第5話



「俺たちは高校の同級生で友達だった」


 魔王様がゆっくりと語り始めます。


「いつも放課後、空き教室で色んなことを語り合っていた。メイドさんのホワイトプリムはどのタイプが至高かとか、メイドさんになんて呼ばれたいかとか、メイドさんにあうタイツは何色かとか、メイドさんに一番合うペットはなにかとか……。お前たちには理解できないかもしれないが、俺たちの世界ではメイドさんという文化は想像の世界だけで、現実にはほぼ失われていたんだ。俺たちはそんな現実に絶望しながらも、理想のメイドさんを求めて、日々語り合っていたんだ」

 なんですか、その気持ち悪い集まり。

「ある日、いつものように空き教室で語り合っていると大きな衝撃が来て、一瞬気が飛んだ。気が付くと、知らない場所、雲の中にいるように白くてフワフワしていて、光の帯がキラキラと走っているような不思議な場所にいたんだ。そして目の前には髭を生やした男がいて、自分は神だと言った」

 勇者は魔王様の話にうんうんと頷いています。

「俺は死んだって話だった。神の手違いだったらしい。生き返らせることはできないが、お詫びに別の世界に転生させてくれて、その世界でなんでも願いを叶えてくれると言った。だから俺は、魔王になりたいと言ったんだ」

「ちょっと待て」

 勇者が口を挟んできました。

「お前、そういう場合はメイドさんを雇いたいって願うと言っていたじゃないか」

 どういう想定問答ですか!

「ああ。しかしお前も知っているように俺にはもう一つ夢があった。魔王になりたいという夢が」

「そうだったな。確か魔王名はアムネスティⅡ世」

「……それは忘れてくれ」

 顔を反らしながら頼んでいます。魔王様にも恥ずかしいことがあるんですね。


「俺は考えた。二つの願いを叶えるにはどうすれば良いのか。神はせっかちで、早く決めろと迫って来る。オレは頭をフル回転させて、最適解に辿りついた。魔王になって、メイドさんを雇えば良いのだとな」

「なるほど!」

 いや、そんなに晴れ晴れとした顔で感心するようなことじゃありませんよ。

「そして俺は手に入れた。魔王の座と、メイドさんという二つの宝を」

 私を雇えたのは執事さんが頑張ったからですけどね、と思いながら執事さんの顔を見ますが、相変わらず表情に変化がなくて何を考えているのか分かりません。


「……俺の時と違うな」

 勇者に語りの順番が回ったようです。

「神は俺に勇者になるように言った。選択肢なんかなかった。メイドさんを雇うなんて選択肢はなかったんだ」

 吐き出すように言うと、俯いてぐっと拳を握り締めている。もしかして涙をこらえているんですか?

「それは、魔王様が魔王様になることを選んだからですかね?昔から勇者と魔王は一対のものって言われていますから、魔王が現れるということは勇者も現れることになります」

「多分俺の方がちょっと早く死んだから、選ぶことができたんだろうな」

「勇者になるのは良い。お前が魔王になりたかったように、俺は勇者になりたかったからな。しかし勇者は魔王を倒す旅に出なければならない。メイドさんを雇うことができないんだ!」

「魔王を倒せば褒賞が出るんだろう。それで雇えば良いじゃないか」

 魔王様、自分が何を言っているか分かっているんですか?


「そうだな。魔王の正体がお前だと知って少し躊躇していたから、そう言ってくれるなら助かる」

 勇者は腰の剣を引き抜きました。

 ほら、こうなるに決まっているじゃないですか!魔王様のバカ!

 闘う気まんまんで向かい合ったものの、魔王様と勇者のおしゃべりが始まってしまい、完全に気が削がれてしまっていた魔族四天王と勇者三銃士の皆さんも、慌てて戦闘態勢を整えます。ラオウ様あくびしてちゃダメです。

「お前たちはそいつらと遊んでいろ。勇者は俺がやる」

 魔王様がゆらりと立ち上がります。

「御意」

 窓ガラスが派手な音を立てて粉々に割れ、いつの間にか皆さんの姿は消えていました。すぐに窓の外、庭の方から派手な戦闘音が聞こえてきました。さすが超上級魔族と勇者の従者たちです。激しい戦闘が行われているようです。


 しかし彼らを遥かに凌駕する力が二つ発現しました。

 魔王様と勇者が、今まで抑えていた力を解放したのです。狭い部屋の中に二人が存在しているというだけで、力がぶつかり合い、その境界線では火花が舞っています。

「物語の序盤では、魔王は勇者には勝てない」

 魔王様は高らかに言います。

「勇者は旅をすることでレベル上げをして、魔王に辿りつくまでに魔王を倒せるだけの力を得るんだ。旅をせずに飛んできたお前に勝ち目はない」

「物語の序盤では破れるが、そこから努力して魔王を倒す力を手に入れるのも定番だぞ」

「つまり、第一戦はどちらにせよ負けることを認めるんだな」

「お約束でなくて悪いが、ここも俺が勝って、メイドさんは貰っていく」

「やってみろ」


 魔王様が前に突き出した右手から魔力の奔流が迸ります。

 勇者はそれに剣を振り下ろしました。

 大きな爆発が起こりました。

 爆風が治まるのを待ってから目を開けると、勇者が立っているのが見えました。

「魔王様は!」

 視線を向けますが、さっきまで立っていた場所にはいません。その後ろの壁に大穴が開いており、その真ん中に埋め込まれたような状況の魔王様を発見しました。


 ええー。魔王様よっわ。


「大丈夫ですか」

 駆け寄りましたがとても大丈夫だと言える状態ではありません。傷だらけで、大量の血を流しています。

「……どういうことだ」

 魔王様はか細い声で、近寄ってきた勇者に問いかけます。

「お前には選択肢があった。メイドさんを雇うことを願うか、魔王になることを願うか。しかし俺には選択肢がなかった。勇者になることが決まっていたんだ。俺だけ願い事を叶えてもらえないのは不公平だと思わないか?」

 私は魔王様を庇いながら勇者を見据えました。この人は本当に勇者なんですか?目が怖いんですけど!


「神は俺に勇者になって魔王を倒すように言った後、なにか願いはないかと訊いてきた。俺がなにを願ったか分かるか?」

「……チート能力だな」

「さすがだな」

「どれだけ一緒にゲームをやったと思ってるんだ。どれだけ卑怯な手を使ったとしても、確実に勝てる方法を選ぶのがお前だ」

「そうだ。俺は神に魔王を簡単に倒せる力を望んだ。そして授けられたのが、聖剣エルケニッヒブレイカーだ」

 そして剣の切っ先を魔王様に向けてきます。

「この剣の前ではお前は無力だ」

「チート野郎が」

「お互い様だろう」

 勇者は剣を大上段に構えます。

 前世は友達だったんじゃないんですか?そんなに簡単に殺しちゃえるんですか?

「メイドさん、どいていろ」

 魔王様が弱弱しい声で命じてきます。

「でも……」

「安心しろ。これは魔王を断ち切る剣。メイドさんは傷つけない」

 全然安心できないんですけど!

「それでも、どいていろ」


 魔王様、外見だけじゃなくて中身もちょっとかっこいいじゃないですか!

 きゅんってしたので、ちょっとサービスしちゃいます。


 勇者が振り下ろした剣の間合いの内側に潜り込むと、左腕を掴んで引っ張って軌道を変えます。そのままたいを入れ替えます。足を揃えて少しかがんで力を溜め、その力を一気に開放して背中を叩きつけます。


鉄山靠てつざんこう


 まともに食らった勇者は壁に叩きつけられ、魔王様の隣に仲良く崩れ落ちました。

「鉄山靠だと」

 驚いていますけど、魔王様、この技を知っているんですか?

「まさか、鉄山靠をこの身に受ける日が来るとは思わなかった」

 さすが勇者、渾身の一撃だったのに気を失ってもくれませんか。ってこちらも鉄山靠をしっているんですか?一応めったに見せない奥義なんですけど。

「正直羨ましい」

 魔王様何を血迷ったことを言っているんですか。さっきまで瀕死だったのに元気ですね。食らわせますよ。

「その技はどこで習ったんだ」

「私のおばあ……、祖母に習いました。祖母もメイドだったのですが、メイド拳法の使い手でもありました。鉄山靠はメイド拳法の奥義の一つです」


「メイド拳法!なんて素晴らしい響きなんだ!」


「異世界って素晴らしいな」


 二人で盛り上がって、とてもさっきまで殺し合っていたようには見えません。

「おばあさんの名前はなんて言うんだ」

「アキラです」

 その名前で二人はまた盛り上がっています。ちょっと変わった名前ではありますけど、そんなに騒ぐほどのことですか?

「アキラが異世界転生をして、拳法を広めたのか」

「おばあさんだって言ってるだろ」

「転生した時に女に変えてもらったんだろう」

「そんな願望があったのか?アキラに女装コスプレ衣装ってあったっけ?」


「魔王様たちは何を話しているの?」

 いつの間にかサクラ様が隣に立っていました。他の人たちも部屋に戻ってきて、盛り上がっている二人を呆れた顔で見ています。ラオウ様は……、あ、ボロボロだけど生きていますね。

「分かりませんけど、仲直りしたみたいです。サクラ様たちは勝ったんですか?」

「上がやる気ないんじゃ、こっちも本気になれないわよね」

 痛み分けということですか。


「それで、どうするんだ?」

 時間が経ったので回復したらしく、自らに治癒魔法をかけた魔王様が立ち上がりながら勇者に訊ねました。勇者は僧侶に治癒魔法をかけてもらっています。

「メイドさんは命を懸けてお前を守った。金の上での関係だろうが、お前を主人として認めているということだ。メイドさんの幸せを願う者として、主人であるお前を切ることはできない。本当に良いメイドさんだ」

「ああ。俺はメイドさんに恵まれた」


 私のことを褒めていますか?もっともっと褒めてください。

 口で褒めるだけじゃなくて、特別ボーナスを出してくれても良いんですよ。


「それにお前が言っていた人間と魔族が共生できる世界にも興味が沸いた。確かに俺たちは異世界から来た。だから、この世界の慣習や伝統に縛られる必要なんてない。どうせなら、新しい世界を作った方が面白そうだ」

「そう言ってくれると思っていた」

 魔王様が差し出した手を、勇者は力強く握り返しました。

 めでたしめでたし。パチパチパチ―――と思ったのですが。


 先ほどの一連の戦闘の影響で、窓側の壁は一面全て無くなっていました。そこから白くて強烈な光が差し込んできたのです。手をかざしながら光の方を見ると、ぽつんと小さな黒い影が現れました。その影は段々と大きくなり、人の形を取りました。

 髭を生やした、ゆったりとした赤い服を着ている男性です。


「それでは困るんだ」


 口調は軽い感じでした。しかし、胸の奥にドンと響く重さがありました。圧倒的な上から目線なのに、あまりにも上すぎて私たちにはそれが分からず、逆に身近に感じてしまうような感覚。

 今までに感じたことがないような不安に襲われている中、魔王様と勇者が男を呼びました。


「神!」



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