隙あらば腹パンしてくる幼馴染

青水

隙あらば腹パンしてくる幼馴染

 幼馴染のリコは腹パン好きのサディストである。彼女は事あるごとに、僕に対して腹パンをしてくる。しかも、手加減なしの全力で。隙を見せれば腹パンされる。隙が無くても、隙を作り出してむりやり腹パンしてくる。

 僕たちの日常はこんな感じだ。


「あ、ユウ。あそこ見て。トンボが飛んでる」

「あ、どこ?」

「あそこあそこ……おらあっ!」


 ドゴッ。

 トンボを探してきょろきょろする僕に、リコは正拳腹パン突きを放つ。油断していて隙だらけの僕は、その腹パンを避けることができなかった。


「うぼえっ……」

「あはっ。あははっ。『うぼえっ』って何よ。おもしろーい」

「う、ううっ……」


 先ほど食べた豚骨ラーメンを吐きそうになった僕は、腹を押さえて汗を垂れ流しながら懸命に堪えた。


「大丈夫?」


 腹パンしてきた張本人であるリコは、心配そうに覗き込んでくる。


「うん、大丈夫だよ……」

「そっか。よかったよかった――おらっ!」


 二度目の腹パン。

 ドゴッ!


「うっ、うおえええええっ」


 僕はたまらずゲロってしまった。

 路上に消化途中の豚骨ラーメンがまき散らかされた。正直、かなり汚い。周りに人はいないので、処理せずに、そのまま逃げることは可能だ。


「うええっ。きったない……」


 ゲスを見るような目で見つめられた。

 しかし、その後一転して微笑むと、


「今日はもう満足したから、腹パンはしない」

「本当?」

「嘘」


 リコは悪魔のように笑った。

 そして、もう今日は腹パンされない、と思って油断していた僕は、その日三度目の腹パンを食らったのだった。


 ――といった感じで、平均すると、一日三腹パンくらい僕は食らっている。

 僕たちは同じ高校に通っていて、クラスも同じだ。友達やクラスメイトは、当初、物珍し気に、あるいは気の毒そうに、僕たちの腹パンごっこを眺めていたが、やがてそれは日常と化して何も思われなくなった。せいぜい、今日も元気に腹パンしてるな(されてるな)くらいの感想だ。

 リコが僕以外の人に腹パンしてるところを見たことがない。どうやら、腹パンは僕限定のようだ。他の人には行わない。


「他の人にやったら暴力行為――犯罪じゃない」


 とのこと。

 それ、僕には当てはまらないの?

 ある日、僕は友達のジローに相談してみた。ジローはリコと同様、僕の幼馴染である。つまり、僕やリコのことをよく知っている。


「どうして、リコは僕だけに腹パンするんだろ?」

「思うに、リコにとって腹パンは親愛をあらわすための行為なんじゃないかな」ジローは言った。「ほら、好きな子に対して素直になれずに、つっけんどんな対応をしてしまうみたいなさ。――つまり、まあ、なんというか……ちょっと歪んだ表現方法だよね」

「うーん……」


 親愛? 表現方法? そう、なのかなあ?


「どうすれば、腹パンするのをやめてくれるだろう?」

「『腹パンするのやめて』ってちゃんと言ったかい?」

「言ったよ、もちろん」

「結果は?」

「言わなくてもわかるでしょ?」


 ふむ、とジローは顎に手を当てて黙った。

 ジローは僕よりもはるかに頭がいい。だから、何か良さげなアイデアを出してくれるかもしれない、と期待していた。


「リコはもしかしたら、君のことが好きなのかもしれないね。だとしたら、君と恋人関係になることができれば、腹パンをするのをやめるかもしれない」

「かもしれない……」

「おいそれと断言はできないね」


 僕はリコのことが好きなんだろうか? 毎日、腹パンされてるけど、彼女と関係を断ったりしてないんだから、好意を持っているかマゾヒストかどちらかだろう。

 で、僕はマゾヒストじゃない。

 とすると、僕は――。


 ◇


 ある日、僕は他クラスの女子生徒に告白された。返事は保留としておいた。僕が告白された話を耳にしたリコは、すぐに僕に尋ねた。


「それで? あんた、その子と付き合うの?」

「うーん……」

「はっきりしろっ!」


 ドゴッ。

 腹パンを食らった僕は、いつものように呻いた。

 そこで僕はジローが言ったことを思い出した。『リコはもしかしたら、君のことが好きなのかもしれないね』


「あのさ、リコ。僕、どうしたらいいかな?」

「そんなの、自分で決めればいいじゃん」

「自分じゃ決められないから……リコが決めて」

「え、あたしが……? 決めて、いいの……?」

「うん」

「じゃ、断りなさい」


 即答だった。

 一瞬たりとも思案の時間はなかった。


「ねえ、ユウ……」

「うん?」

「あんた、その……告白してきた子のこと好きなの?」

「好きも何も、その子のこと、あんまり知らないんだよね」

「そっか。よかった」


 と言って、何食わぬ顔で腹パンを食らわせてきた。

 僕が吐きそうになっていると、


「ユウは好きな子とかいるの?」


 リコは尋ねてきた。しかし、僕はその質問には答えず、


「リコはいるの?」


 と、逆に聞き返した。

 リコは面食らった顔をした後、


「……いる」


 と、恥ずかしそうにもじもじしながら言った。


「誰?」

「ユウ」


 ごまかされると思ったんだけど、普通に答えられた。

 もしかして、僕の名前を出してからかっているのでは、と訝しんだけれど、表情を見るに、どうやら冗談ってわけではないようだ。


「そ――」


 ドゴッ。

 まさか、このタイミングで腹パンが来るとは思ってなかったので、やはり僕は吐きそうになった。照れ隠しの腹パンってやつかな……?


「もしもユウがあたしと付き合いたいって言うのなら……」


 すっと、これ見よがしに拳を構えた。


「しょーがない。付き合ってあげてもいいよ」


 これ、いわゆる脅しってやつ?


「え、う……」

「返事は?」

「う、ん。つ、付き合おっか」

「じゃ、あたしたち、今から恋人ってことで」


 にっこり微笑むと、リコは僕に腹パンをした。

 ドゴッ。

 ぐはぁっ。


「な、なんで……? 僕たち恋人になったんだよ。もう腹パンはやめてよ」


 ジローはリコの腹パンを『親愛をあらわすための行為』『歪んだ表現方法』だと推測していた。あれは間違いだったのか……?


「なんでって……恋人なんだから、これまで以上にたくさん、遠慮なんかせずに腹パンしちゃうわよ」

「そ、そんな……」

「あたしにとって腹パンは愛情表現なの。だから――」


 ドゴッ。

 うげえええっ、と僕は道端に今日のお昼ご飯を吐いた。


「――あたしの愛(腹パン)をたっくさん受け取ってね!」


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