第5話 魔王尾行
「と言いつつ、気になって来ちゃった私です」
「何言ってんだ、柊」
「伊勢君うるさい。ちょっと黙ってて」
「修もついて来てるし。マジで何なんだ、お前ら」
放課後、どうしても気になってしまい、二人が来るまで図書館で時間を潰していた。
今日の課題を終えた後、適当に小説を読んで待っていた。
部活が終わる頃を見計らって、バス停付近で隠れていた。
真央は本棚の影に隠れ、様子をうかがっている。
その下に神宮寺くん、隣に伊勢君がいる。
廊下でのやり取りを見ていたらしく、神宮寺君がついてきた。
一緒に伊勢君も巻き込まれた。
二人のことが気になるならはっきりそう言って欲しい。
見ているだけの野次馬が一番鬱陶しい。
とは思うものの、今の自分も否定はできない。
遠巻きに見ているだなんて、まさに野次馬のやることだ。
数メートル先の小説コーナーに二人がいる。
忍は好きな小説について語り、もっちゃんはひたすらに聞き役にまわっている。
「すげえ大声で話してんな、葉山」
「ヒートアップしてるみたいだけど大丈夫かな……河本くんが今にも逃げ出しそうなんだけど」
聞き役にも限界がある。オタク特有の悪い癖が出てしまった。
好きなことに夢中になれる分、周りが見えなくなってしまうのだ。
落ち着いて話しているようにも見えないし、完全に困惑している。
「柊、葉山に何かしたのか?
あんなところ初めて見たんだけど」
「何もしてない。小説をオススメしただけ」
「本当に? なんか呪いとかかけたんじゃないのか?」
「何でそうなるの。私を悪者みたいに言わないで」
「そうだよ、読書好きを悪く言うな」
神宮寺君にキッと睨まれ、伊勢君は黙ってしまった。
勧めた本人よりも友人がハマってしまうパターンは、何もオタクに限った話ではないと思う。
これは反省会コースかな。
スマホをいじりながら原稿を書く自分の姿が容易に想像できてしまった。
LINEで二人と会話しつつ、原稿をこなす。
相手を間違えないように返信しないと、大変なことになる。
マルチタスクもいいところだ。
「あ、気づかれた」
「ウソ!」
どきりとはねた心臓のように、伊勢君を見た。「うっそー」という言葉はなかった。
視線の先にいるもっちゃんの表情に「助けて」という書かれている。
今にも泣きそうな表情でこちらを見ている。
忍は話に夢中で気づいていない。
「どーしよ……尾行してんのもバレちゃったじゃん」
「俺、一抜けたっ!」
「抜かせない!」
神宮寺君が逃げる伊勢君の腕を掴む。
「とりあえず、助けに行ったほうがいいのか?」
「お願いします」
「何で柊が頼むんだよ」
「忍には言ってないんだよ、ここにいるの」
二人が呆れたような表情を浮かべる。
黙って尾行しているとは誰も思わないか。
「だから、後は任せた!」
真央が尻尾を巻いて店から出ると、二人も一緒になって逃げた。
後でなんて言い訳しようか。
弁解の言葉が頭をずっと回っていた。
***
『どうしよう、嫌われちゃったかもしれない!!!』と忍。
『柊、見てたんだろ? どうすればよかったんだ?』ともっちゃん。
原稿を書いている途中で、二人からLINEが来た。
その差はわずか数秒だ。同じことを考えているのだろう。
同時に、お互いに真央に連絡しているとはまるで思っていない。
『尾行みたいな真似をしてごめん。どうしても忍が気になっちゃって』
まずは謝罪を入れるべきだ。
忍に相談されていたとはいえ、隠れて見ていたのはあまりいい気分ではないはずだ。
ここのところ、もっちゃんの前で変なことしかしていない気がする。
こんな状況で気がついても仕方がないことだ。
印象が悪くなっていないことを願うしかない。
『いや、それは別にいいんだ。気にしてないし』
「そこはいいんだ」
思わずツッコミを入れてしまった。
まさに善人の鏡だ。
習得できるかどうかは別として、人柄がいいところは本当に見習いたい。
『一緒に本屋に行ったんじゃなかったの?』
あまり遅くならないように、忍にも返事をする。
尾行していたことには気づいていないことを前提に話を進め、続きを待つ。
『行ったよ! 行ったんだけど! どうしよう! やりすぎちゃった!
絶対ドン引きされたあああああああああああああああ!』
頭を抱えて悶絶しているウサギのスタンプが送られた。どこで見つけたのだろうか。
夢中で話していたとはいえ、態度には薄々気づいていたらしい。
良い物を共有したいと思うからこその行動だった。
『オタクっていうのか? 俺の周りにいないしさ。
葉山のあんなところ初めて見たし。いつもどういうふうに話してるんだ?』
「いつもと言われましても……」
なかなか難しい質問だ。
普段からあのノリに付き合っているから、違和感を抱かなかった。
慣れていない人から見れば、奇怪に映るらしい。
『半分くらい力を抜いて聞いてるかな』
伝わりそうな言葉がこれしか見つからなかった。
実際、すべての話を聞いているわけではない。
適度に流しながら、会話をしている。
『半分?』
『全部聞いてたら疲れるでしょ?
だから、半分くらいの力で話を聞いてる』
正直、自分でもよく分かっていない。
話半分とはよく言うが、伝わっているだろうか。
『学校怖い! 行きたくないよ!』
「今の忍が一番怖いんだけど……」
今度はウサギがぐるぐると走り回って液体になるスタンプが送られてきた。
どんな発想をしたら、こんなものを思いつくのだろうか。
『一緒にいてあげるからさ、明日話してみたら?』
『嫌われないかな?』
『私が小説家だってことを言っても、忍は嫌わなかったでしょ? 大丈夫だって』
これ、どうしたらいいのだろうか。
この状況をカオスと言わずして、何と言えばいいのだろうか。
今日ほど分身の術を覚えたいと思ったことはない。
『そういやさ、このことって葉山には話してんの?』
LINEでのやり取りのことだろうか。
それとも尾行していたことだろうか。
いずれにせよ、忍には気づかれていない。
『もっちゃんを観察してたことはさすがに気づかれたけど、ここでの話は何も言ってない』
『マジで?』
『全然話してないよ』
『そっか、分かった。葉山には黙っててくれないか?
なんか恥ずかしいし』
『了解です』
誰かに話すつもりは毛頭なかったが、本人から言われたのであれば黙るしかない。
すでに周囲に知られている場合を除いて、秘密は守らなければならない。
『とりあえず、一旦落ち着いて。明日また話そう』
何度もチャット画面を行き来していたから、真央も訳が分からなくなっていた。
忍に送るはずの言葉をもっちゃんに送っていた。
『だなー。考えてもしょうがないし。
とりあえず、SAOだっけ? アニメ見てみる』
送信相手の名前を見て、真央の肝は一気に冷えた。ついにやってしまった。気をつけなければとあれほど思っていたのに、やってしまった。
「明日また話そう」をLINEでのやり取りと受け取ってくれたのが不幸中の幸いだった。送った言葉が違和感のない一言だったのもよかったのかもしれない。
ていうか、あれだけ付き合わされたのにアニメを見る意欲が湧くのか。
ある意味、勇者の素質があるのかもしれない。
「とりあえず、書くか」
徹夜にならないようにアラームをかけて、執筆する。
カオスなやり取りのおかげで、作業はそこそこ進んだ
***
アイドルを熱く語る女子生徒とその勢いに負ける勇者、遠巻きに見る魔王の姿は我ながら滑稽に描けたと思う。
この勢いで勇者も男性アイドルとしてデビューしてしまいそうだ。
それだけはやってはいけない。
反対勢力として、最後まで残ってもらわなければならない。
「せんせー! おっはよー!」
「だから、せんせーはやめてってば……」
昨日の狼狽はどこに行ったのか、忍は元通りに復活していた。
長い雨がようやく明けて、太陽の輝きが強さを増した。
これだから、夏は嫌なんだ。
「おはよー。今日は暑くなりそうだな―」
「そうだねっ⁉」
もっちゃんは気配もなくさらっと背後から現れた。
話しかけられた勢いで、忍はその場で飛び上がった。
「もっちゃんがミスディレクション習得してどうすんのよ」
「別にそのつもりじゃなかったんだけどなー」
オタクが周りにいないと聞いたが、真央の言ったことは分かるらしい。
マンガは読んでいるのだったか。ジャンプ派らしい。
「おはようっ! 河本くん! 夏が来たね!」
「おはよーさん。
この暑さだと、今年も大変かもなぁ」
昨日の会話で自信がついたのか、真央の助けなしで自分から挨拶ができた。
その一歩はとても偉大で、栄誉あるものだ。
「今日はお赤飯でも炊こうか……」
「何でっ⁉︎ 大丈夫だよ!」
「今ならクラッカーもつけちゃうけど」
「いらないってば! 大げさなんだから!」
クラッカーのヒモを引っ張る真似をすると、忍は私の手を掴んだ。
もっちゃんは私たちのやり取りを楽しそうに見ている。
「そうだ。昨日言ってたアニメ、見てみたんだけどさ」
「見たのっ⁉︎ どうだったった?」
好きなものとあらば、食いつくのも早い。オタクの習性はすごい。
「最初だけなー。けど、結構おもしろかった」
「でしょ⁉ 小説もうちの図書室にあるから、借りてみて!」
「そうしてみるよ」
ドン引きしつつも会話が続いている。
熱意によくついていけるよなあ。
「そういえば、葉山って柊のことせんせーって言ってるけど、それ何だ?」
空気が一瞬にして、凍りついた。
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