第28話 開花する能力


 「いやぁ参った参った、君の妹は大した人物だよ!! これで■■の作戦は台無しだ、有紀君、君は誇っていい、凄い妹を持ったねぇ!!」


 水野暦の息子、水野零士は鼻に付く芝居じみた大仰な仕草で喋る。

 その内容は俺の感情を逆撫でするには十分過ぎるものだった。

 だが感情に任せて奴に突っかかるのは早計だ。

 コイツが何の目的でここへ現れたか分からない。


「お前、自分らの作戦がおじゃんになった割には余裕じゃないか」


「そう見えるかい?」


「違うのか?」


「いやいやその通りなんだけどね」


「………」


 どういう事だ? 理解しかねる。


「分からないって顔をしているね有紀君、じゃあ僕から一つ君に提案があるんだけど聞いてくれるかい?」


「何だ?」


「早乙女有紀君……君、僕らの仲間にならないか?」


「はっ?」


 何を言ってるんだこいつは? 


「実は僕はね、初めから■■の命令を聞く気なんて更々なかったんだよ、何であんな侵略行為に武力行使する決断もできない腑抜けた連中の手先にならなきゃいけないんだってね」


「その口ぶり、お前は自分が奴らの子孫だって事を知っているんだな」


「もちろん、僕は他の兄弟とは違うよ、この事は母さんからずっと聞かされ続けたからね」


「暦か……彼女は元気なのか?」


「……死んだよ、もう十年になるかな」


 そんな馬鹿な、暦が既に死んでいただと?


「死ん……だ? 何故?」


「君の母親と違って僕の母さんは無理矢理■■の遺伝子を受け入れられるように肉体を改造されていたからね、僕を妊娠したのが身体に重大な負荷を掛けてしまったんだ

……だから僕を産んだころは既に身体がボロボロで生前はずっと床に臥せっていたよ」


 零士は先ほどのおどけた態度とは違い神妙な表情へと変わっていた。


「恐らく他の兄弟たちも同様さ、最悪子供の出産と同時に命を落とした母親も多かっただろうね……だからこそ僕は奴らを許せない、君の妹がやらなくても僕が発信器を壊してやろうとさえ考えていた」


「そうか、ならもうその心配は無い、俺の妹が、美紀が始末を付けてくれた、俺たちは自由になったんだ……なのにお前は俺に仲間になれと言った、これはどういう事だ?」


 そう、もう終わった事だ。

 それ以上に何がある?


「言った通りさ、■■の呪縛からは解放されたが僕たちには世界中に兄弟がいるだろう? 彼らに呼び掛けこの地球を支配しようじゃないか」


「はっ!? 何だそれは!? それじゃあ何も変わらないだろう!! 奴らに操られているのと変わらない!!」


「いいや、大いに違うね、僕らは奴らにやらされているんじゃない、僕ら自身が行動を起こすんだ、僕ら自身の為にね」


「何を言っている!? 何故普通に生活することが出来ない!?」


「君は知らないのかい? 君以外の兄弟は君の様に普通に生活できないんだよ」


「……どういう事だ?」


「僕の母を含め適応者ではない女性と■■との間に生まれた僕らは遺伝子に重大な欠陥があってね、長くて三十年ほどしか生きられないとの試算が出ているんだ」


「あっ……」


 思い出した、そう言えば園田が以前にそれに関連した事を言っていた様な気がする。

 確か生粋の適合者でない母親から生まれる子供の質が極端に落ちるとか何とか。

 それはこれの事を指していたのか?


「君にタイムリープ能力がある様に僕ら兄弟にはみんな何かしらの能力がある、それを活かして地球を支配し僕らの生きやすい世界を作ろうじゃないか」


「お前らが気の毒なのは理解する、だが世界征服をするのは違うんじゃないか?」


「有紀君、君が唯一の成功例だからって僕らを憐れむのは許さないよ? こんな下等な人類が地球にのさばっているのを君はおかしいと思わないのかい? 自然環境を取り返しがつかない程破壊し、自分や自国の利益や権威だけを貪り弱者を蔑ろにするこの腐った世界をおかしいと思った事は無いのかい?」


「ぐっ……」


「僕らは短命というハンディキャップこそあれ地球人類より優れた存在だ、僕らがこの間違った世界をより良く導ける、そうは思わないのかい?」


 零士の言っている事は間違ってはいない。

 だが根本的な事が間違がっている、それは。


「ああ、思わないね!! やっぱりお前は宇宙人共の呪縛から逃れられてはいない、お前がやろうとしている事は奴らがやろうとしていた事と何も変わらない!! 結局は奴らの手の平の上から抜け出せていないんだ!!」


「黙れ!!」


 図星を突かれ零士が俺に向かって襲い掛かって来た。

 零士の拳が俺の左頬に突き刺さる。


「ぐっ……!!」


 速い、以前に見た園田の移動速度より格段に速い。


「そう、この身体能力の高さこそこの僕の能力!!」


 二発、三発……もう数え切れないほどのパンチが俺の体中に命中する。

 まさにサンドバッグと化す俺の身体。

 最後に零士の鋭い右アッパーが俺の顎を捉え、俺の身体は嘘のように高く打ち上げられ落下、顔面から地面に激突した。


「有紀!! 大丈夫か!?」


 鮮血で染まる俺の顔、道明寺は俺を心配して駆け寄ってきた。


「……参ったな、これじゃ何のために美紀が命を懸けたのか分からない」


「ここは俺が何とかする!! お前はここから逃げろ!!」


 道明寺が地面に倒れた俺と零士の間にその大きな身体を広げて立ち塞がる。


「道明寺さんだったっけ? 確かにいい身体をしているけどあなたは僕の敵ではないですよ」


 そういうが早いか零士は一瞬で道明寺との距離を詰め、腹に鋭い一撃をお見舞いする。


「がっ……はぁ……」


 口から血を吐きながら道明寺はゆっくりと背中側に傾いていく。

 そして俺の目の前で盛大に埃を巻き上げながら地面に倒れ込んだ。


「もういいや、君の力は確かに惜しいけど敵対するなら邪魔になるだけだからね、ここで消えてもらうとしようか」


 零士がズカズカとこちらへ向かって歩いてくる。

 こんな時俺のタイムリープの能力は何の役にも立たない。

 何か無いのか? 奴に対抗できる何かが。

 美紀、お前にもう一度会いたかった。


『お兄ちゃん』


 美紀!? 

 今、俺の頭に中に美紀の声が聞こえた?

 殴られ過ぎて幻聴でも聞こえたか?

 

『私はお兄ちゃんでお兄ちゃんは私よ』


 これは精神世界で美紀と会った時に言っていた言葉だな。

 クリムゾンレッドによって精神の大多数を共有した俺と美紀は同一の存在だと言っていたっけ。

 同一の存在……そうか!! まだ打つ手がある!!


「そらっ!!」


 零士が俺の顔を踏みつけようと足を俺の顔目がけて落とす。

 その足を寸でのところで受け止める。


「往生際が悪いな!!」


「そうとも!! 伊達に何回も人生をループしてないぜ!!」


 俺は足を外そうともがく零士に対して精神を集中する。

 精神感応能力……これを使って零士に精神に入り込もうと言うのだ。

 この能力は本来は美紀の能力で俺には使えないものだ。

 しかし美紀と精神を共有した事のある俺は美紀自身でもある、もしかしたら使えるのではないかと踏んだのだ。


「うおおおおおおっーーーーーーーっ!!」


 俺の腕から今掴んでいる零士の足を通して奴の身体に入り込むイメージで精神を集中する。

 目の前が一気に真っ白になる。

 



「……ここは?」


 何にもない空間に俺は浮かんでいる、辺り一面真っ白で自分がどこを向いているのすら把握できない。

 だが俺には確信がある、間違いないここは水野零士の精神の中だ。

 どうやら精神感応能力が使えた様だな、出たとこ勝負だったが何でもやってみるものだ。


「うん?」


 あちらから気配がする、恐らく零士の精神がある方向だ。

 その方向へと気を移すと一瞬にしてその気配の場所まで瞬間移動した。


「これは……」


 漆黒に染まった球体がそこにはあった。

 大きさは俺の背丈ほどあるかなり大きなものだった。


「これが水野零士の精神のコア……」


 俺は瞬時に理解する。

 これも精神感応能力によるものだろうか。


「身体能力で勝負しても勝てないからな、悪く思うなよ」


 俺はその黒い球体に手を触れ再び精神を集中する。

 この球を破壊すればきっと零士は精神が崩壊し人としてまともに生きていく事が出来なくなるだろう、最悪死を迎えるかもしれない。

 だが流石にそれは忍びない。

 そこで俺はある事を思いつく、自分の能力とは言え一度も試したことがないから成功するかは分からない。


「じゃあな、またどこかで会うかもしれないがその時は……いやお前とは二度と会いたくないな」


 球に更に能力を込める、すると今いる空間がぐにゃりと歪むのが分かる。

 その瞬間、又しても視界が白光に包まれ、俺の意識は遠のいていく。



「有紀!! おい有紀!!」


「うーーーん……うるさいな……」


 野太いオヤジの声で目を覚ます。

 目を開けると目の前に道明寺の厳つい顔があった。


「うわっ!! びっくりした!!」


「失礼な奴だな、いきなり二人して気を失うから何事かと思ったぞ」


 俺の目覚めを確認し道明寺は胸を撫でおろしている。


「こいつはどうなったんだ? 一向に目を覚まさないが」


 地面に倒れている水野零士に視線を向ける。


「ああ、そいつはもう目を覚まさないよ」


「何!? まさかお前、殺したのか!?」


「物騒な事を言うなよ、飛ばしたんだよ零士の精神を」


「飛ばした!? どういう事だ!?」


 道明寺は目を丸くして俺の肩を掴み激しく揺さぶる。


「俺の能力はタイムリープだろう? それを零士に使ってみたんだ」


「あん?」


「俺自身が時間を移動するんじゃなくて零士の精神を時間移動させたんだよ、但しどこへ飛んだかは俺にも分からない」


「恐ろしい事を考えるなお前……」


 道明寺が真顔になる。


「仕方ないだろう、そうしなければ今頃俺もお前も零士に殺されていたかもしれないんだぜ?」


「うむ……ん?」


 倒れている零士を二人してみていると、突然零士の身体が干からび始め、遂にはミイラの様になったしまった。


「ひっ!!」


「……これが宇宙人と地球人とのミックスの末路か」


 その後、俺と道明寺は零士の亡骸を丁重に葬った。

 結果として戦いは地球側の勝利で幕を閉じたのだった。

 

 そしてそれから一か月後……俺はある一大決心をする事になる。

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