第15話 レオンと美女
「おらおらおらおら。お前ら邪魔なんだよっ! さっさとそこ退けよ。
じゃねぇと……どうなっても知らねぇぞ?」
そう言いながら、男は左手で掴んでいる女の子の首筋に、右手で握っているナイフを当てた。
そのまま、一歩前進する。
周りにいた野次馬たちがどよめきながら一歩後退する。
そんなことになっているとは露知らず、僕たちはその場所に到着した。
「なんだ。見えねぇーな。章平、お前弟分ならなんとかしろっ!」
トルキッシュが無理難題を言ってくる。
こんな人ごみをなんとかするなんて、そんな特殊能力僕が持ってるわけがないじゃないか!?
そんなモーゼみたいなことが出来たら、僕は今頃「超能力者・章平!」とか言われてるよ。
やっぱり、トルキッシュの考えることはメチャクチャだ。
だいたい、トルキッシュこそ魔道具なんだろ? だったら、自分でなんとかしろよ!
僕がトルキッシュに心の中で文句を言った丁度その時、エバァが何かを見つけたように叫んだ。
「ちょっと、あれ見て!」
エバァが指差した方向から、かろうじて女の子が捕まっている様子が見えた。
捕まえている人の腕とナイフだけが人々の隙間から辛うじて見える。
「なんだっ! ありゃぁ。一大事じゃねぇか!!」
トルキッシュが叫んだ。
そして、人ごみを分け入って行こうとして逆に押し戻されている。
「むむっ。こらっ。お前らっ! ちょっとそこどけ。おいっ」
何回か挑戦して、だめだったらしい。同じ場所に戻されながら悪態をついている。
そんな状態が嫌になったのか、トルキッシュは突如僕の方を向いて言った。
「章平!! 俺様をこの人ごみの圧力からどうにかして、あそこまで届けろっ!」
いや、もうホントに……無茶言わないで下さい……。
どうして、僕がそんなことをどうにかできると思えるんですかっ……。
ちょっと泣きが入りながら、トルキッシュの言葉を聞き流していた僕は
とんでもないことに気が付いてしまった。
それは、本当にとんでもないことで……。
うまくいけば、一瞬にして野次馬の人々に道をあけさせられる方法だとわかっていた。
だが、それにはだいぶ勇気がいるのだ。
なぜなら、それは結構芝居がかった演技が必要で……。
いうなれば、大ぼらを吹くわけで……。
そんな度胸があるくらいなら、人ごみを縫って行ったほうが絶対楽だとは思う。
だが、隙間を縫っていこうとしても弾かれるのは目に見えている。
だったら、やるしかないじゃないか!?
さらに、この作戦にはレオンの助けが必要不可欠だった。
とりあえず、レオンに了承を取る必要がある。
僕は周りの声で自分の声が消されないように、レオンの腕をひっぱって作戦を耳打ちする。
レオンがその作戦を聞いて、驚いた顔をするのがわかった。
「本当にそんなこと、するんですか? 章平……」
ほとんど絶句の状態でレオンがつぶやく。
「あ、うん。レオンが許してくれるならね」
僕が言うと、レオンはやれやれ……といった表情で、
「仕方がありませんね。章平がしたいというのなら……」
すると、そのときまたざわざわと周りの声が大きくなった。
今度はなんだ?
そう思っていると、
ゾクリ。
背後に寒気を感じた。
反射的に振り返ると、少し離れたところから異様な出で立ちをした人が群集の中に入っていくのが見えた。
その姿を見た僕は一瞬、動くことができなかった。
そんなに近い場所にいたわけではなかった。それなのに、冷や汗が出ている。
フードをかぶって顔は見えなかったが、ちらりと見えたのはその人の上半身に鎖が巻き付いている姿だった。
明らかに異質の存在―そう言わなければ説明できないほど不気味な雰囲気を醸し出している人が
群衆の中に消える。どうやら、群集は素直に道をあけているらしい。
人が道を開けるのは、理屈ではなく本能だと僕は思う。
フードの人物こそ、モーゼを地でやっていた。
「なんだ? あの野郎は」
気に食わねぇ。そう言いたげにトルキッシュがつぶやいた。
「な……なんだ? 貴様」
明らかに動揺している声が群集の中心から聞こえる。
どうやら、女の子を捕まえている犯人の前まで先ほどの人は到達したようだ。
犯人の男が動揺するのは頷ける。
それは、そうだろう。
フードをかぶった上から鎖で体の上半身をぐるぐる巻きにされた人物が、異様な雰囲気で目の前に現れたのだ。動揺するな、というほうが無理な話だ。
「…………………………せ」
ここからでは、不気味な人物の方の言葉がうまく聞き取れない。
だが、少女を人質にとっている犯人の声はやけに広場に響いていた。
もしや、あの男にだけマイクとかつけてるとか? そんなワケないな。
「なんなんだ? てめぇは。関係ねぇだろうが! 部外者は黙って、そこをどきやがれ」
「……わ……………………み……な」
何を言っているんだ?
「ば~か。そんなの関係ねぇよ。俺たちは、金さえ手に入りゃ、文句ねぇのよ」
「………な………………かち……な」
「なに?」
その時だった。
ものすごい風が砂を巻き上げながら吹き荒れた。
歓声が聞こえた。
だが、なんの?
ここからでは、状況がわからない。
なぜ、歓声が起きたのかもわからない。
僕は、どうにかして見えないものかと少し飛び跳ねてみたりしたが、
徒労に終わった。しかも、収穫なし。
いったい、何がどうなってるんだ?
「そこをどきなさい」
後ろから声が聞こえた。
いつの間にか、レオンがジェイサムを呼び出して立っていた。
再びレオンが口を開いた。
「そこをどけと言っているのです」
目の前の民衆に言っている。なんだか、僕も言われている錯覚にとらわれる。
その姿は、威厳に満ち溢れていてとても逆らえる雰囲気ではなかった。
皆、その場にいたものが気おされて自然とレオンに道を開ける。
レオンはそれをさも当然のように歩き出す。
そして、僕が立ち止まっているのに気づくと振り返った。
目が付いて来いと言っていた。
そうか。あの作戦を実行しているんだ!
僕はやっと、レオンの後を従者のようについて行った。
その後ろにトルキッシュとエバァも加わる。
やっと、平静を取り戻した野次馬がレオンに向かって叫んだ。
「あんた、何なんだよっ? 何様だ!」
それにレオンは顔色一つ変えずに言った。
「バルクルの特殊部隊に所属していますが?」
そのとき、野次馬の数人がレオンの足元にいるジェイサムに気づいたらしかった。
「おい。あれ」
「まじかよ? なんで、バルクルの連中が?」
「うそだろ?」
その間も、レオンは何事も無かったように歩みを進め、人ごみを抜けた。
これでやっと、か弱い少女を人質にとっていた犯人の顔が見える。
こぉんの犯罪男めっ!!
僕たちが、人ごみを抜けて犯罪男(命名!)とフードの人の前に立ったとき、
その二人は僕たちの様子を見つめていた。
その時、僕は気が付いた。犯罪男の左腕がダランと垂れ下がって、血がぽたぽた落ちている。
その腕は、少女を捕まえていた腕だ。少女は左腕からは解放されていた。ちゃんと地面に立っている。
だが、信じられないことに犯罪男は右腕一本で少女を捕まえ、さらにナイフも右腕で持っていた。
器用な男だ。
そして、その男の後ろには仲間と思われる男が二人、地面に倒れていた。
二人の男が倒れており、目の前の男の左腕が傷ついているのは、もしかしたら先刻の物凄い風と関係があるのかもしれない。
先に口を開いたのは、犯罪男だった。
「はっ。なんで、バルクルのお偉いさんがこんなとこにいるのかねぇ?
おかしいじゃねぇか」
すると、今まであまり聞こえなかったフードの人の声がやっとはっきり聞こえた。
「……そうだな。それには、同感だ」
その声に、低音でつぶやくような話し方のせいで聞きづらかったことに気づく。
声を聞く限り、フードの人はどうやら男だったみたいだ。
それにしても、不気味な男だ。
レオンは黙っている。
「なんだ? 捕まえるのか? この俺を? いいぜ。捕まってやろうじゃないの。
まったく、ナーイスタイミングだぜ。あんた、親父がよこした奴かよ?
ま、どうでもいいがな。早く、連れてけよ?」
この男の、この自信はなんだ?
そのとき、レオンが口を開いた。
「……生憎ですが、俺は君を捕まえろ。という指令は受けていません」
「……へぇ? それで?」
犯罪男は楽しそうに言った。
フードの男は黙っている。
レオンが冷たい視線を男に向けながら言った。
「捕まえろという指令を受けてもいなければ、見張れという指令も受けてはいません」
「っっ!! だから、何が言いてぇんだよ? さっきからっ!」
犯罪男がじれったそうに声を張り上げた。
「君は頭が悪いみたいですねぇ。俺がこれだけ言ってわからないなんて」
レオンは微笑した。
目だけが笑っていない。獲物を狙うかのような鋭い目……
こんな恐いレオンは見たことが無い。
「あんた。本当にバルクルの連中かよ? だって、バルクルは……」
そこまで、男が言い終える前にレオンは動いていた。
男の腹に軽く手を当てただけのように見えた。
だが、男はそのまま後ろにふっとんだ。
女の子は? と思っていると、いつの間にかトルキッシュが抱え込んでいる。
エバァは、男が持っていたはずのナイフを踏みつけていた。
はっきり言って、僕には何も見えていなかった。
だが、三人がものすごいコンビネーションであの男から少女を救ったのは確かだった。
ん?
エバァはナイフを踏みつけているが、その腕には山ワニのチャコちゃんが!!
しっかりと抱きかかえられている。
エバァ……もしかして、ずっと抱いたままいたのか?
なんか、ムチャクチャ余裕そうだな。
僕がのんびりそんなことを考えていたとき、
「どこへ行く?」
レオンが言った。
誰に?
犯罪男は地面に伸びてしまっている。
そんな言葉が出る相手は一人しかこの場には存在しない。
フードの男は立ち去りかけた足を止めた。
そして、振り向かずにこう言った。
「後は、任せる」
そして、群集が我知らずに作る道を歩き去って行った。
僕は、フードの男が去って気が付いた。相当緊張していたらしい。
それに気が付いて、肩の力を抜こうとする。
周囲を見回すことがやっとできるようになった。
三人の犯人たちは、全員伸びてしまって起きる気配もない。
トルキッシュが抱きとめていた少女は気が抜けたのか、トルキッシュの横で地面に座り込んで俯いている。
もう、危ないことはなさそうだ。
「なぁ、まかせるって……俺様たちもここにいたらヤバイんじゃないのか?」
トルキッシュがのんびりと言った。
僕の思考が一瞬とまる。
って、そうだよ!
任せられても困るっ!!
だって、本当の警察みたいなのが来たら、この状況を説明しなきゃいけないわけで……。
僕たちの素性も聞かれるわけで……。
それは、なんか雰囲気的にヤバイなぁーというわけで……。
今すぐここを立ち去らないといけないのは、僕たちの方じゃないか!?
だが、周りは群集。立ち去ろうにも、動けない。
レオンは何かを考えるように、動こうとしない。
レオンが動かないと、僕たちこの群集の中から出られないんだけどなぁ~。
周りの目が痛いほど突き刺さる中、僕たちはただ立っている。
するとその時、群集をかき分けて軍服を着た人々が現れた。
全員、茶色い服だが、後ろから一人だけ紺色の服を着た人が現れた。
どう見ても、その人はその中で一番偉いと思わせる気品にあふれていた。
流れる黒い髪、キラキラと輝く瞳、色白の肌。眩しいほど美しい女性だ。
長い髪が優雅に風に舞っている。
それにしても、この女の人、背高いなぁー。レオンと10センチも変わらないんじゃないか?
当然、僕より背が高い。ちょっと、羨ましかったり……
その女性の指揮の下、茶色の軍服軍団が倒れている犯人たち三名を次々に手際よく縄で縛っていく。
三人の手に黒い手錠のようなものがはめられた。
すると、軍服集団が通るために群集が開けていた道を無言でレオンが歩いていく。
立ち去るのだろうか。何て大胆な。
ジェイサムを足元に従えて、その姿はやけに堂々としているように映った。
無言のまま歩いていくレオンをトルキッシュとエバァが慌てて追いかける。
もちろん、僕も追いかけた。
すると、後ろから声がかかる。
「レオン。お久しぶりね」
紺色の服を着た美人が笑顔でこちらのほうを向いて言っている。
だが、レオンは振り返らない。それどころか、無視して歩みを進めている。
知り合いじゃないのか?
「例の条件について……話があるんだけど……」
謎の美人が思わせぶりに放った一言にやっとレオンが歩みを止めた。
それを見て、後ろからその女性は近づいてくると、レオンのもとに行き、耳元で何か囁いた。
レオンが一瞬、顔をしかめた。
だが、すぐにもとの顔に戻る。
そして、何かをその女性に言った。
だが、声が小さくてここまで聞こえなかった。
レオンがその人に何事かを言った瞬間、謎の美人は後ろに合図を送った。
すると、茶色い服の一人が今回被害にあった少女を連れてきた。
そして、謎の美人は
「それじゃあ、私たちはこれで」
というと少女を僕たちに預け、3人の犯人を連れて引き上げていった。
その後ろ姿に向かって、レオンがボソリとつぶやいた。
「……変態オンナ」
え? 今……の……何? ……聞き間違い?
ヘンタイって聞こえたような?
アレ? え? もしかして、ヘンタイオンナって言った?
あの、レオンが??
え? え? えぇぇーーーーーっ!?
レオンッッッ!! 何を言われたんだっ?
どう見ても、ワケ有りなカンジだったし……。
すごく気になる。物凄く気になる!!
だけと、聞いたら最後、ものすごい内容の話をされそうで
僕は聞けなかった。
僕は小心者です(泣)
あぁーっだけど、気になるーっ!!
そんな心の葛藤を繰り広げていた僕の服の裾を、後ろから誰かが軽くひっぱった。
「ん?」
見ると、助けた少女が後ろに立っていた。
少女は僕より少しばかり背が低く、ステラブルーの長い髪に銀のカチューシャをしていた。
色白の肌に濃いブルーの瞳。瞳は大きくて、どこかの血統証付きの品のいい猫を思わせる。
「あの……」
少女が俯いたまま、黙り込んだ。
そして、次の瞬間
「ありがとうございました!」
少女が頭を下げて言った。
そして、あっという間にタタタっとかけていくと、
今度はレオンに向かって頭を下げ、
「ありがとうございました!」
と言っている。
「あの娘こ、一人一人全員にお礼言ってるよ」
エバァが僕のそばに来て言った。
エバァの隣で、トルキッシュがなんだかものすごく首を縦に振りながら頷いている。
嫌な予感がする。
「章平っ!!」
「はいっ!」
トルキッシュの突然の呼びかけに反射的に返事をしてしまってから、シマッタと思った。
僕の返事に気を良くしたのか、トルキッシュは大空を見上げて言った。
「俺様は……俺様は、いたく感動したっ! なんって、良い(よ)娘こなんだ!!
なぁ、章平。そう思わないか!? 我が弟よ。お前なら、俺様のこの気持ちを分かち合えるっ!」
いや、断言されても……。
っていうか、なんで大空を見上げてるのかと思ったら、もしかして涙を堪こら えているためか?
グスンとか鼻をすすってるって……オイ。
そこまで感動できるお前は、凄スギだ! トルキッシュ……
これが、大げさに演技しているわけじゃなく、全て本気だということが真面目にビックリだよ。
僕がトルキッシュの言動に疲労感を味わっていると、レオンの声が聞こえてきた。
「いえ、あのフードの人がほとんど片付けてくれていましたから」
少女のお礼の言葉を受けて、レオンが笑顔で言っていた。
なんだか、微妙に発言が物騒だと思うのは気のせいだろうか?
片付けて……って玩具おもちゃとか書類とかじゃないんだから。
僕がレオンと少女の話に耳を傾けていたら、トルキッシュとエバァも自然と二人の会話を見守っていた。
僕たち三人は、静かにレオンと少女を見ていた。
「いえ、とても助かりました。で、お礼と言ってはなんですが、
私の家にご招待したいと思うのですが」
少女が遠慮がちに言う。
レオンがその言葉に
「しかし、ご迷惑では?」
というと、
「いいえ。なんなら、泊まっていって下さい」
という返事が返ってきた。
レオンの困惑した空気を感じ取って、僕たち三人は自然とレオンの下へと足を運ぶ。
「しかし……」
レオンが困惑気味につぶやいた。
「どこかに泊まる予定でもおありですか?」
「え?」
「宿に泊まるお金もないと聞いたものですから」
なんで、そんなことを知ってるんだ?
「どうして、それをっ?」
思わず、僕が横から口を挟むと
「あの方がそう……。」
指差した先にはメイレンが……。
メイレン……いつの間に……。
っていうか、メイレン。今まで、どこにいたんだ?
「メ~イ~レ~ン~!」
トルキッシュが叫んだ。
「な、何?」
メイレンが後ずさりながら言うと、
「よくやった~っ!」
「きゃーっ!!」
メイレンに抱きついて、ぐーで殴られて吹っ飛ぶトルキッシュ。
おい。トルキッシュ。少女を助けたときのかっこよさが一緒にどこかに吹っ飛んでいったぞ?
「ぜひ、泊まっていって下さい。部屋は余っているので」
少女が笑顔で言った。
僕たちは少女の好意に甘えることにして、少女について行ったのだった。
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