないな。だって考えてもみなよ、器用の英雄の加護があれば何でもすぐに――」



「身体が、器用に動かないのさ」



「へ?」



「見なよ、ほら。子供の頃にワイバーンに襲われたときの傷跡さ。こいつのせいで、杖無しで歩くことが難しいんだ。走ることなんて到底無理」



 服をめくって傷跡を見せつけると、妖精のククリは黙った。

 ほとんど治っている傷跡なので血は出ていない。だが、肉のえぐれ方やその後の歪な皮膚の張り方は、見ていて気持ちのいいものではない。

 とても健常な足には見えない。



「納得しただろう? 走れない冒険者なんて、そんな馬鹿馬鹿しい話があるものか。

 それだけじゃない。この右腕を見てみろよ。一旦ちぎれたのを無理やりつないだから、まだ指先がうまく動かないんだぜ。

 僕はね、冒険者としちゃあ、はっきり言って使い物にはならないんだ。丸っきりのお荷物。ちょっとばかり変な欲目を出してしまって、この有様さ。僕が英雄だなんて、そんなの――」



「――竜殺し! すごい! 君はもう亜竜族を倒したんだ!?」



 突如ククリははしゃぎ回った。

 それはスタールの想定外の反応であった。



「すごい、すごいよ、歴代最速だ! そんなの他にいないよ!? だって膂力も頑強も俊敏も魔術も、誰も竜族なんて倒してない!

 君はすごいよ! 英雄だ! 君は本当に立派だ!」



「――」



「ほら見て、嘘じゃないさ、分析の魔眼の使い方を教えてあげる。

 ――ああ最高! ほら見てよ、落ち込まないで、君はすごいんだから!」











 スタール

 Lv:7.76

 STR:3.01 VIT:4.14 SPD:2.96 DEX:96.49 INT:4.17

[‐]英雄の加護【器用】

 竜殺し

 精霊の契約者











「ほら見てよ、教えてあげるね。加護の欄を開くと竜殺しの称号がついてるでしょ?

 竜殺しの称号がつくとね、竜族にとても嫌われるようになる。でもその代わりに、竜族に対して普段よりも身体能力を発揮できるんだ! 他にも君より弱い魔物は君の気配を苦手に感じるし、称号が育つにつれて君の基礎能力も上昇するし、あと君は竜族にほとんど怯えなくなる!」



「――」



「ね、ね、すごいでしょ? 君はもう特別な存在なのさ! 英雄にはならないなんて嘘ついちゃだめさ、だって君はもう英雄なんだ! ほら、もう――?」



「――」



「スタール? ねえ、泣いちゃやだよ?」



 妖精の声音が少しばかり心配そうなものに変わる。

 もちろん、泣くつもりは一切なかった。



 失ったものを思い出すのは本当に心に堪えた。後悔ばかりが胸に刺さった。

 そろそろこの修道院を出て一人で生きていかなくてはならない心細い境遇の自分には、なおさら辛かった。

 だがそれでも――まっすぐな言葉で凄いと褒められたことの方が、より一層スタールにとって辛かった。



「……っ」



「そんな顔しないで、ボクも泣いちゃうよ……?」



 果たして、本当にすごいだろうか。

 後のことを思えば、全く褒められたことじゃないとずっと思っていた。



(何が器用の英雄だ。何が紋様持ちだ。今更気付いちまった。僕はただ冒険者になりたかったんだ。英雄になれなくても、この広い世界を渡る冒険者になることができればそれでよかったんだ。英雄なんて……英雄なんて、僕は)



 ――紋様の加護は、強力すぎるがあまり他の加護を拒絶してしまう。

 ――経典に唯一名前を載せてもらえなかった、ぱっとしない英雄、器用の英雄。



 潤んだスタールの目から、一粒の涙が筋となって溢れた。

 見も知らぬ奇妙な妖精の言葉に泣かされてしまうぐらい、今のスタールは寂しく心細い。



(そうさ、ワイバーンを倒したんだ。すごいだろ。僕。あの時は死ぬかと思ったんだ。死にものぐるいで羽にしがみついて、本当に怖かったんだぜ。もう、二度と出来ないぐらい、本当に、怖かった)



 そう、今も涙が出るぐらい。

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