第16話 謎の本
少女は「ベルミラ」と名乗った。
そう呼んでほしいと。
「ここから近いところに私の家はありますから」
という少女の言葉に従い、僕たちは少女を先頭に歩き始めた。
歩き始めてすぐに、
「章平。これ」
メイレンから僕の荷物を渡された。
メイレンの話によると、どうやら、メイレンはレオンに言われて人だかりの外で荷物を預かって待っていたらしい。
すると、そこに物凄い美女が茶色い軍服軍団を引き連れてやってきた。
何事かと思って、しばらく見ていると美女はすぐに来たときと同じように颯爽と去っていく。
最初と違うのは、後ろに引き連れている茶色の軍服軍団が三人の男をひきずって連れていっているということだけだった。
よくわからないまま、メイレンはその場を動かずにいた。
すると、謎の美人が去ると同時に、人だかりがウソのようにひいていく。
レオンや僕を探そうと、人だかりになっていたところへ近づいて行くと地面に座り込んでいる少女が見えた。
少女を助け起こすと、トルキッシュが近くにいたらしい。
少女はトルキッシュにお礼を言いにいった。
だからメイレンは、どうして少女がレオンにあんなに熱心にお礼を言っていたのかがわからなかったのだろう。
おかげで、僕はメイレンに「どうして少女がお礼を言っていたか」ということの詳細について、しつこく問い詰められることになった。
なんだか、レオンと少女の会話をひどく気にしているようだったが、たぶんレオンには少女に対する特別な感情なんて無いと思うから大丈夫だよ。メイレン……。
だから、そう何度も何度も「僕に」……………
…………レオンのことについて、『僕に』事実確認するの、やめてもらえますか……。
さっきから言ってること変わってないのに、もう三度目なんですが?
僕は、メイレンの質問攻めから逃れるべくレオンに話しかけた。
それに、群衆の中を通り抜ける方法……たぶん、僕の意見を取り入れてくれたであろうレオンの行動はちょっとうれしかったのだ。
「あのさ。レオン」
「なんですか?」
「いや、あの群集に道を開けさせたとき……」
「あぁ。あれですか。章平の言葉でちょっと思いついたので。勝手してすみません」
「えぇ? いいよ。むしろ、うれしかったよ。なんか、意見が採用されたみたいで」
「よかった。怒られるかと思ってました」
「怒らないよ。だって、女の子も助かって万々歳なんだし!」
僕が言うと、レオンは本当に心底ほっとしたように笑みを浮かべた。
「でも、すごいや。レオン」
「なにがですか?」
「だって、本当にどっかの隊長みたいだったよ? 格好よかった」
「……そうですか」
なぜか、レオンは微笑んだまま黙ってしまった。
僕が挙げた作戦はこうだった。
自分で言うのもなんだけど、作戦とか言っておきながら作戦らしい作戦ではない。
本当に自分でも嫌になるほど単純な思考回路の持ち主なのだ。僕は。
まず、人々があの場面で通してくれそうなのは、事件を解決する者。
つまり、警察官かその代わりの機関の人だと思った。
だから、僕たち全員がそれらしく振舞えば通してもらえるのではないか……と考えたのだ。
我ながら、本当に安易な考えだ。
さらに、下っ端よりも上役に見せかけた方がいいと思った。
なめられると、通してもらえそうになかったからだ。
そのためには、威厳のようなものが必要だった。
そこで、レオンのジェイサムを使おうと考えた。
なぜなら、メイレンの集落で起きた神様事件とでも呼べるジェイサムへの崇拝を目の当たりにして、目立つ上に信憑性増しそうなそんな気がしたからである。
まぁ、僕の足りない頭で考え付くことといえば、この程度なのだ。
大体、知恵が回るくらいならこんなとこにいない気もするし……。
そんな単純な、作戦とも言えないような作戦だったからレオンも絶句していた。
だから、正直やってもらえるとは思っていなかったのだ。
僕が言い出したことだし、自分でやってみて成功したら儲けもの……ぐらいの気持ちだった。
だから、レオンにジェイサムをちょっとの間、借りるつもりだったのだ。
はっきり言って、成功の可能性は少なかった。
まさに、一か八かである。
だが、レオンはやってくれたばかりか、見事に成功させてくれた。
しかし、バルクルとは一体なんだったのだろう?
やはり、警察のようなものなのか?
それに、あの謎の美女。
レオンの知り合いみたいだったけど、なんか複雑そうだし。
そんなことを考えていたら、少女の言っていた「家」に到着した。
確かに、近いところに家はあった。いや、正確に言うと、家じゃない。
家に入るための門は、近くにあった。
だが、誰が想像するだろう。
門を入ってからが大変だと。
家までたどり着くのに、小さな丘を一つこえることになるなんて。
しかも、その丘は庭の一部だというのだ。
どんだけ広いんだよ? この家!!
あろうことか、この島の4分の1はベルミラの家の所有地なんだそうだ。
だから、ベルミラの家の庭に人が住んでいるという解釈になるらしい。
庭に住んでいるのは、職人がほとんどだという。
ベルミラの家はそれらの職人が作るものを優先的に買い付けることができるというシステムらしいのだ。
小一時間ほど歩いて、丘を越えると、さっきの門とは比べ物にならない重厚な門が見えてきた。
何かの複雑な文様まで入っている。重そう……。
こんなの動かすなんて、どんだけ大変なんだろう。
そう思っていたら、
「ちょっと待っていてください」
と少女は門を避けて、なぜか門に沿って回りこんでいく。
そして、門の周りを取り囲む煉瓦れんがの塀の一部を手探りで触り始めた。
煉瓦の塀は蔦ツタが撒きついていて、どことなく建物に歴史を感じさせる。
すると、
「あった」
という声とともに少女は蔦を除き始めた。
蔦の存在がなくなると、そこに一本の鍵があった。
煉瓦の塀の欠けた隙間にうまく挟んで置いてある。
この鍵を蔦で隠していたのか。
少女は少し力を入れて、鍵を隙間から抜くと、地面に鍵を突き刺した。
えぇぇぇっ!?
いや、ちょっと待て!そんなとこに鍵穴なんて……。
僕が驚いていると、少女はそのままそこに鍵穴があるかのように鍵を回す。
すると、カチリと何かがはまる大きな音がした。
突如、重厚な門の横に小さな扉が現れる。
だが、それは本当に小さかった。
山ワニのチャコちゃんくらいしか通れなさそうだ。
いきなりそこから、小さい動物が飛び出してきた。
その動物は少女に向かって一直線に走ってくる。
すると、少女が笑って言った。
「ただいま。ムル!」
ムルと呼ばれた小さい動物は少女の肩に乗っかってうれしそうに鳴き声を挙げた。
「ミュル。ミュル!」
かーわーいーいー。
ちょーかわ。
マジかわ。
どこからか、こんなギャル語が聞こえてきそうなぐらい
その動物は本気で愛らしかった。
「ムル。お客さんよ!」
少女が言うと、やっと僕たちの存在に気が付いたらしい小動物がこちらを見た。
「ムルル?」
小首をかしげている。
あ、かわいいかも。
ムルは、レッサーパンダそっくりだった。毛の色は白だ。
ただ、体の大きさはしっぽを除くと、子供の掌くらいしかなかった。
とても長くてふさふさしている尻尾を持っていた。
今もしているが、ベルミラの肩に乗って、ベルミラの首に尻尾を巻きつけている。
まるで、マフラーだ。
その上自分の首にも尻尾を巻くことができている。
ムルの尻尾がどれだけ長いか、わかってもらえたと思う。
しかも、ふわふわで気持ちよさそうだ。
白い毛がふさふさしている。
よく見ると、ムルの首には何かの模様が掘り込まれた銀のチョーカーがつけられていた。
どうも、門の文様と似た形をしているように思える。
「それでは、行きましょう」
ベルミラが歩き始めた。
行くってどこへ?
すると、ベルミラはムルを連れて門の前に立った。
そして、右手の親指をまっすぐ門に押し付けると、そのまま指を九十度回転させる。
門の文様が赤く光ったと思ったら、次の瞬間にはもう開いていて
ベルミラが
「どうぞ。こちらです」
と言っていた。
どうなってるの? この門……。
ていうか、こっちの世界に来てから驚くことが多すぎて、
何に驚けばいいやらだんだんわからなくなってきてるよ。
人生そんなこともあるさーでスルーしたくなってくるのは、気のせいか?
僕、もとの世界に戻ったとき、人生達観してなきゃいいけど。
やだよなー。隠居生活が似合いそうな高校生なんて。
門の中に入ると、植木が鬱蒼と生い茂ってまるでジャングルのようだった。
それも、どうやら門の近くだけで玄関のドアにたどり着いたとき、周りはよく手入れされた芝生と噴水がある庭に囲まれた普通の家がそこに建っていた。
くの字に曲がった二階建ての豪邸を普通と称するならばの話だが……。
その時、玄関から一人の男が出てきた。
眼鏡をかけていて、その奥には狡猾そうな瞳が覗いている。
ポマードをぬりたくったような艶出しすぎの茶色い短髪。
その男がベルミラを見るなり言った。
「おや、お嬢様。ご無事でなによりです。今、知らせが入りましてね。助けるものを送ったところでした。ところで、そちらの方々は?」
ベルミラは男を見るなり俯いて、一言も声を出さない。
「まぁ、いいでしょう。お友達ですか? ゆっくりなさってください。それでは」
そういうと、男は去っていった。
「……大丈夫ですか?」
レオンが声をかけた。
ムルが心配そうにベルミラを見上げている。
僕が
「ベルミラ?」
と言いながら、ムルの乗っていない右肩に手をおくとベルミラはビクッとして振り返った。
その目は恐怖を表しており、ベルミラの体はガタガタと震えていた。
「……私、あの人に殺されるわっ!」
えぇっ?
僕たちはベルミラの言葉に固まった。
いきなり何を言い出すんだ??
「あの? ベルミラ?」
僕がもう一度呼びかけると、
「そうよ。この前だって……。それに……」
と目が虚ろになって、ぶつぶつ言っている。
やばい。ベルミラちゃん……思考回路が、どっか他の世界に行っちゃったよ。どうしよ……。
僕が困っていると、レオンが少女の頭に手を置いて軽くなでた後、優しく笑いながら
「大丈夫ですよ。よかったら、話してみませんか。力になれるかもしれませんから。」
と少女の目線に合わせるように片膝を地面について言った。
かっこいー!!
さすが、レオン。
そんなセリフを咄嗟にサラッと言ってのけるのはレオンくらいだよ。
やっぱり、天然王子だった。こんなの見たの初めてだ。
しかも、似合ってる。そのうち、薔薇とか口にくわえて登場するんじゃないか?
う~ん。それも似合いそうだな。
やっぱり、女の子はこういうのに弱いんだろうか?
ベルミラを見てみると、心なしか頬が少し赤いような……。
う~ん。でも、これはレオンだからかっこいいんだよな~。
僕がしたら……げっ。やめておこう。
似合わな過ぎる。
『とりあえず、中に入ってから話をきくのが懸命じゃないか?』
今まで一言もしゃべっていなかったサイアスが突然後ろから声を出した。
あ~びっくりした……。
いきなりしゃべりだされると、びっくりするだろ?
「そうですね」
レオンの合意の一言で僕たちはぞろぞろとベルミラを促しながら、家の中へと入っていった。
家の中に入ると、一つの部屋くらい広い玄関があった。
というか、絶対僕の部屋より広いぞ。これは。
しかも、ソファーまで置いてある。そこが玄関だとわかるのは、部屋の左右に棚が設置されていて、そこに靴がずらりと並べてあるからだ。
部屋の奥には、白い扉が一つある。さらに、上を見ると吹抜けになっていた。
すごすぎる。
とりあえず、僕たちはベルミラをそこにあるソファーに座らせて、気持ちが落ち着くのを待った。
まぁ、待っていたと言ってもメイレンは並べてある靴を見ながら目を輝かせていたし、
トルキッシュとエバァは玄関にあるものから思いつきのくだらないギャグを作り、どちらが面白いか競い合っていた。
サイアスが溜息と同時につぶやいた。
『ちょっとはおとなしくできないのか? あいつらは……』
ある程度、ベルミラが落ち着いてきたのを確認してから、僕たちはベルミラに応接室へと案内してもらった。
白い扉を開けると、そこには長い廊下が待っていた。
長い廊下を通っていったその部屋は、なんとベルミラ専用の応接室だと言うではないか!
……って、それベルミラの部屋じゃないか?
と思っていたら、個室の部屋は別にあるのだという。
贅沢すぎないか? それ。
とりあえず、応接室に通された僕たちはベルミラが呼んだ家政婦さんにお茶を振舞われていた。
おぉ。お金持ちの家ってカンジ!!
「では、失礼いたします。御用の際は、遠慮なくお申し付けください」
そう言って、家政婦さんは去っていった。
しばらく、みんなでお茶を飲んでいたが、どうにも気まずい。
多分、みんな聞くのをためらっているんだ。
誰かが口火を切らなければ、話なんて聞けないんじゃないか?
そう思っていると、
「じゃあ、早速ですが……どうして殺されると思ったのか、聞かせてもらえますか?」
レオンがベルミラをまっすぐ見ながら言った。
すると、ベルミラが一瞬黙ってから決意を固めたように言った。
「はい。お話します。実は……一冊の本が原因なのです」
ベルミラは、震えるのを必死でおさえるかのように、左手で右手の手首を強く握りながら話している。
「私は、ある本を『所有』しています。それは、私の権利であり義務でもあります。
その本を守ることが私の役割です。私は一族の中から選ばれた者。
私は、その本を守っていることから「鍵」とも言われています。
それを、キーゼは……」
「キーゼ?」
僕が聞き返すと、ベルミラは説明していないことに気づいて教えてくれた。
「キーゼは先ほど玄関で会った男のことです。本名をキリビアラ・ゼ・トルマルコスといいます。
私たちは略称で「キーゼ」と呼んでいますが。
キーゼは、その本を私が隠していることを父上から聞きだしたのでしょう。
最初はその隠し場所を言わせようとしていたのです。
ですが、私が言わないものだから別の方法を思いついたのでしょう」
「別の方法……ねぇ」
エバァが考えるような表情で言った。
ベルミラは真剣な面持ちで続ける。
「私は、今日の出来事もあの男と関係があるような気がしているのです」
「今日の出来事も? さっきのナイフの??」
僕が驚いて言うと、ベルミラは深刻な表情のまま頷いた。
「まさか。だって、さっきの連中捕まったじゃないか!」
僕が言うと、ベルミラは
「犯人がどうこうという話ではなく、私が狙われたという事実が重要なのです」
と哀しそうに言った。
「どういうこと?」
僕が聞くと、
「私が狙われたということが父の耳に入れば、父は私に護衛をつけようとするでしょう。
しかし、その護衛を選ぶのはキーゼなのです。
とすれば、暗殺者を護衛としてつけることもできるでしょう。
耳に入れば……と言いましたが、自然と耳に入ってこなければキーゼが父の耳に入れるでしょうから、
父に今日のことが知られるのはまず間違いないのです。
更に言うならば、今日の出来事で勘の良い人ならば、私が本の所有者であることに気づいたかもしれません。
つまりは、街の人もそのことを知ってしまったかもしれないという可能性が出てくる。
この本を狙う人は大勢いると言われています。
そうなると、もし私が殺されても犯人の特定が難しくなる」
「え? そ……そうなの?」
僕が戸惑っていうと、レオンが難しそうな顔をしながら
「なるほど。確かにそうなのかもしれません。
しかし、お父様にはあなたがキーゼのことについて進言すればいいでしょうし、
いくら勘の良い人物でもあの一件で本の所有者と特定はしないでしょう」
というと、ベルミラは言った。
「父は、私の言葉よりキーゼの言葉を重んじているんです。
実際、今まで何度言っても聞いてもらえませんでした。
それに、今月に入ってもう3回も妙なことが起こっているんです。
今回みたいな大きな事件ではありませんでしたが、私が通る道に細工してあったり、
上から陶器の花瓶が落とされたり……。
護衛を断り続けるのも、今回のことで無理になったような気がします。
さらに最悪なことに、先ほどの事件では、痣を確かめる動作をされています。
多分、それを見ていた人もいたでしょう」
その言葉にレオンが少し考えてから、
「ですが、本をとるために殺すなどということは……」
と言うと、ベルミラは
「有り得ないことではありません。
この本は大変な価値があるものらしく所有者が命を狙われることは少なくないのです。
それに、あの男なら余計……。
私が死ぬと自動的に本は一度、私の亡骸の上に現れてから、次の人に移動します。
多分、そこを狙おうとしているんです」
と静かに答えた。
ベルミラの不安そうな顔を見ながら、僕は思ったことを言った。
「じゃあさ。場所を言っちゃえばいいんじゃないの?」
すると、即答で返事が返ってくる。
「それは、できません」
「なぜ?」
「私も場所を正確には知りませんし、知っていたとしても言えません。
私たち鍵と呼ばれるものは、6番目から選ばれているらしいのです。
6番目は私たちの世界に平和をもたらす者。
その方が、私たちを選んで本を守ってくれとおっしゃったらしいのです。
ですから、自ら守るのを放棄するようなことは、けして許されません。
この本を選ばれた方に渡すのが私たちの役目ですから。
鍵と呼ばれる私たちの体には、生まれつき右肩におかしな痣があります。これです」
そう言って、見せてくれた右肩には「守」という文字が刻まれていた。
だが、レオンたちにはどういう意味かわからないらしい。
ということは、これは僕たちの世界の文字なのだろうか?
『あれは、なんだ?』
サイアスがつぶやくのが聞こえた。
サイアスも知らないようだ。やはり、僕しかわかっていない。
ということは、これは僕の世界の言葉だ。
いったい、なぜ僕たちの世界の文字が?
「この痣にかけて、私は使命をまっとうします」
ベルミラが決意の表情で語る。
「それで、本を渡す相手はどうやってわかるの?」
エバァが聞いた。
「それは……」
少女が口を開いたその時、
上から本が降ってきた。
「わっっ!!」
慌てて僕が避けると、その本をベルミラがキャッチする。
ナイス・キャッチ!!
「どうやら、貴方がたの中に受け取り手がいるようです。」
ベルミラが言った。
うそぉ!! そんな偶然あり?
「本が降ってきた……」
どきまぎしながら僕が言うと、
「受け取り手がいると自動的に現れるように、設定されているんです。
鍵に選ばれたとき、最初にこの本を確認してから適当な異界へ送ります。
異界へ送った後は、自動的に異界を移動するらしいので、私たちも正確な場所を把握できないのです。
ただ、非常事態が起きた際にはその場所がわかるように設定されています。
もともと、私たち鍵は受け取り手と接触するための窓口的役割しか持っていないのです。」
そういうと、ベルミラは少し感慨深げに付け加えた。
「まさか、私が渡すことになるとは思いもしませんでした」
ベルミラは僕たちを見て、本を開いた。
「この本は、我が家に伝わる大事な書物らしいんですが……。見てください」
そう言って、開いた本のページは黒く塗りつぶされたように真っ黒で、文字は何も書かれていなかった。
「ヘンな本だね。その本、よく見せて」
僕が言いながら、その本を受け取る。
本当に変な本だ。
ページが黒いばかりでなく、なんと2ページしかないという有様だ。
これは本当に本と呼べるのだろうか?
僕は表紙を見た。
すると、そこには「ジュベールの書」と書かれている。
「変なの。ジュベールってなんだよ?」
僕はボソッとつぶやいた。
すると、その途端に今まで黒かったページの色が徐々に白くなった。
そして、なんとそこに文字が現れ始めた。
「うわっ。なにこれ?」
僕の叫びを聞いて、皆が一斉にこちらを向いた。
「どうしたんですか?」
レオンが一番に異変に気づいて、こちらに来ようとした。
すると、そんなレオンの前に一人の男が現れた。
髭をはやした三十代半ばほどのダンディーな男の人である。
髪型は短い黒髪を後ろに撫で付けており、服も高そうなスーツ姿だ。
「おっと。待ちたまえ。そこのキミ」
レオンの前に立った男はよく通る声でレオンに向かって言った。
「なんですか? あなたは」
レオンが警戒した様子でダンディーさんに尋ねる。
すると、
「私の名前はジュベール。この本の精霊だ」
と言った。
「精霊? へーそうなんだ」
この世界に来て、自分の常識がかなり覆されたため、僕はすんなりその事実を受け入れた。
その僕に対して、エバァが言った。
「そんなわけないだろ? 章平。しっかりしろよ。本に精霊が宿るなんて聞いたことあるか?」
そんなこと言われても、だいたい精霊自体が僕の世界には存在確認されてないし……。
すると、レオンがエバァの言葉に付け加えるように言った。
「それに、あなたは精霊らしくありませんよ。全然」
精霊らしいってどんなだ? 羽があるとか?
その言葉を聞いて、ダンディーな男はふっと笑うと
「冗談だ。だが、名前がジュベールというのは本当だ。私はこの本の管理人なのさ」
「管理人?」
僕が問いかけると、ジュベールと名乗った男は言った。
「そうだ。この本は、開いたものの心に一番必要だとされる言葉を送ることになっている。
だが、この本にかけられた術の発動は6番目の存在確認とされている。
私は、それを確認する存在。とでも言っておこうかな。
よって、この本は6番目が現れる家に自動配送されることになっているのだが……。
少々、現れるのに時間がかかったようだね。キミ」
ジュベールは僕をまっすぐに見据えて言った。
そして、おや? という顔をする。
「おかしいな」
ジュベールがつぶやいた。
なにが?
僕が思ったすぐ後にジュベールがまた口を開いた。
「おかしい……。6番目の微弱な魔力を感じるが、お前は6番目ではない。
これは……どうしたことか……。ふ~む」
なにやら、ジュベールは深刻な様子で考え込んでしまった。
そのとき、レオンが言った。
「やはり……」
そのまま、レオンも考え込んでしまう。
後ろのサイアスだけが違った。
『そんなはずがあるものか。げんに俺がこいつに従ってる。ケイは6番目のはずだ!』
なんだか、口調が興奮している。
しかし、まだそんなこと思ってたのか? 僕はケイじゃないと何回言えばわかるんだ!!
っていうか、6番目、6番目ってなんなんだよ??
さっぱり、ワケわからん。
「あのさ。6番目って……ナニかな?」
僕は恐る恐る聞いてみた。なんだか、空気が重いがそんなことは気にしてられない。
ワケのわからない会話を目の前でされるのは、やっぱり嫌だ。
仲間はずれみたいじゃないか。
僕の言葉を聞いて、ジュベールが驚いたように言った。
「なんだね。キミは6番目を知らないのかね?」
すると、レオンがフォロー&説明をしてくれる。
「章平はこちらの世界に来て、日が浅いので」
ジュベールに言った後、僕に向かって
「章平。前に、作り手というのがこの世界に存在すると言ったのを覚えていますか?」
と言った。
「作り手……って、魔道具を作る人たちのことだっけ?」
記憶力がけして良いとは言えない僕は、断片的な記憶をまさぐって答えた。
レオンが頷きながら
「そうです。作り手は6人存在していると言いましたよね?
大陸に属さない作り手は、普通の道具も魔道具に変えることができるというのは覚えていますか?」
とまた、僕に聞いてきた。
「あー……そうだっけ?」
僕は曖昧な返事をしながら、笑ってごまかす。
そんな僕を見て、レオンは溜息をつきながら言った。
「わかりました。そこから、覚えてないんですね。
5つの大陸にはそれぞれ一人ずつ作り手が存在しますが、残りの一人は大陸に属していません。
とにかく、6人の作り手のうち、1人だけ大陸に属さない特殊な作り手がいるんです。
この作り手のことを『6番目』と言っているのです。いうなれば、あだ名みたいなものです。」
へぇー。ってそれ、もしかして……
ってことは、僕がその6番目かそうでないかについて、話してたってこと?
そんなもん、違うに決まってるじゃないか!!
だから、僕は普通の日本の高校生なんだって!?
レオンの僕に対する説明が終わったのを見て、ジュベールが僕に向かって言った。
「キミは6番目が目覚めさせるハズの本を目覚めさせた。
だが……キミからは6番目独特のオーラを感じないのだ。
キミはあのマントが言うように、ケイという名なのかね?」
ジュベールが言った一言に僕が答える前に、
「彼は章平。ケイではありませんよ」
なぜか、レオンが言った。
その顔がどことなく暗い。
レオンの様子を見て何を思ったのか、ジュベールが言った。
「まぁ……いいだろう。せっかく目覚めたんだ。一仕事させてくれ。
キミ……章平君と言ったか。その本の次のページを見るんだ」
「次のページ?」
僕は言われたとおりに次のページを開いた。
すると、さっきは無かったはずのページが増えている。
しかも、ページの色が黒から白になりながらまたしても文字が浮き出てくるではないか。
「それを、声に出さずに心の中で読むんだ。その文章はキミに送られたものだからな。
声を出さずに読むというのは……いわゆる、プライバシー保護のためだ」
「はぁ……。」
僕はよくわからないまま、返事をして文章を読んだ。
すると、そこにはこう書かれていた。
『とらわれてはいけない。 少年よ
なにが起ころうとも 君自身は変わらないのだから
とらわれてはいけない。 少年よ
例え何を見ようとも
真に大切なことはそのままの姿で君を待っているのだから
とらわれてはいけない。 少年よ
君の魂に刻まれた人間の歴史には自由であるために抗った形跡があるのだから
だから、少年よ
―自由に羽ばたけ―』
なんですか? これ?? 詩……かなぁ?
「何かわかったかね? 章平君」
ジュベールが聞いてきた。
「いや、わかったかどうかと聞かれると……全然わからないというか……」
僕が曖昧に答えると
「ふむ。やはり、そうか」
ジュベールが言った。
『やはりとは?』
サイアスがジュベールに問い返す。
すると、ジュベールがとんでもないことを言った。
「章平くんと言ったな。この子はやはり、6番目ではない」
『なッッ!!』
サイアスが抗議の声を上げようとするのを遮って、ジュベールは続けた。
「だが、6番目の力を持っていないかと聞かれると、そうではない」
『 ? どういうことだ??』
サイアスがわからないというようにジュベールに向かって言った。
すると、ジュベールは僕を見て、
「簡単に言うと、この子は半分6番目の特質を持っているということだ」
「な……」
なんじゃそりゃ。と言いかけた僕より先にトルキッシュが言った。
「なんじゃそりゃ。変じゃねぇか。半分だけなんてよ? 後の半分、どこ行ったんだよ?」
すると、ジュベールは何でもないかのような顔で一言。
「私が知るか」
そんな。あまりにも無責任なっ!?
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