kーenに告げる

K-enterprise

最後の応援(前編)

「それでは、最後にお聞きします。結局この『投稿作家ギルド』を立ち上げた理由とはズバリなんでしょうか」


 インタビュアーの女性は、ここが自分の正念場とばかりに身を乗り出してくる。

 ボイスレコーダーはテーブルの上なのだから、彼女が姿勢を変える必要はないだろうに。

 私はその圧を受け流しながら、さてなんと答えようか、と逡巡する。

 結果として、特に面白みのない理由を告げる。


「書けるものなら儂自身が書きたいと思っているんだがね、残念ながら才覚も能力も備わっておらんようで、それでも創作が好きなことには変わらんからな、儂に書けんのなら、書ける人に書いてもらう。だが多くの人は時間が足らんだろう? その時間を援助し、仕事なんぞしなくて済むようにする。それだけだ」


 少しだけ横柄さを滲ませながら答える。

 そのくらいの方が逆に説得力が増すものだ。

 営利目的じゃない慈善活動ほど胡散臭いものは無いからな。

 私の私利私欲と謳えば、一資産家の道楽に映るだろうさ。


「それがパトロンシステムですか。すでに数百のユーザーが登録しているということで、今後は独自の出版社を立ち上げるといった憶測もありますが?」


 最後の質問じゃなかったのか?

 流れの中で滑らなかった口を滑らかにさせ、真の目的を探ろうというわけか。


「とんでもない、先ほども言った通り『カケヨメ』等の投稿サイトで、細々と活動する将来性のある作家さんに、生活の補助を行うだけだ。今までも、これからもな」


 私は視線でインタビューの終わりを促す。


「以上でインタビューを終わりにします。社長、ありがとうございました」


 インタビュアーはボイスレコーダーを操作し録音を止める。


「社長、今日はありがとうございました。それで、ちょっと個人的なことなんですが」


 昨今の若い女性は、相手の権威や年齢などに対する物怖じなど感じない様だ。

 私は苦笑して続きを促す。

 彼女は、カメラマンが撤収作業している姿を横目に、私に近づき小声で話す。


「あの、私も実は『カケヨメ』に登録してて、少しだけ投稿してるんですけど、どうすれば社長のギルドに入れるのですか?」

「君のペンネームを教えたまえ、閲覧してみよう」


 ギルドへの参加方法を公言しているわけじゃないが、これだけで伝わるだろう。


「なるほど、スカウトってことですね?」


 女性はそう理解し、テーブルの上に置いてあった自分の名刺を取り上げ、ペンネームを書き込み、「これ、お願いします」と私に直接渡してくる。


 キャバクラじゃあるまいし、と不快な気分を感じたが、このくらいの強引さは嫌いじゃなかったことを思い出す。


 創作者は誰だって、自由に創作したい、創作したものを公表したい、書籍化し世に残したいという欲求に逆らえないのだ。


 業界雑誌のインタビュアーたちが退室すると、秘書がやってくる。


「よろしいのですか? 今はまだマスコミに騒がれるのは時期尚早かと」

「かまわんよ。何も違法なことは露見しとらんし、投稿サイトのルールに抵触しているわけでもない」

「ですが、S級ライターの所在を追跡されるのは……」

「隔離は元々、彼らの自由意思だぞ? それを尊重して場所を提供しているだけだ。後で話が違う、などと言われても、契約書をよく読んでいないだけではないか?」


 私は彼女が感じる不安を一蹴する。

 そもそも辿れるはずが無いのだ。

 辿ろうとする存在がいない天涯孤独な人物、それがなによりS級の最大の条件なのだからな。


「……ですが、S18の件もあります」

「こちらが提供した食事を摂らなかったのも彼の自由意思だろ? 我々が気に病む必要がどこにある?」


 小説が書ければ他に何もいらない!

 好きなことだけして生きて行けるんですか?

 社長、ありがとうございます! オレ、もっと頑張ります!

 ……スランプみたいです、もうちょっと待ってください……。

 お願いします、ここから出してください!!


 生活する場所、執筆する環境、最高の設備、煩わしい人間関係、全て解決してやったのに、たった三本の長編だけしか生み出さなかったS18という男の言葉を思い出す。


 人はなんとわがままなのだろう。

 富も名声も承認欲求も満たし、好きなことをして生きられるのに、何が自由だ。

 自由なんてのは、義務も果たせないヤツが掲げる逃げの手法にすぎんのだ。


 私はかつて同じ理想を追い求め、私の元から逃げ去った人物の名前を思い出す。


「ところで社長、k―enが投稿を始めました」


 秘書が語る名は、奇しくも、思い浮かべた人物の名前だった。

 

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