第6話 逃亡
『お前たち、自分が何を言っているのかわかっているのか?』
「え? わ……わかってるよ」
サイアスが言った言葉に、僕が答えると
『だったら、お前の考えていることがいかにバカらしいことなのか、わかるはずだ』
サイアスが固い口調で僕に言った。その言葉に、
『そうですねぇ。だから、一週間のうちにあなたがたは出来るだけ遠くに逃げてください。どうせ、この術が解けることはないと思いますし……。俺も人型に戻ったら全力で逃げて、最後まで抵抗してみようと思います。その間にできるだけ遠くへ行ってくださいね。あの場所に俺が戻ってしまったら、奴らは俺の意思を無理やり奪って、
俺の身体を殺戮の為の人形に仕立て上げるでしょう。そして奴らは絶対また、あなた方を追いかける。そのときは俺も奴らの完璧な僕しもべです。だから、用心してくださいね」
とレオンがゆっくりとした口調で答える。
意思がなくなるって……。殺戮の為の人形って……。
なんなんだよっ! それっ!!
「何言ってるんだよ。それじゃ、レオンさんは……レオンさんはどうなるんだよ!?」
思わず、僕は叫んだ。
『俺はいいんですよ。あぁ、そうだ。最後にちょっとお願いしたいことが……。俺と友達になってくれませんか? 実は、敵じゃなくて友達になりたかったんですよね。
もしよければ、レオンって呼び捨てで呼んでください。そしたら、俺も章平って呼びますから』
レオンは晴れやかとでもいえそうな声で話し続ける。
「何言ってるんだよ。こんなときに」
僕が言うと、
『やっぱり、許してはもらえませんか……』
とレオンは哀しげにつぶやいた。
「わかったよっ! 僕とレオンは友達だよ!!」
僕がやけくそのように叫ぶと
「よかった」
と、ほっとしたかのようにレオンは言って、
「最後にあなたと友達になれてよかったですよ。でも、次会ったら、それはもう俺じゃありませんから、近づいて来ないでくださいね。それから奴ら……君の敵には、人違いだと言っても絶対に通じませんから、章平もちゃんと全力で逃げてくださいね!!」
と念押しした。レオンの決意は固まっているようだ。
「レオン……」
僕の敵って……何なんだよ……? なんで、そんなこと言うんだよ?
「確かに、それなら良い策かもしれないな」
サイアスが駄目押しのように言い放った。
「ダメだっ!! レオンを犠牲にして逃げるなんて、何の解決にもならないじゃないかっ」
僕は叫んだ。そんなのは、認めたくない。
『解決にはなっていないが、最善の方法だ』
サイアスが淡々と答える。認めたくないっ! 僕はまた叫んだ。
「僕の敵ってそもそも何なんだよっ!!」
『今言ったところでお前が敵のことを理解するとは思えない』
サイアスの言うこともわかる。確かに、最善の方法かもしれない。
敵のことを聞いてもわからないかもしれない。
でも……それでもレオンを犠牲にして助かろうなんて、いくらなんでもそんなこと僕にはできない。
「サイアス……。何か……何か術を解く方法はないのか?」
『そんなものは無い』
「本当にどうにもならないのか?」
『どうにもならないな』
「そんな……」
そうだ。わかっていたことじゃないか。僕には何の力もない。自分さえこの状況から救えない。でも、自分のせいで悪いことが起こると言われたことを認めたくはなかった。お前のせいで不幸になったなんて思われたくなかった。
本当に何の方法もないのか?
本当に何もできないのか?
僕は自分の無力さを痛感しつつ、つぶやくように言った。
「サイアス……レオンにかけられた術、……といてあげてくれよ。お前、魔法使えたじゃないか! 僕をここに連れてきたときみたいに魔法を使って解いてやってくれよ」
半分、自棄やけになって言っている。これではただの、駄々っ子みたいだ。
それは、わかっている。でも……。
『無茶を言うな。お前を探すのに、魔力を使いすぎている。俺が人の姿になれれば、可能性はあるが……』
サイアスの思わぬ言葉に、僕はすぐに飛びついた。
「人になればできるって?」
ところが、サイアスはしばらく沈黙した後、
『無理だ……。俺は人にはなれない』
と静かに言った。期待を持っていただけにショックも大きい。
「どうしてだよっ」
僕は多分悲壮な顔をしていただろう。しかし……
『どうしてもだ』
サイアスはそう言ったきり黙ってしまった。
しばらく静寂が続いた。その間に僕は一つの決意を固めていた。
「わかったよ。僕、レオンと一緒に行く」
一瞬、その場の空気が凍りつく。
『何を言ってるんだ。お前は』
サイアスは意味がわからないというように言ってきた。
「お前じゃない。赤岸 章平だ」
『そんなことはどうでもいい。レオンと一緒に行くなど、殺されに行くようなものだ』
サイアスが声を荒げている。
『そうです。何を言ってるんですか!! 俺と一緒に……なんて連れて行けませんよ。サイアスと逃げてください!』
レオンはきっぱりと言った。
「わかった。じゃあ、サイアスも一緒に来てよ。そしたら、殺されなくて済むかもしれないだろ?」
僕が努めて平静を装って言うと
『お前は何もわかっていない……』
サイアスがうんざりしたようにつぶやいた。
それを無視して、僕は言葉をつなげる。
「サイアスが一緒に来なくても、僕はレオンに付いて行くからね」
『だから、連れて行けませんって。章平』
レオンが必死に止めようとしている。
すると、傍そばでため息が聞こえた。ふわりとマントが浮かびあがる。
『おい。本気でレオンに付いて行く気なんだな?』
サイアスが言った。
僕はサイアスをにらみつける。
「そうだよ。いきなりこんな世界に連れてこられたと思ったら、帰してはもらえないし。わけわからないのに戦い始めるし……。自分のせいでレオンが大変な目に遭うのを見過ごせって言われて。それで黙って見過ごしたりしたら、心情的に最悪なんだよ!!」
僕は一気にまくし立てた。たぶん、このわけのわからない世界に相当ストレスがたまっていたんだろう。だが、八つ当たりではないはずだ。半分以上、いやほとんどの責任がこのマントにあると僕は思っている。
すると、僕の言葉をしばらく考えてか。サイアスが口を開いた。
『………………。しかたがない。わかった。俺もお前について行く。だから、そうグチグチ言うな』
どこか諦めたような口調だ。
『そんなっ。何を言ってるんですか!? あなたまでっ』
レオンが言ったが、
『諦めろ。こいつには状況認識の能力が欠けている。しかも、答えを変える気はゼロだ』
サイアスがウンザリだといわんばかりの口調でレオンに言う。
『それでいいんですか!? サイアス!!』
レオンが必死になって言っているが、それにサイアスは面倒くさそうに
『仕方がないだろう』
と言った。
「そうそう。諦めてよね。僕は意志を曲げるつもりはないから」
と僕が明るく言うと
『お前は見かけによらず頑固者だな』
とサイアスがまたも、呆れたようにつぶやいた。
それを聞いた僕は、内心「頑固者で悪かったな」と思いつつ、
「お前じゃないよ。章平」
と言った。やはり、名前くらいはいい加減覚えてもらわないと!!
ところが、サイアスはそれを聞くなりつぶやいた。
『ショウヘイ……変な名前だな』
サイアスなんていう変わった名前の奴に言われたくないよ!
僕は心の中でつぶやいた。
こうして、僕らは三人で逃亡することになった。
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