第3話
「メイドさん……、メイドさんだぁ」
やり直しで再び部屋に入ると、超絶好みのイケメンがボロボロと泣き崩れました。
さっきと対応が違い過ぎます。
あの外出着はボロとは言え、一張羅のオシャレ着なんですよ!それに対してあんなに塩対応だったのに、ボロさでは同レベルのメイド服に感激の涙を流すってどういうことですか!
そんな文句も引っ込むぐらいに酷い有様で泣いています。
美しい顔が歪んでしまってもったいない。
この世のものと思えないぐらい綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしたいという嗜虐に駆られたのは確かですけど、こんな展開は想定外です。正直思いっきり引いています。
隣に立つ執事さんを見上げると、慣れているのか無表情で主人のあられもない姿を見降ろしています。
ぐるりと部屋を見回してみます。
先ほどは気が付きませんでしたが、室内にはイケメン以外にも人がいました。
部屋の右手には窓が並び、レースのカーテンが掛かっています。正面は少し高くなっており、そこに置かれた椅子にイケメンが座っています。その背後には、巨大なレリーフが掛かっていたような跡が見えます。雨漏りの床の修理が間に合っていなかったように、ここも改装中なのかもしれません。
そして左の壁際に人影が並んでいます。
一番手前に立っているのは瘦せすぎたスキンヘッドの男。その次に妖艶でプロポーション抜群の美女。一番奥にいるのは髪と髭を豊かに蓄えている大柄な男。系統は違うものの皆、美形さんです。
ここは美形の館ですか?
そうであれば私はすぐに追い出されてしまうかもしれません。
私は自分の容姿は並よりは上だと思っているけど、こちらの皆さんはかなりレベルが高くて比べ物になりません。
その顔面偏差値の高い皆さんが、今はうんざりとした顔で、中央のイケメンを見ています。彼らも主人の乱心に辟易しているみたいです。
こちらから訊きたいこと、確認したいことは山ほどありますけれども、こういう場面でメイドから口を開いて良いものではありません。執事さんから紹介していただくなり、ご主人様から話しかけていただくなりしないといけませんが、一向にその気配がありません。
この居心地の悪い状態がいつまで続くのだろうかと困っていると、
「名前はなんていうの?」
お姉さまがどのような立場でここにいるのかは分かりませんけど、貴族にしては粗野な話し方です。溢れだしている色気には良く合っていますけど……、しかし胸がでかい。でかすぎです。何が入っているんでしょうか。
「リンダと申します」
ぴしっと背筋を伸ばし直してから答えました。
「私はサクラ、こっちのデカいのはラオウ、ガリガリなのはアイマック。よろしくね」
「はい。よろしくお願いいたします」
三人ともあまり聞いたことがないお名前です。異国から来られたのでしょうか。
しかしそれよりもまず、確認しておかなければいけないことがあります。
「あの、一つお訊きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「なにかしら?」
「お給金が一日千カネーというのは本当ですか?」
がははははははははと豪快な笑い声が響きます。ラオウ様が右手で顔を抑えながら、大柄な体に合った大きな声で笑っています。
「最初に聞くのがそこか。他にも訊くことがあるだろう」
「私にとっては大事なことです」
「そんなに金に困っているのか?」
「理由をお話しなければなりませんか?」
「面倒ごとに巻き込まれるのは困る―――、と普通は言うんだろうが」
ラオウ様は嬉しそうににやりと笑いました。野獣のような笑顔です。
「俺たちにとっては問題じゃない。その豪胆さは気に入ったぞ」
「恐れ入ります」
褒められている、んですよね?
「給金は募集通りにお支払いいたします」
隣から、斜め上から執事さんが口を挟んできました。
「もしかして足りませんか?」
「とんでもありません。十分な金額です」
もちろん、給金は高ければ高い方が良いです。しかし、欲のかき過ぎは良くないとご主人様は言っていました。相場の十倍の給金を貰えるならそれで十分としなければなりません。
もっとも、十倍の給金にだって落とし穴があったんですけどね。私はその開いている穴に自ら飛び込みにきたのです。
「もう一つ宜しいですか?こちらの方が魔王……魔王様なんですよね?」
指さすと、当の魔王様は「メイドさんが俺のことを魔王様って呼んでる、メイドさんが俺のことを指さしてる」などとぶつぶつ言ってまた涙を流しています。
気持ち悪い。
「そうよ」
「ということは、皆さまも魔族なんですよね?私、魔族の方にお会いするのは初めてなんですけど、見た目は人間と変わらないんですね」
魔族は普通、魔王の国で暮らしています。人間の国でも、山奥の洞窟などに住んでいたり、森や地下通路で遭遇したりすることもあるらしいけど、基本的には人里離れたところに住んでいると聞いています。私が生まれ育ったのはそれなりの大きさの地方都市で、メイドをしていたのは王都だったので、魔族に会ったり見たりしたことはありませんでした。
人間の世界では、魔族は人を襲う蛮族であり、醜悪な容姿をしていると伝えられていましたが、ここにいるのは人間界では見たことがないほどの美形揃いです。
特に魔王様の容姿は本当に好み。大好き。
なのに、どうして中身はこんなに残念なんでしょう。
「がはははははははは」
ラオウ様が再び豪快に笑いました。
「本当に変わった人間だな。俺たちが怖くないのか」
「魔族の方は人間とは違う容姿をしていると聞いていたのですが、皆さまは人間にそっくりなので怖くはありません」
「ははははは、そうかそうか。魔王様が人間としての外見と名前を俺たちに与えて下さったのだ。魔族の中には元々人間と見分けがつかないものもいるがな」
「私なんて必要ないのに、魔王様好みの外見に変えられたのよ」
「お前は元の姿がエロすぎるからだ」
今まで私に変態的な視線を向けながらぶつぶつと呟いているだけだった魔王様が、突然勢いよく会話に入ってきました。
お姉さま、今でも十分にエロイんですけど、これ以上エロかったってどれだけエロかったんですか!
「ふふふ、ありがとう」
お姉さまが蠱惑的な笑顔を向けてきました。
「え?……私、声に出してました?」
「私はね。相手がエロイことを考えている時にだけ、その思念を読むことができるの」
「そうなんですか」
さすが魔族……なのかな?
「それは本当か?」とまた魔王様が会話に入ってきました。
「本当ですよ」
「なにい」と慌てた様子で頭を押さえています。
「ふふふ、安心してください。魔王様の思念は読むことができません」
「それは本当か?」
「はい」
お姉さまは意味ありげに首肯しました。思念を読むことができなくても、魔王様の視線や表情を見ればエロイことを考えているかどうかは私にでも分かります。
「良かったー良かったー、本当に良かったー」
ぬか喜びしながら呟いている様子は本当に愚かですね。
「というか!」
魔王様はいきなり立ち上がりました。今度は怒りの表情を浮かべています。情緒不安定なんでしょうか?
「お前たち!なんで勝手にメイドさんとお話をしているんだ!誰の許可を得て、俺よりも先にメイドさんとお話しているんだ」
指差されたお姉さまとラオウ様は、そんなことを言われても、という感じで顔を見合わせています。二人が私と話をしていたのは、魔王様が話をできるような状態ではなかったからです。二人は魔王様のフォローをしてくれていたのです。
「俺が雇うんだから、まずは俺と話をするべきだろう」
「その通りですね」
二人は反論することなくあっさりと、しかしぞんざいに引き下がってしまいました。この辺の緩さが、人間ではなく、魔族っぽいところなのかもしれません。
そして誰も魔王様の認識が間違っていることを指摘しません。
小さな家ならばともかく、このレベルのお屋敷であれば主人はメイドと口をきかないのが普通で、新しいメイドの面接は執事やメイド長が行うものです。
ずっと気になっているんですけどメイド長っぽい人を見かけません。まさか、サクラお姉さまがメイド長ってことはないですよね。
「さて……」
魔王様が呟くと赤い光がその身を包みました。すると泣き崩れてしわくちゃになっていた服が直され、涙でぐちゃぐちゃになっていた顔が綺麗に整えられ、流れるような髪も復活しました。
これが魔法の力なんですね!なんて羨ましい!朝寝坊した時も、これなら一瞬で身支度を整えられます。
居住まいを正すとじっとこちらを見つめてきます。うーん、やっぱり好み。
「メイドさん、君の名前を教えてもらおうか」
口を開くとやっぱり気持ち悪さが沸いてきます。
そしてそこからやり直しなんですね。
「リンダと申します」
「リンダか。い、良い名前だな。姓はなんという?」
「……姓はございません」
「姓がない?なぜだ?」
質問の意味が分からなくて困っていると、執事さんが助け舟を出してくれました。
「平民の多くは姓を持っていません。姓があるのは領主より身分が上の者です」
「そうなのか。ふーん。では俺が与えよう」
「え、いえ、えーと、
「なんでだ。魔王直々に仕えるメイドさんだぞ。そこらの領主より身分は上だろう」
「そ、そうですかね?」
暴論じゃないですかね?
「そうに決まっている。考えておくから待っていろ」
「ありがとうございます」
メイドとしては、ご主人様にはそのように応えざるをえません。
でも、大丈夫かな。魔王といえば、粗相をしたら最悪生きたまま食べられるぐらいのイメージがあったんですけど、そんな気配は全くありません。全く怖くない。怖くない魔王ってあり?怖くないのは良いんですけど、情緒不安定だし、言っていることは支離滅裂、正直言ってお仕えするのは不安がいっぱいです。まだギリギリ、お断りして帰るのは間に合うだろうけど、ここ以上の高給がもらえるあてはありません。
一日千カネーはやはり魅力的で、考えただけで目の前がキラキラと光ります。
借金を早く返して、綺麗な身体になりたいんです。
「うむ」
忖度した返事に魔王様は満足そうに頷くと、椅子に座りなおしました。
その座り方が優雅さとか傲慢さに欠けていて、あんまり魔王様っぽく見えなくて残念です。
ところでこれで面接は終わりなのでしょうか?終わりならその結果を早く聞きたいです。万が一にも不採用はないと思いますけど、早く安心したい。
しかし魔王様はなかなか口を開いてくれません。他の四人も同様です。執事さんを見上げると「どうしました?」という顔で見返されました。
先ほど、執事に慣れていないと言っていました。魔族の皆さんは、こういう時にどのように振る舞えば良いのか知らないってことですね。
つまり、自分で訊かないといけないんですね。
「それで魔王様、私はこちらで雇っていただけるのでしょうか?」
「もちろん採用だ」
パチンと指を鳴らして下さりますがその仕草は耽美系な外見には合っていません。
「それで、この屋敷に勤めようと思ったきっかけは?」
しゃべり方がいよいよ軽くなってきて容姿との乖離が激しいです。って、まだ面接続けるんですか?採用じゃないんですか?
「お給金が良かったからです」
びっくりしてつい本当のことを答えてしまいました。
「えっ?お金?」
あからさまにがっかりした顔をしています。
「メイドさんの仕事に憧れていたとか、魔王様の下で働きたいとか、そんな動機じゃないのか?」
「……前の仕事もメイドでしたから、メイドに憧れるっていうのはないですね」
魔王の下で働きたいメイドなんていない、って思っているのは伏せておきましょう。
「でも、メイドの仕事に誇りを持っていますから、精一杯働かせていただきます」
すかさずやる気をアピールする。借金を返すためにもバリバリ働きますよ!
「そうかー、君はそっち系かー」
それなのに魔王様は少々不満顔です。
「優秀そうだもんな。ドジっ子は夢か……」
優秀だったらいけないんですか?そしてドジっ子ってなんですか?
「良いんだ。夢は夢のままである方が美しいと言うし。テキパキと働く優秀なメイドさんももちろん大歓迎だ。優秀ではあるんだけど、たまに犯した失敗で悔しそうな顔をするのも捨てがたいけどな」
「はい……」
何の必要があるのか分かりませんけど、そんな演技まで求められる職場なんですか?
「わざと失敗したりはできませんけど、失敗した時にはご希望に沿ってみます」
「わざとは駄目だ。自然に出てくる表情だからこそ、美しく萌えるのだ」
ここまでで一番きりっとした顔で一番くだらないことをおっしゃいます。
「……はい」
だんだん相手をするのが飽きて来ましたよ。
「得意な仕事はなんだ?」
「掃除と洗濯が得意です」
「料理は?」
「前のお屋敷には料理人がいましたので、料理はしたことがありません。お茶を入れるぐらいならやっていました」
「メイドさんが入れてくれるお茶、良いな」
魔王様はうっとりと恍惚な表情を浮かべていますけど、ただのお茶ですよ。
「そう言えば……」魔王様の視線が私から横にスライドして執事さんに移されました。
「この屋敷の料理を作っているのは誰なんだ?サクラか?」
メイドは魔王様直々に面接しているのに、料理人が誰なのか知らないんですか?
「私の配下の者が担当しております」
今までずっと黙っていた痩せて顔色の悪い人、アイマック様が答えた。
「骸骨軍団が?俺、骸骨が作った料理を食べていたのか?」
魔王様は驚きの声を上げ、口の前に持って行った手を震わせています。
骸骨軍団が配下ということは、アイマック様も骸骨ということよね。だったらやせ細った外見も納得です。
「料理人も含め、現在この屋敷の維持管理は骸骨軍団が担当しております。執事様の魔法で人間に偽装していますから、村の人間たちにも怪しまれることはないと思います。ですので、リンダには骸骨軍団と一緒に働いてもらう……」
「メイドさんと呼べ―」
突然だった。
魔王様が何をやったのかは分からなかったが、怒声と共に右手を払うと、当たる距離ではないのに、アイマック様の頭が吹っ飛びました。
大きな音を立てて壁にぶつかった後で床に落ち、ゴロゴロと転がったのは
「ひっ」思わず上ずった声が出てしまいます。
「これは失礼しました」と髑髏が軽い感じでしゃべります。
頭のない身体がひょこひょこと歩いていき、髑髏を拾って頭に乗せると、再びアイマック様の顔が現れました。何事もなかったかのように飄々と訊ねます。
「では、彼女のことは『メイドさん』と呼ぶということでよろしいですね」
「当り前だ」
当たり前なんかじゃありません。
メイドは屋敷の中では一番下の身分です。先ほどの話によれば、アイマック様はメイド長的な立場ということになります。だったら、『メイドさん』なんて絶対に呼びません。名前を呼び捨てるのが正しいのです。
この魔王様はなんだか変です。
最初は魔族だから人間の世界のことを知らないのだろうと思っていましたが、魔族のことについても詳しくないように思えます。
とっても不可解。
最近急に魔王になった、……ううん、それだけじゃない。最近急に魔族になったばかりのような知識の薄さ。魔王とは思えないような軽い言葉の数々。ちっとも威厳というものが感じられないし、部下の方たちも接し方に困っているように見えます。
そしてメイドに対して誤った知識を持っていて異様なこだわりを見せている……
考え込んでいる間に、ぱっと、最近王都で聞いた話が頭に浮かびました。
それは魔王様に対する数々の疑念と容易に結びつきました。
そういう話なら納得ができます。それは確信にも近かったので思い切って訊くことにしました。
「もしかして、魔王様は異世界から転生してきたんですか?」
「なっ」
意外にも最初に声を上げたのは執事さんでした。そして魔王様も他の皆さんも非常に驚いています。
「なぜそれを知っている」
一気に室内の緊張度が上がったのを感じました。魔王様は驚きの表情を浮かべたままですが、配下の方たちは戦闘態勢に入っていることが雰囲気で分かりました。背中を冷たいものが走り抜けます。待ってください待ってください、皆さんと敵対する気はありませんから!
急いで誤解を解かなくては!
「最近、王都に異世界から転生してきた人がいるんです」
私は早口で続けました。
「勇者様が転生してきたんです」
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