第31話 31、水穂国大将の水光
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荒波は先に城を落とすことにした。
砲撃をどんなに加えても爆弾をどんなに落としても兵士は全員は死なない。
そんな状況で城に攻め入っても勝つではあろうが味方にも損害が必ず出る。
荒波は初めての方法を試みることにした。
千から状況が適していたら使ってみればいいと言われて小さな擲弾筒を百発ほど渡された。
一発を離れて試した時に荒波はもがき苦しんだ。
催涙弾だと言われた。
皮膚は火傷をしたように痛み、涙が止めどなく溢れ、胃の中の物が口から溢れ、くしゃみが続き、呼吸はほとんどできなくなり喘息の発作のように全く動くことができなかった。
その日は快晴の無風だったので300機の熱気球を城の上空に配置した。
かなりの高空から爆弾で天守閣の屋根を破壊し、その穴に五発の催涙弾を落とした。
効果は絶大だった
煙が隙間から流れ、次第に下に向かうにつれて多くの兵士が出てもがき苦しんで屋根に現れた。
屋根に出た大部分の兵士は屋根から落下し、屋根に残った者は気球から射たれた。
天守閣の地上階の扉が開き、多くの兵士や女子供が布で口を塞いで庭に転げ出た。
庭に出た全員が気球からの狙撃で撃ち殺された。
天守閣の周囲の庭にも十発の催涙弾が落とされた。
塹壕に隠れていた兵士は壕を出て転げ回り気球からの狙撃の的になった。
殺戮(さつりく)であった。
攻撃側に憐憫の感情をほとんど湧かせない殺戮であった。
遠方からの狙撃とはそんなものだ。
引き金を引き、的が遠方で崩れ落ちる。
血を見ることも無い。
白兵戦とは違う。
一時間ほど経つと天守閣の周囲は動く者が無くなり静かになった。
荒波は天守閣に一発の爆弾と周囲の広場に二発の爆弾を落とした。
今度の爆弾は毒ガスであり、無臭であるが触れれば死んだ。
毒ガスは千から十発しかもらってなかった。
即効性で一時間で失効すると言われた。
爆弾を落としても天守閣と広場に動きはなかった。
即死するから動きは見えないのだろうか。
水穂国の城は大きかったので天守閣から離れた場所での被害はなかったが、催涙ガスの強烈な匂いが静かに広がって行き、塹壕に隠れていた多くの兵士は我先に城外に逃げ出した。
今まで嗅いだことの無い嫌な匂いだったし、銃の音が止んだことから兵士全員が死んだことが推測できた。
指揮官も堪えきれずに逃げ出した。
毒ガスの効果が切れる一時間が経つと荒波は軍を城に入れようとした。
道の途中に1万もの軍勢を留めておくことはできなかった。
最初に300機の気球は次々と城内広場に降りて狙撃銃を持つ二名の兵士を降ろしてから部隊に戻って行った。
地上に降りた狙撃兵は辺りに散乱する死体を越えて天守閣に入り、屋根に伏せて射撃の体勢を取った。
次に200機の熱気球を部隊と城を結ぶ道の周囲の上空に配置させた。
次は30台の戦車が5千名の装甲歩兵と共に道の両側に展開され、砲口が両側の町並みに向けられた。
隙間は全くなかった。
補給隊が戦車の間を通り過ぎ、次に砲兵隊が大砲を引いて通り過ぎ、最後は騎馬隊が後を追った。
それらが通り過ぎると戦車と装甲歩兵は後ろから順に城内に入って行った。
500機の熱気球は見張りの100機を残して城内の広場に降りて燃料を補給した。
侵攻から2日で荒波は一名の損害も無く城を落とした。
最初に行うのは死体の焼却であった。
死体を荷車に乗せて半ば焼けこげた二の丸に運んで重ね詰め込み、城内の松の木を切り倒して死体の周りに積み上げて火を着けた。
およそ2万名の死体があったので1万名ほどの兵士が城外に逃げ出したことになる。
城主らしき死体は無かったので城主はどこかの秘密の抜け穴を通って逃れているのかもしれなかった。
その方が交渉に都合がよい。
その夜は気球による空襲を行った。
城の周囲100mの家屋敷を焼失させた。
町の住民と兵士は夜を徹して消火活動をした。
水穂国の資産は農地である。
城や町をどんなに壊しても問題とならない。
海穂国が水穂国に代って統治することは簡単だった。
3日目、国境から5万の大軍が田畑の道を通って近づいてきた。
城内からの30台の榴弾砲の3斉射と上空の気球からの爆撃で兵士はあぜ道に分散してから町に入り、騎馬隊は国境方面に撤退し、数十門の大砲は道端に放置された。
放置された大砲は上空から降下した兵によって破壊された。
夜には気球による空襲が行われ、城の周囲の焼け野原は150mに広がった。
4日目は戦闘が行われなかった。
400機以上の熱気球が城と国境を往復し、糧食と燃料と弾薬を城に運び込んだ。
そして夜には町の空襲が行われた。
水穂国の兵は絶望感を持った。
常法による攻撃手段がなく、毎夜空襲で町は焼けてゆく。
城に通じる抜け穴も塞がれていた。
穴を掘るにも300mも掘らねばならず、土砂の捨て場所も上空からの監視が厳しかった。
ゆっくりしていたら掘り場所まで空襲で焼け野原になってしまう。
それに侵攻軍は空の兵站路ができており、安全に食料と弾薬を供給できる状況にある。
5日目の早朝、一騎の騎馬武者が白旗を掲げて大手門の前に進んで来た。
「水穂国軍大将の水光である。侵攻軍司令官と交渉したい。」
報告を受けた荒波は大手門を開けさせ使者を大手門の中間に招き入れるように命じた。
門は開けたままにしておいた。
荒波は戦闘服で騎乗し大手門の直前で止まり、馬上から言った。
「司令官の荒波である。口上を伺(うかが)いたい。」
「貴軍の我が国への侵攻は無法である。非は貴軍にあるが、降伏の条件を伺っておきたい。」
「確かに我が軍の貴国への侵攻は無法であり、誠に申し訳ないと思っている。侵攻布告状には降伏は無条件降伏であると記されている。」
「布告状は見た。無条件降伏した場合の予測できる処置をお聞きしたい。」
「貴国に対する処置は穂無洲国の領主の周平様が決められる。」
「海穂国の領主の一海様の間違いではないのか。貴殿は海穂国の荒波殿であろうが。」
「海穂国は穂無洲国の属国である。穂無洲国に従っている。」
「やはりそうであったか。何かおかしな状況になっていると報告を受けている。」
「無条件降伏後の貴国への処置は海穂国への処置と同様になると思われる。だがこれはあくまで私の推測である。」
「海穂国はどのような条件で穂無洲国の属国となったのか。」
「一海様のご家族は家臣と共に穂無洲国で暮らしている。ご領主様は一月ごとに穂無洲国と海穂国で暮らしている。関所は無くなっている。海穂国の軍は海穂国が養っているが指揮権は穂無洲国が持っている。貴国に侵攻した侵攻軍の大部分は海穂国軍である。」
「緩い条件ですな。貴軍は素晴らしい兵器を持っている。なぜ小国の穂無洲国に従うのか。」
「そう言う約束になっておる。両国間の信義の問題である。貴国の資産は広大な田畑とそこで働く農民である。たとえ城下の都市や住民を全滅させても貴国の資産は失われない。海穂国は貴国を併合させ一つの国にすることが容易にできるということを念頭におかれたい。」
「分り申した。帰って検討したい。」
「そうされよ。今夜も城の周囲を空襲させる。巾は100mの予定だ。準備されよ。」
「分り申した。ごめん。」
使者は帰って行き、大手門は閉じられた。
荒波は無力を感じた。
水穂国は穂無洲国の海穂国に対する属国の条件を知った。
その条件は信じ難いほど寛容な条件であることを荒波は知っていた。
水穂国はその条件なら受け入れるだろう。
いつでも属国を止めて独立することができるからである。
相手の心の中は荒波には読めない。
相手の心の中を読むことができる千の能力がこれほど欲しく思ったことはなかった。
その夜も空襲が行われ城の周りは250mの範囲で焼け野原になった。
多くの引っ越しが昼の間に行われ損害はそれほど大きくはならなかったようであった。
消火作業もそれほど熱心には行われず延焼を防ぐことに主眼をおいていた。
翌日の夜も空襲が行われ焼け跡に隣接する100mをとばしてその向こうの100mの町並みを灰燼にした。
内側の家々も延焼した。
荒波は水穂国の領主に不信感を抱くようになった。
城の周囲の450mの町並みが焼き落とされてもなお動こうともしない。
民の損害は大きいはずである。
反撃ができないのなら早期に降伏するのが為政者の義務であると荒波は考えていたからだ。
自分の身に厄災が及ばない限りは行動を起こさない領主であるのかもしれなかった。
荒波は敵軍に使者を立てることにした。
戦車の砲の先に白旗を結び、使者を戦車に立たせて大手門から500mの地点まで進ませた。
たとえ使者が殺されたとしても戦車は城に戻って来ることができる。
「侵攻軍の使者である。水穂国軍司令官と交渉をしたい。」
使者は口上を述べた。
その声は異常に大きな声で、周囲に響き城の石垣に返ってこだまになった。
学校の第4組が戦車の作製の過程で作った拡声器であった。
戦車同士で連絡する時や戦車の周囲にいる戦車歩兵に身を曝さずに連絡するのに必要であるとの学生の提案で千が戦車に装着させたものだった。
数分後、一人の騎馬武者が白旗をかざして戦車に近づいてきた。
「水穂国軍大将の水光である。口上を述べられよ。」
「侵攻軍の凪(なぎ)と申す。司令官に代って使者として参った。貴殿は水穂国軍最高司令官であるか。」
「水穂国軍最高司令官は領主の一水様である。ここには居られない。代りに承けたまろう。」
「了解した。口上を申す。貴国はなにゆえ降伏なされぬのか。戦力に圧倒的な差があり、反撃は難しい。このままでは時間が経つほど国民及び兵士の死者は増加する。早期に降伏するのが領主としての義務だと思う。以上だ。」
「口上は承った。領主様にお伝え申す。数日間の猶予を賜りたい。」
「これは私個人の質問である。ここの現状を領主様はご存知なのか。」
「ご存知である。」
「これは私個人の意見である。穂無洲国領主の一平様は人民を大切になされるお方であると聞いている。人民に損害を及ぼしている現状は時間が経つほど降伏条件は厳しくなると予想される。」
「貴殿の意見もお伝えすることをお約束する。」
「感謝。」
戦車はその場で反転し城に帰って行った。
水光は戦車が城に消えるまで見ていた。
その戦車は馬に引かれた馬車ではなく爆音を轟かせながら自力で動いていた。
鉄板で覆われ、小さな大砲も付いていた。
そんなものは水穂国にはなかった。
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