後悔先に立たず


 ルカ達が去って、冷めきった紅茶にウェズリーは口を付けてから、

「……タイナー君、アッシュフィールド君は確かに若いけど、アルカナ階位の魔術師だよ? 我々を遥かに凌ぐ強さを持つ魔術師だ。心配する必要なんて、ないだろうに」

 そう、苦し気な表情をしているヒューバートに声をかけた。ヒューバートの視線は、二人が去って行ったドアに向いている。

「それは無論、分かっています――しかし、彼は……あまりにも危うい。不安定すぎます」

 鬼気迫る表情を浮かべていたルカを思い出し、ヒューバートは続ける。

「治療魔術のことにしてもそうです。あの魔術は、無理やり魔力で治癒力を引き上げ、血液などの代わりを魔力で補う。身体への影響が無いわけではない。むしろ、異物である魔力を代替にしているわけですから、きちんと治療しなければダメージは蓄積していく一方です。連盟も使用を控えるように数年前から喚起を出しています」

 言いながら、ヒューバートは自分の左手に視線をやった。別段、何の変哲もないが、掴もうとしたペンを滑り落とした――ちなみに、ヒューバートのもとの利き手は左手である。

「彼はきっとそれを理解している。そのくせ、治せるからいいのだ、と言ってのける。まるで、自分の身体を使い捨てているように思えてならない……」

 ヒューバートはうめくように言った。ウェズリーはうーん、と困ったように声を上げてから、

「他人の命の重さは理解できるのに、自分の命に重さがあることが彼には理解できないのかもしれないね」

 そうあっけらかんと言って見せた。それに対して、ヒューバートはつい顔を歪めた。深刻そうなことを、よくも軽率に言えるものだとヒューバートは胸中で毒づく。

「……もしそうなら、それは、恐ろしい事ですね」

 と、ヒューバートは返す。ウェズリーのことは、好ましく思えなかったが、言った事は確かに真理だとヒューバートには思えた。

「同じように、誰かにとっては、彼の命だって重く感じる筈なのに。それがわからないのは、本当に罪なことです」

 どうしようもないことを呟いて、ヒューバートも冷めきった紅茶に口を付けた。

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