12.決意

 レオの部屋から両親とルーフが出て行って暫く経った頃。リアの父親であるルーリエン皇太子から王城への招集要請が届き、すぐに王城へと向かった。


 大公家邸から出て右折し、数十メートル程行くともう王城の正門前だ。王城であるガイン城を囲む城壁は非常に高く堅牢で、幾重にも魔術による対魔法術・対物理防御の結界が張り巡らされている。城壁の上には等間隔に兵が配置され、4つの門にも多くの兵が警護にあたっている。



「馬車で行くような距離では無いが……こういう身分だから仕方がないな」



 馬車に乗り込むと、ブローヴィルはそう愚痴をこぼした。



「王城まで繋がる通路が作れたら楽なんだがなぁ」


「それは前に陛下に直訴してこっぴどく𠮟られたんじゃありませんでしたっけ?」


「いや、まぁ……とりあえず行こうか。出してくれ!!」



 窓を開け、御者に声を掛ける。ゆっくりと動き出した馬車がガタガタと震えながら順調に進んでいく。屋敷の門を出て、すぐ右に曲がるがもう王城は目の前だ。


 正門には多くの警護兵が立っており門前左右に2人ずつ、門をくぐったところにも同じく左右に2人ずつ、門の真上には弓を構えた兵と大きな杖を持った兵が2人ずつ立っていた。警護兵の手には成人の上半身程の長さの銃が携えられ、腰には長身の両手剣を帯びほとんど抜け目がない。



「あの兵が持っているのはなんですか?」



 銃が気になったレオはそれとなくブローヴィルに尋ねる。



「あぁ、あれは銃って云ってな。中にある火薬って粉に火を付けた時の爆発で鉄の球を凄い速さで放つ、軍の最新装備だ。次弾装填にそれなりに時間が掛かるしそこまで精密な射撃もできないが、威力も距離も弓に比べてかなり高いしあまり訓練時間もいらないから、集団で使えば数うちゃ当たるって事で今は量産体制に入っているんだ」


「へぇ~!!」



 話を聞いた限り、レオは何となくその予想が着いた。中世中期のヨーロッパで主に使われていた、所謂いわゆるマスケット銃と呼ばれる類のものだ。火縄銃とは違い、火種を持ち歩く事が必要なくなり天候に左右されることは無くなったが装填に時間が掛かる。


 これまでも、信号で交通整理をしていた点から技術的には中世中期~後期レベルだろうと考えられる。



「まぁ王城の警護に使ってるのは威嚇目的だがな」


「ん?どういう事?」


「正確に打てる代物じゃないからな、発砲時の爆発音で威嚇して腰の剣と城壁の上から処理するって感じだな」



 銃と剣を両方携えているのにはそういった理由があったようだ。そんな話をしていると、正門前に着く。兵からは大公家邸から出てくるの見えており、また事前に来る旨も伝えられていた。また、馬車には王族を示す虎のマークが刻まれており、ほぼノーチェックで王城内へ入った。


 門をくぐった先に見えたのは広大な敷地の中心に聳え立つ、ノートリザン大聖堂より大きな城だった。大きな城というより、敷地中央にある岩山の上に立つ城塞と言った方が正しい。スコットランドのエディンバラ城を思わせる風貌のこの城は、かつてこのあたり一帯まで進軍してきた魔族軍を抑える要となる城塞だった。


 正門から王城前に一直線に伸びる道を進む馬車はするする進んでいき、数分後止まった。馬車の扉が開かれるとそこには玄関の扉まで、出迎えた使用人が乱れもなく整列していた。派手な装飾が施された大きな両開きの扉はどちらも開かれ、奥に見える階段までびっしり使用人が整列している。


 先頭でお辞儀している初老の執事が一歩前に出てくる。


「お待ちしておりました。こちらへ」



 そう一言言うと、4人の先頭に立ち歩いて行く。階段を上がっていき、3階に着くとあがってすぐ正面の部屋に入るよう促された。


 部屋は大きな楕円形の机と沢山の椅子が置かれただけのシンプルな会議室で、向かい側には既にリアとその両親、弟が座っていた。ルーリエンはブローヴィルが諭すまでずっとレオを訝しげに睨んでいた。



「兄さん……」


「っは!……んん、今日呼んだのはレオ君とリアについてだ」


「話したい事ってのは遺跡探索免許の事だろう?」


「そうだ。リアからある程度の2人事情は聞いている。お前のことだからきっと許可したんだろう?」


「あぁ」



 だろうな、といった風に頷く。すると、ルーリエンは一枚の金属板を胸元のポケットから取り出す。鏡面仕上げが施された青い金属板の中央には星が一つあり、裏面には色々な文字や数字が細々と書かれていた。



「これは斡旋協会と呼ばれる準国営組織が発行している身分証明板だ。斡旋協会というのはリルフィスト王国の第6代国王とリルフィスト一の大商会であるラッセリオ商会が共同で設立した組織で、大雑把にいえば様々な仕事を斡旋する会社だ」


「仕事の種類も幅広くてな、街の掃除から道具屋へ卸す魔物の素材を獲りにいったり多種多様だ」



 その説明を聞いて真っ先に思いついたものがある。



「「冒険者ギルド……」」



 やはり、リアも同じ事を考えていたようだ。魔物の討伐依頼や薬草採取、猫探しなど様々な依頼を扱う世界的な組織として異世界系の作品では度々出てくる組織だ。


 そのほとんどが、国の庇護下にない完全に独立した組織だが、この世界では国がある程度関わっているようだ。



「どうした?2人とも」


「い、いやなんでもないです……」



 慌てて取り繕うレオ。リアも少しびっくりしていたが咳払いをし、なんとか落ち着いた。



「話を続けるぞ。斡旋協会には等級というものがあってな、大まかに3つあるんだが……今日は総合等級と探索者等級について話そう。ルミ、ヴィル、ラナリアさん。3人ともカードを見せて頂けますか」



 ルーリエンがそう言うと、3人が机の上にカードを出す。父2人は同じく青い金属板で星が1つ、ルミーニャは白金色の金属板に星が3つ、そしてラナリアは青い金属板に星が2つだった。



「このカードは総合等級に沿って色と星の数が変わる。下からの順に初級は屑鉄アイアン、中級は赤銅カッパー、上級は青銅ブロンズ、特級は青鉄ミスリルの4段階に、更には星が1つ2つ3つと増える毎に階級が上がっていくと云った内容だ」


「俺とにいさんの場合だと特1等級、ラナは特2等級、ルミーニャさんは上3等級って感じだな」


「うむ、そして、2人がさらに必要となるのがこのカードだ」



 そういってもう一枚胸ポケットから取り出し、身分証明板の隣に並べる。そのカードは赤い金属板で出来ており、先程の総合等級カードと同じく星が1つ中央にある。



「これは各地に点在する遺跡へ立ち入ることが出来る、遺跡探索者免許を獲得している事を証明するカードだ。総合等級と同じく初・中・上・特の4段階あって、星の数が多いほど等級が高くなる。」


「ちなみにこのカードは私も持っているんですのよ」



 そういって出したラナリアのカードには星が3つ。



「ラナは同盟3国に20人ほどいる上級探索者の1人なんだ。リルフィスト内だと……6人くらいだったか?」


「えぇそうよー?」


「ラナちゃんはああいうけど上級探索者ってだけでも凄いのよ?」



 ルーリエンの隣で呆れ気味にルミーニャがそう言う。



「そもそも上級以上の探索者免許は国家資格なのよ。初級・中級のほとんどは調査が終わって他の協会員が素材や鍛錬のためにあるようなものなんだけど、上級以上になるとほとんど調査が進んでいなくて、遺跡に潜る際は内部の調査が義務付けられているから、そのために必要な知識を問われるの。学者レベルの知識が必要なうえに、個の戦闘力も求められる」


「魔王の城がある冥域は特級遺跡レベルで、しかもそこに入るために必要な特級免許取得者は同盟3国の中でもたった5人。ちなみに探索者免許取得者は全階級合計で4000人だ。更に言うと協会の戦闘員は……およそ2万人だ」



 2万分の5。挑むだけでもそれだけの実力が必要なのだ。それを認識させられた2人の目には一体何が映っているのだろうか。


 互いに俯いていた顔をあげ、向き合う。同時にふと笑みがこぼれた。



「さて、今の話をした上で聞こう。2人ともどうしても『北の果て』に行きたいか?」



 皆の視線が2人の方に集まる。再び目を合わせる。


「「行きます!!」」


「そうか……俺はレオの意見を尊重する」


「勿論私もですわ」


「それでレオが幸せになるならボクは全力で手伝うよ!」


「みんな……」



 アリスレイン一家は皆笑顔で頷いた。



「ドレス1つ選ぶにも泣いて周りにされるがままになっていたリアが……こんな風に、うぅぅぅ」



 全てを言い切る前に感動の余り涙が零れるルーリエン。だが、いつもとは違いすぐに抑えてリアの目をしっかりと見つめる。そばでその様子を見ていたルミーニャもリアに向き直った。



「我々も同じだ。存分に頑張りなさい、リーリア」


「やるって決めたんだから簡単に諦めるんじゃないわよ?」


「とう様……かあ様……あ、あ、ありがどぉぉぉ」



 ピンと張っていた線が切れたように、リアは2人の胸で泣き始めた。ルミーニャが優しく彼女の背中をさする様子は馴染み親しんだような雰囲気だった。


 おそらく彼女の記憶が目覚める前はこんな事がよくあったんだろうなぁと感じたレオは少し悲しみを感じつつも、自分達のやりたい事を認められた事に非常に歓喜していた。

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