第6話
存在感は圧倒的であって、希薄でもある。
偉そうであって、慈愛に満ちてもいる。
目の前に現れた神という存在に対して私が受けた印象は、得体の知れないモノ、でした。
「それでは困るんだ」
その口調は威圧的ではありませんでしたが、強圧的でした。
その言葉に無理やりに従わされてしまいそうになります。どんなに自分の意にそぐわないことであっても、身体が動いてしまい、しかもそれを不思議だと思わなくなりそうな感覚。
これが神ですか!
「勇者と魔王は闘い、最終的には勇者が勝つ。これは摂理なんだ。逆らうことは許されない」
「許してもらおうなんて思っちゃいない」
魔王様が絡みますが、神は構わず話を続けます。
「しかも人間と魔族が共生するだと?バカバカしい。二つの種族が存在すれば共生などありえない。争うのが自然なんだ。そして勝った方がこの世界を統べる権利を得る。もっとも安寧の未来を約束するわけではないがね」
「お前は何をしに来たんだ」
魔王様は非常に不機嫌そうです。
「べらべらと御託を並べていたって、俺とこいつは闘わないぞ」
「それでは困るんだ」
神は繰り返します。
「だったらどうする」
「仕方がないな。二人には消えてもらおうか」
閃光が走りました。
魔王様が光弾を打ち込み、勇者が剣を一閃させます。
しかし神は何もなかったかのようにそこに立ったままです。
「君たちの世界では、神に対する畏敬の念はないのですか?」
「俺たちはお前を神だと思っているわけじゃない。お前が神だと名乗ったから、そう呼んでいるだけだ」
勇者は神を名乗る男に剣を向けています。
「自称神だなどと、私が痛い人みたいじゃないか」
「神なんてだいたい痛いもんだろ」
そう言って勇者は切りかかりましたが、やはり神を倒すことができません。神は剣を避けているのではなく、なぜか当たらないのです。わざと当てていないようすら見えます。
「君の勇者としての命は私が与えたものだ。その私に勝てるわけがないでだろう」
「
「さすがに君に言われるのは心外だな。それに私はチーターではない。ゲームマスターだ」
「ゲームマスターも、盤上に下りればプレイヤーだ」
話の内容はよく分かりませんが、戦況は徐々に変わりつつありました。勇者の攻撃は相変わらず一度も掠ってすらいませんが、自称神は避け始めたのです。今までは攻撃が神を避けていたのに、今は神が避けなくてはならなくなっている。
「行けます!」
私は思わず叫んでいました。
人並の信仰心を持っているつもりですが、目の前にいる神を自称する男の傲慢な態度にはそんなものは吹っ飛んでいました。
こいつは倒すべき相手です。
「おうよ」
勇者が一歩引き、代わりに赤い刀身の剣を持った魔王様が斬りかかりました。
その攻撃は当たりませんでしたが、続けてラオウ様、サクラ様、執事さんが攻撃を仕掛けます。そしていつの間にか現れた骸骨軍団が四方から飛びかかりました。
白い塊のようになった骸骨軍団はしばらくガシャガシャ動いていましたが、内側から弾き飛ばされてしまいました。派手な音を立てて周囲に大量の骨が転がります。
「
今までずっと上から目線だった自称神が不機嫌を露わにしました。
最初は避ける必要すらなかった攻撃を避け始め、数の攻撃に防御せざるを得なくなり、ついに攻撃に転じざるを得なくなったのです。
再び魔王様たちが攻撃を仕掛けます。勇者も、さらには騎士と魔法使いも戦列に加わりました。神様に仕える職業である僧侶の姿が見えなくなったのは、さすがに仕方ありませんかね。
「私に逆らうなと言っている」
魔王様も勇者も他の方たちとは比べ物にならない力の持ち主です。しかし自称神は、それを遥かに上回る力で反撃しました。一撃で全員が弾き飛ばされ、壁に叩きつけられました。ラオウ様はすでに壊れている窓側に飛ばされたので、そのまま姿が見えなくなりました。
この場に立っているのは、自称神と私だけです。
ジロリと金色の瞳を向けてきます。
「ちょうどいい。喉が渇いた。茶を入れてくれ」
私、さっきこの屋敷に付いたところなので、お茶の道具の場所も、厨房の場所も知らないんですよね。知っていても入れる気はありませんけど。
「屋敷に押し入って来られた方に、ご主人様の許可もなくお茶を入れることはできません」
できる限り丁寧に答えました。
「メイド風情が何を言っている。私は神だぞ」
自称神は不快感を露わにしました。さすがにちょっと怖いですけど、堂々と答えます。
「私は魔王様のメイドです。魔王様にお仕えすると決めた時から、魔王様に敵対する者は、神であろうと勇者であろうと私の敵です」
それが、メイド拳法を授けてくれた、メイドの大先輩であるおばあちゃんの教え。
構えた私の背後で、二つの気配が動きました。自称神はそれを見て、また不快な顔をします。
「なぜまだ立つ。もう勝てないと
「お前は勘違いをしている」
魔王様の声には少々疲れが見えますが、やる気は十分に伝わってきます。
「俺を魔王にしたのはお前だ。そのことには感謝もしている。だがな、魔王になることを選んだのは俺だ。俺は自分の意志で魔王になったんだ」
「残念ながら勇者になったのは強制的だったが……」
勇者が剣を構えながら続けます。
「聖剣エルケニッヒブレイカーは魔王の力を破る剣。お前が魔王を生み出したのであれば、この剣は魔王と因果のあるお前を撃つ」
あいかわらずお二人の話は良く分かりません。しかし自称神に対する怒りの気持ちが一緒であることは十分に伝わってきました。
「とにかく、お前に一番言いたいことは」
魔王様がすっと息を吸い込みます。
「メイドさんは、メイドさんって呼べ―」
勇者と息をぴったり合わせてきました。本当に仲良しですね。
不本意ですけど、その言葉を合図に突進します。魔王様と勇者の力が私の中に流れ込んでくるのが分かります。
戸惑いの表情を浮かべている男の間合いに入りました。
この
「
崩拳を打ち込み、回り込んで鉄山靠、最後に双掌を放つ三連撃。
メイド拳法の最終奥義です。
そして最後の一撃、普通であれば相手は衝撃で飛んでいきますが、それを許さず、その場に止めたまま、打撃の威力の逃すことなく全てを相手の身体に与える。ずっと完成させることができなかった極意をこの大一番で完成させることができました。
おばあちゃん、見てくれましたか?
自称神はガクリと膝をつきました。
「こんなことが許されるはずがない」
小さい声で呟いています。
「そうだな。今度はメイドさんへの言葉遣いを勉強してから来い」
魔王様、そういうことを言っているんじゃないと思います。
自称神はそれには答えずゆっくりと目を閉じました。そして塵のように粉々になっていき、最後には風に飛ばされていきました。
「倒した……んですか?」
「座に戻っただけだろうな」
勇者が答えてくれますけど意味は分かりません。
「とりあえず勝ったってことだ」
魔王様が嬉しそうに教えてくれます。
ああ、それは本当に良かったです。
そう思うと一気に力が抜けて来ました。ガクリと膝をつき、床に倒れるところを魔王様が抱え込んでくれました。
うわー、美形の顔が近くにあります。って、ちょっとだけ感動しましたけど、そんな意識も急速に失われていきます。魔王様が何かを叫んでいますが聞こえません。
考えてみれば、今日は朝早くに起きて、乗り心地の悪い乗合馬車に半日乗り、緊張しながら初めてのお屋敷を訪問し、ご主人様は魔王様で、勇者と闘って、神様とまで闘ったんですよね。
今までも色々と苦労してきましたけど、こんなに大変な一日は初めてでした。
メイドのお仕事を何もしていませんけど、許してもらえますよね。
そう思いながら、私は意識を失ったのでした。
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