第37話 37、万の正体
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周平が万と出会ってからおよそ40年、この星の全ては穂無洲国の支配下になった。
世界が一つの言語で統一され、一つの支配国の下にまとめられ、産業は発展し、多くの発明発見がなされ、それが次世代に伝えられた。
周平は万との約束を最後まで違(たが)えなかった。
奢(おご)る者はたとえ身内であっても重臣であっても容赦はしなかった。
言語の統一という周平の身勝手な大義のために多くの罪なき人々が殺されていったのだ。
奢るなどということは殺されていった人々に対して申し訳ないことだった。
周平は60歳の齢(よわい)を越え、老いていた。
周平は死ぬ前にもう一度万に会いたくなり家来を村に派遣して万の来そうな日を調べさせ、一日前から近くの家で待ち、当日、井戸端の木陰に座って待った。
村では山から引いた上水道が作られており、井戸はあまり使われなくなっていたが周平は井戸周辺をそのままに保存するよう強い命令を出してあったのだった。
果たして万は相変わらず同じ時刻に馬車で現れた。
周平は喜びで顔をくしゃくしゃにして立ち上がった。
家臣達はずっと遠くに控えていた。
「おや、周平さんではないか。待っていたのかい。」
万は御者席の小窓を開けて声をかけてから中央の扉を開けて周平の前に立った。
「周平さん、久しぶりだな。元気かい。」
「万さん、会いたくてここに来た。ほんとうに久しぶりだ。あまり元気はないよ。」
「そうらしいな。」
「万さんは元気そうだな。初めてあった頃と同じだ。」
「見かけだけさ。」
「千様はお元気かい。」
「千も元気だ。周平さん、世界を統一したみたいだな。一つの言語の世界を作った。」
「万さんや千様のおかげさ。」
「いや、周平さんが初心を変えないで各国を平定したからだよ。この世界は発展するだろう。」
「万さん、また面白い言い方をしたな。これで2回目だ。」
「気がついたかい。前は『今ではない』だったかな。」
「万さんはそんなことまで覚えているのかい。30年以上も前のことだぞ。」
「周平さんも覚えていただろ。」
「万さん、万さんは何者だい。どこから来たんだい。」
「答えにくい質問をするなあ、周平さん。これから話すことは秘密だぜ。来たのはこことも言えるしここだけではないとも言えるんだ。周平さん、この星の夜には星が出るが半天にしか出てないだろう。星は遠くにあって小さく見えるが太陽と同じものなんだ。弱く輝いて見えるのはこの星の時間の進み方が向こうより早いからだ。星のある方向には数えきれない数の太陽があり、その太陽のまわりを惑星がこの星のように廻っている。想像できない程とてつもなく広い場所なんだ。その場所は宇宙と言うんだ。この星も宇宙に浮かんでいるんだ。半天にしか星がないのはこの星が宇宙の端の方にあるからだ。この星から星々のある方向と反対の方向に進むと宇宙の端に出る。光の早さで進んでも何十億年もかかる距離だ。宇宙の端は何も無いから見えないんだが、端の向こうは時間の進み方がとてつもなく早いんで、人間も物もとてつもなく広がってしまうんだ。でも全ての物が広がるから人間はそこでそのまま生きて行くことができる。そこに住んでいる人々にとってはこの星がある宇宙は塵よりも小さく、簡単には目には見えないんだ。その世界の時間の早さに比べたらこの星がある宇宙は時間が止まっているように見える。何の変化も無い小さな塵なんだ。塵と言うのは間違っているな。宇宙は大部分が何もない空間なんだからな。でもその塵に幸運にも真直ぐ突っ込むことが出来るとこの宇宙に入ることが出来、体と物は一気に収縮するんだ。理解できなかったと思うがわしはそんな場所から来たんだ。宇宙船を進めていたら突然この宇宙に入ってしまったんだ。最初に見つけた惑星がこの星だったわけさ。私の父は私と別れる時に『もしも偶然に別の宇宙に入ったら最初に見つけた星を発展させ大宇宙の支配種族にせよ』と指示したんだ。しかも、その星の名前は『ホムスク星と呼ばれる』とも言っていた。わしがこの宇宙で最初に出会ったこの星に辿り着いて山に住んでからこの国の言葉を覚えたときは驚いたよ。私の母の星の言葉とよく似ていたんだ。しかも、この国の名前が穂無洲国だと知ったときは本当に驚いたよ。穂無洲国とホムスクって似ているだろ。この星はおそらく穂無洲国星ではなくホムスク星と呼ばれることになる。今の共同体はホムスク共同体って言うだろ。あのホムスクだ。一億年先の話だ。その頃にはホムスク人はこの宇宙全体を支配する種族になっている。わかったかい。そんなわけでわしが来た場所はここでもあり、ここだけではないと言う答えになる。」
「驚いた。でも分った。万さんを理解できた。万さんはこの星や太陽や星々よりもずっと大きかったんだ。」
「まあ、それでもいいが、正確に言えば生まれたときは今の大きさで宇宙の外に出て大きくなって、この宇宙に入ってまた小さくなったんだ。」
「長く生きているのだな。」
「この星も一億年も経てば誰でもいくらでも生きることが出来るようになるさ。」
「そんな時、人はどうなるんだい。」
「愚かになって自滅するんだ。生きる為に働く必要がなく、好きなことが自由にできるようになるので興味が一緒の者同士が一緒に暮らすようになるんだ。頭だけでな。母はそんな世界で個人として生きていた少数の人間だったらしい。父はこの世界で言えば今から三千年くらい後の世界の人間だったんだが十万年以上もホムスク文明を勉強して知識を得て、宇宙の支配族のホムスク人の知識を越えたらしい。父は母の住む星、ホムスク星って言うんだが、そこに行って私に命を与えたんだ。母は純粋のホムスク人だったからわしは周平さんの子孫かもしれんな。この星の免疫もあるみたいだし。」
「すごい話だな。万さんには兄弟はいるのかい。」
「妹が一人いるが、今はこの宇宙の外の宇宙に居ると思う。妹は父の子ではないんだ。母の血液から育てた母と同じ肉体を持つ妹なんだ。父は私が一人では可哀想と思って作ったらしい。」
「そんなことができるのかい。信じられない。」
「そう思う。でも、この世界でも数千年後にはそんなことが出来るかもしれないと想像できるようになる。」
「万さんの父上は偉大な方だったらしいな。」
「そうだな。この世界の宇宙の外の宇宙を見つけたんだからな。でもまだ生きていると思う。ホムスク星があった宇宙が縮小して潰れる前に故郷の星を太陽ごと一緒に外の宇宙に移したらしい。どこにいるのか分らないが故郷の星で暮していると思う。」
「万さん、いま気がついたのだが今の話しはつじつまが合わないよ。今のこの星が将来発展してやがてその宇宙が潰れるとして、それを知っている万さんが今ここにいるのはおかしいだろ。過去にでも来たとしても偶然来たのだからそれもおかしい。」
「周平さん、たいしたものだ。周平さんが私の話しを良く聞いていたことがわかった。そうなんだ。つじつまが合わないんだ。わしにもわからんのだ。その時代になると人間は過去の世界に行くことができるようになっていた。結局、過去の世界をたくさん作ったために宇宙が収縮して潰れたのだが、それは当時のホムスク人とか機械人にはわからなかったんだ。父はそうなることを推測して避難するために外の宇宙を見つけた。父はわしがホムスク星に行くだろうことを予言したのだから父には分っていたのかもしれない。でもわしには未(いま)だになぜそうなるのかがわからないんだ。」
「万さんでも分らないことがあるのだな。安心した。」
「周平さん、長生きしたいかい。もっと生きたいのならそうしてあげるよ。50年なら簡単だし、もっと生きたいならそれもできる。」
「そりゃあ、歳をとって来ると長生きに執着する。だがそれはそんなことはできないと分っているからだ。万さんが言えばそうだろうし、万さんを見ていればそれが実際にできると分る。だが延命が可能だと分ると周りの人のことを考えてしまう。自分の子供達が受ける衝撃は大きいだろう。家臣だってだれだって妬(ねた)む。私の立場は他の人と同じだという前提で成り立っている。わしはみんなと同じように死んで行くよ。」
「そうか、分った。周平さんは周平さんだな。気が変わったら言ってくれ。」
「千様は万さんと同じホムスク人なのかい。」
「わしは地球人とホムスク人のあいのこさ。でも千は純粋なホムスク人だ。以前言ったことがあるが、千はワシが作った。」
「作ったと言うことは千様を何人でも作ることができるのかい。」
「できる。だが、それはしない。千は人間だ。身体も考えも人間と同じだ。私は周平さんを何人でも簡単に作ることができる。体だけが同じ周平さんではなく今のままの周平さんだ。でも周平さんは自分と同じ顔をして自分と同じ考えと自分と同じ経験を持った人間が自分の周りに何十人も現れたらいやだろ。」
「それはそうだ。」
「それが自我というものさ。」
「自我か。なんとなくわかるのだが。」
「自分は自分で自分しかいないということさ。」
「・・・想い出した。千様が我々とは違う人間だと万さんから聞いたことがあったな。千様がとてつもない力を持っているのは千様が5倍体人間だったからだったな。」
「想い出したかい。我々は父と母の遺伝子の二つしか持っていないが、千は私の母の遺伝子を5つ持っているって話したことがあった。ホムスク文明が発展するとそんなこともできるようになるのさ。」
周平は万と三時間以上も話していた。
途中からは万の馬車の中でクルコルを飲みながら話した。
万と別れて輿(こし)に揺られて帰る時、周平は自分は万と出会えて幸せだったと感じた。
万との出会いの人生は忙しかったが、充実していた。
何よりも、死への恐怖が無くなっていた。
いつでも延命できる状況下で死を迎えるのだ。
周平はその後「始皇帝」の称号を自らに与えたが、始皇帝としての最初の指令は万の住む場所一帯を今後開発侵入禁止としたことであった。
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