第20話 消えたブルカニロ博士
『銀河鉄道の夜』は宮沢賢治の死後発表された作品の一つだ。
この作品は、賢治によって何度か書き直しがされており、四つのヴァージョンが存在する。一般的に知られているのは第四稿の物語で、どうやら靜香の言っていた ”ブルカニロ博士” とは、第1~第3稿で登場していたキャラクターのようだ。
不思議な話だ。
ざっと調べた所によると、ブルカニロ博士は所謂 ”ストーリーテラー” の役割を果たしているキャラクターのようだ。
全4稿のうち、1~3稿に登場する重要人物……。
そんな人物が、何故最終稿には登場していないのか。
簡単に検索した限りでは、詳しい事はわからなかった。先ほどバーで靜香と酒を飲んできた事もあって、頭に少しモヤがかかっているような状態にもなっている。
これ以上物語を深掘りするためには、今の状態は適切とは言い難いだろう。
チラリとPCで時間を確認する。時間は深夜の2時半を過ぎた所だった。
最近夜更かしが習慣になってしまっているようだ。よくない傾向だ。
まとめた休みをとっているとはいえ、長期休み中に昼夜逆転の生活を送っていると、休み明けに辛いことになる。
まだ眠くは無いのだが、PCをシャットアウトして寝る準備くらいは始めるべきだろう。
大きく伸びをしてノートPCをパタンと閉じた。薄暗い部屋に、目が慣れるまでしばらくジッと待っている。
「ブルカニロ博士」
ポツリと呟いてみた。
靜香は、ブルカニロ博士を ”導く者” と称した。
僕にもブルカニロ博士のような存在が居れば、こんな思考の袋小路に迷い込むこともなかったのだろうか?
わからない。
ただ一つ確かなことは、ブルカニロ博士なんて僕の人生には現れなかったという事だ。
故に僕は、一人で立ち上がらなくてはならない。
カムパネルラと供に歩けない、凡人の人生を。
◇
「お前のともだちがどこかへ行ったのだろう。あのひとはね、ほんとうにこんや遠くへ行ったのだ。お前はもうカムパネルラを探してもむだだ。」
「ああ、どうしてなんですか。ぼくはカムパネルラといっしょにまっすぐ行こうと云ったんです」
「ああ、そうだ。みんながそう考える。けれどもいっしょに行けない。そしてみんながカムパネルラだ。おまえがあうどんなひとでもみんな何べんもおまえといっしょにリンゴをたべたり汽車に乗ったりしたのだ。ひとのいちばんの幸福をさがしてみんなと一緒に早くそこに行くがいい、そこでばかりおまえはほんとうにカムパネルラといつまでも一緒に行けるのだ。」
「ああぼくはきっとそうします。ぼくはどうしてそれをもとめたらいいでしょう。」
「ああわたくしもそれをもとめている。おまえはおまえの切符をしっかりもっておいで。そして一しんに勉強しなけぁいけない。おまえは科学をならったろう。水は酸素と水素からできているということを知っている。いまはだれだってそれを疑いやしない。実験してみるとほんとうにそうなんだから。けれども昔はそれを水銀と塩でできていると云ったり、水銀と硫黄でできていると云ったりいろいろ議論したのだ。みんながめいめいじぶんの神さまがほんとうの神さまだというだろう、けれどもお互いほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう。それからぼくたちの心がいいとかわるいとか議論するだろう。そして勝負がつかないだろう。けれどももしおまえがほんとうに勉強して実験でちゃんとほんとうの考えとうその考えとを分けてしまえばその実験の方法さえきまればもう信仰も科学も同じようになる。」
(初期型 底本 一四一頁より抜粋)
◇
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