第2話
私はリンダ、十七歳です。
二年前に
破天荒でクセが強くて適当で、良い人だったとはとても言えないけれども、笑顔が素敵な人でした。二年間という短い時間で、これからの人生を生き抜いていく中できっと必要になるのであろう大切なことをたくさん教えてもらいました。
それなりの恩義は感じていたので、二人の思い出の品を形見分けしてもらえるよう希望したら、大勢の遺族によってあっさりと了承されました。なんて優しい人たち!
そればかりか、形見の品だけではなくて、ご主人様の遺産をそのまま付けてくれたんです。
その遺産には、借金って名前が付いています。
最悪!
ご主人様が多額の借金を抱えているなんて全く知りませんでした。思い返してみれば、親族との仲は良好ではなかったし、目つきの悪い連中が家の周りをうろついていたこともありました。
何に使っていたのかは分かりませんけど、膨れ上がっていた借金を、親族たちはいたいけなメイドに押し付けたのです。
なんて酷い
もちろん猛抗議しましたけど、遺産を相続しないのであれば形見の品も渡せないと言われ、泣く泣くその条件を受け入れました。
形見の品が欲しいというだけではなく、ご主人様を切り捨てるような、厄介者が亡くなって清々したというような態度に腹を立てていたからという理由もあります。
とにかく、私は十七歳で百万カネーの借金を背負ってしまいました。
ちなみにメイドの一般的な給金は一日約百カネーです。
どうしたものかと悩みますよね。将来に絶望しますよね。
一時の感情に流されたことを後悔して、遺族の皆様に謝ろうと思ったりしますよね。
そんな時に、一日千カネーの求人募集を見つけたのです。
飛びつくよね?飛びつきますよね?
一生かかってもできないと諦めていた借金の返済に、一縷の光明が差したと有頂天になったとしても、誰も責めることができないはずです。だから私も、金に目がくらんだ私を責める必要はないんです!
リンダサン、ワルクアリマセーン!
仕事を求めて
誰でも飛びつくはずなのに残っていた、という厳然たる事実に気が付くべきでした。
そう、そこは反省点だったと思います。
ご主人様も「契約書は隅々までよく読め」って言っていました。「うまい話には裏がある」とも言っていました。
裏に気が付かなかった私は、給金の額と王都から遠くないことだけを確認して、むしり取った求人票を手に受付に突進しました。
受付のお姉さんは思いとどまるように必死で説得してくれたのにそれを振り切り、紹介状を奪うように手に入れると逃亡犯のように急ぎ足で
ご主人様は人生を生き抜いていくうえで必要なことを色々と教えてくれたのに、私は早速役立てなかったのです。
一連の行動を本当に反省しています。
反省しますからどうぞこれからの私が幸せに包まれますようにお願いいたします。
少なくともこれ以上不幸にはなりませんように。
神様だか何だか分からないものに祈ってから覚悟を決め、目の前に建つ館を、両目に力を込めて睨みました。
その中に建つ古いが立派……だったのであろう館。元は農村を監督する貴族の館だったみたいですけど長い間放置されていたようで、広い庭には樹々が鬱蒼と生い茂り、石造りの壁には蔦が畝っています。窓ガラスが割れていないのがせめてもの救いです。もっとも、裏手に回ったら全部割れているかもしれないですけど。怖いなー。
高額給金に目がくらんで勢いでここまでやって来ましたけれど、屋敷の惨状に気が削がれてしまい脚がすくみます。
ボロボロの館にわざわざ住み始めたのはどんなご仁でしょうか。不気味な館を掃除するのは大変そうですけど、そのままにしておいても良いぞ、と言われても嫌です。そもそも長い間放置されていたことを前提に考えていますけど、実はずっと昔から住み続けていてこの状況になっている可能性もあります。つまりは噂に聞くゴミ屋敷ってやつです!
嫌だ嫌だ。
ついつい後ろ向きの考えになってしまうのは、館をぐるりと取り囲む錆びた鉄製の柵の上に並んだ黒い鳥たちがぎゃあぎゃあと喚き散らかしているのも原因の一つです。
カラスは王都にはほとんどいません。奉公に出る前に住んでいた地方都市では見たことがありますけど、こんなにずらりと並んでいる光景は初めてです。
「うっせえわ」
飛びかかられるのが嫌なので、小さな声で言いながら鉄門を押しました。
門から玄関へ続く道の左右に連なる樹々の間から無数の目が向けられているような居心地の悪さを感じて、恐る恐るそちらに目を向けて見ますけれど誰もいません。薄気味が悪い。
いざという時の為に、ぐっと拳を握ります。
庭を抜け、ようやく辿りついた玄関で重いドアをノックすると、すぐに執事さんが出迎えてくれました。とても背が高くて少し驚いたものの、丁寧な物腰と態度にすぐに安心しました。
屋敷の中は、調度類は華やかさに欠けていたり、掃除が十分だとは言えないようにも見えましたけど、外見から危惧していたほど酷いものではありませんでした。
磨けば磨いただけ輝きそう。メイド冥利に尽きるというものです。
階段で二階へ上がると、執事さんは廊下の隅を指さしました。
「こちらはお気を付けください。雨漏りがしていたために床が腐っています。屋根の修理は終わったのですが、恥ずかしながら床は間に合いませんでした。くれぐれも怪我をなさったりしないようお願いいたします」
「分かりました。ありがとうございます……」
頷きながらも、気になったことを訊いてみる。
「あの……、執事さんはどうしてメイドの私にそんなに丁寧に接して下さるのですか?」
執事は足を止め、首を傾げると、再び歩き始めながら答えた。
「執事とはこういうものではないのですか?」
「私も多くの執事さんを知っているわけではありませんけど、ご主人様やお客様には丁寧に接しておられますけど、メイドに対してこんなに丁寧に接して下さる執事さんは初めてです」
「そうなのですか」
「ええ。メイドは執事さんの部下のようなものですから」
「なるほど」
執事さんはまた足を止めて首を傾げる。
考え事をする時には必ず立ち止まるタイプなのだろうか。
「人間のメイドを雇うのは初めてですので加減がよく分からないのです。これから追々勉強していきます」
「えっ?」
メイドを雇うのが初めて?これだけの屋敷に住める身分だというのに今までメイドを雇ったことがないなんて考えらません。執事になったのが初めてだという意味かもしれませんけど、執事になるぐらいならメイドの扱い方ぐらい
問いただしたかったですけどそんな時間は与えられませんでした。
目の前には大きくて立派な扉があります。
執事さんは考え事をするために立ち止まったのではなく、目的地に着いたから立ち止まったのだと気が付きました。
「この部屋でお待ちです」
パリッとしたモーニングコートを着た長身でイケメンの執事さんは低音のイケボイスでそう言って扉を開きました。
そして私は、魔王様に出会い、挨拶の一つもすることを許されぬまま、やり直しを命じられたのでした。
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