第1話 異世界


高校2年の1学期が終わり僕は気分を高揚させ、帰宅していた。

一番に仲の良い兄に報告したいと、足早になる。


セミの声がようやく少しずつ聞こえ始め、夏を感じ始める。

今年は梅雨がやたら長く、雨が続いていた。

先週までのじめじめした天気が嘘のように日差しがまぶしく照る。


翌日に控える夏休み。

この夏はどう過ごそうか。


急ぎ足で頭を夏休みに向けてフル回転。

楽しい想像をしていると、いつの間にか里中家に到着していた。

2階の兄の部屋へと急ぐ。

扉をあけると、VRゲーム中だった。

そっと肩を叩き、呼びかける。


「“くん”、ただいま!」


少し間をおいてゲーム機のヘッドセットを取り外す“くん”。


「おかえり」


聞いて! と話を切り出しながら、くんの両手を掴む僕。

つい興奮してしまい両手でくんの手を握った瞬間、思考が停止し立ち眩みのようなふらつきを感じ暗闇が広がった。





ーー我に帰ると目の前にいたくんはいなくなり、その代わりに海外のような風景が広がっていた。

そこはイタリアのようなカラフルで花に溢れていて、メルヘンでロマンチックな街だった。


気絶をしてその間にここに連れ込まれたのか。


不思議なことに通りかかる人たちの会話は日本語だった。


ヨーロッパをテーマにした日本にあるテーマパークなのか、それとも夢なのか。


状況を掴めない僕の前にピンクの髪の美少女が現れる。


「お待たせ、いのりくん」


紙袋に入った食材をかかえ、僕の顔をのぞきこむように首を傾げるリズ。


「リズ……」


見知った顔を見て安堵した。


「どうしたの? 待たせすぎちゃったかな」


心配そうな可愛らしい表情で見つめられる。


「ううん。ところでここはどこなんだろう」


リズの可愛らしい表情が少し歪んだ。


「どうしたの? 冗談かな?」


まるでこの場所を知っているかのように答えるリズに、違和感を覚えた。


もしかして……と何かを思い出しようで言葉を続けるリズ。


「久遠さんと仲良し?」


兄であるくんの話はリズにはよくしていたが、このタイミングでの問いになんの意味があるのか理解が追いつかない。


「仲はいいと思うよ」


「そっか! それなら私とは初めましてかな」


よくわからないことを言い出すがそのまま言葉を続ける。


「初めまして。私はリズ・ベッカータ。ここはエスフルトのヴァノーネだよ。いのりくんはどこから来たのかな」


ドッキリか何かかな……。

リズの名前も違うし、よくわからない事を言い出してるし、役になりきってるとか……


「えーっと、日本からかな」


なんと答えるべきだったのか。

ドッキリだとしたら真面目に国で回答する僕を笑うだろう。

この回答で合っているのか、鼓動を早くしながらリズの反応を待つ。


「うん、わかんない! 異世界みたいだね。そしたらここのことも何にもわかんないよね……ゆっくり教えていくね」


異世界……?

ネタばらしが来る様子もなく、演技でもない素のリズであることを悟り、ようやく僕も落ち着いてくる。


突然のシャットダウン、目を覚ますと海外の街並み、日本語を話す通行人たち。


まぁ、つまり流行りの異世界転移なのかな。


しかし、リズがドッキリの演技でなかったというなら僕がここの出身でないことを悟るのが早すぎなのではないか。

違う世界の僕が来ること知っていたかのようだったが、もともとリズは勘が鋭いから気にすることでもないかな。


「あのね、このエスフルトはモンスターを倒す冒険者の国って呼ばれてるの。この国でだけモンスターたちが暴れてるからね。それでいのりくんは私と冒険してるんだよ!」


うん、モンスターを倒す冒険者ね。

なるほど。



苦手なタイプだ!!

ゲームはするけど戦闘系は苦手なんだ。

日常系の自分の住むところをつくっていくタイプが良かった……。

僕これから冒険するの?


剣とか振り回しちゃうの?


魔王に討伐されちゃうの?



「いのりくん? 大丈夫? 私こう見えても強いから」


両拳を顔の横に広げ、マッスルポーズをとるリズ。

心強い……。


「がんばるね……」


そういえば、さっきくんの名前は出たけどこの世界のくんは何をしてるんだろうか。


「くんとは別行動なのかな?」


「くん?」


「えっと、兄の久遠ね」


「あー! 久遠さんなら魔王討伐に行ったみたい」


こっちではいのりくんと久遠さんあんまり仲良くないの。と悲しい顔で付け足すリズ。


仲良くなくて別行動してるのか。

でも、くんがここにもいるってわかっただけで良かった。

くんは戦闘ゲームが得意だ。

こっちの世界のくんも強いんだろうな。


「いのりくん、今日はそろそろ宿にもどろっか」


リズの微笑みで少し緊張が和らいだ。

そうだね、と微笑み返しリズの後を追いかけるのだった。



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