第26話 26、千の学校建設
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五日後の朝、千が城の大手門の前に現れた
二頭立ての小型の箱形馬車に乗り、御者席の小窓は開いていた。
大手門には門番の他に二名の若侍が立っており、馬車が止まると直ぐさま二名が近づいて来て馬車の小窓に向かって会釈した。
「殿から千様をお待ちするように言われた小性の遠と州と申します。千様でしょうか。ただいま周平様にお伝えしますからお入りになって内でお待ち下さいませんでしょうか。」
「千です。訓練場で待っていると周平様にお伝え下さい。」
千は小窓に顔を近づけて若侍に会釈し、馬車を城中に入れ掘り近くの訓練場に向かった。
千が訓練場で馬車を降り辺りを眺めている時に周平が一人で来た。
「千様、おはようございます。お待ちしておりました。」
「周平様、おはようございます。軍事関連学校の教師を作るように万に言われ参りました。」
「万さんからは人の募集と場所と兵の提供を言われているが何からしたらいいのでしょうか。」
「最初は馬車の後ろからテーブルと椅子を出して下さいませ。ここは日陰になっております。クルコルを飲みながら相談致しましょう。」
「クルコルか。久しぶりだ。喉が待っている。」
千は馬車に入り白磁のカップとクルコルの入ったガラスポットを盆に載せて運んで来た。
「クルコルの入った容器は面白い入れ物ですね。ガラスですか。二重になっているのですか。」
「はい、ガラスに似ておりますが石英を溶かして作ってあります。万が作りました。石英はガラスと違って伸び縮みが少ないし丈夫なのです。暖かいクルコルをどうぞ。」
千は白磁のカップにクルコルを注ぎ、周平にすすめた。
「石英って水晶のことですよね。」
「はい、左様です。山で採れます。溶かすにはガラスよりずっと高い温度が必要です。」
「万さんはどんどん新しい物を作っているのですね。」
「万は工夫して物を作ることが好きなのです。」
「猟師だから工夫するのだと言っていましたが、万さんは特別ですよ。」
「周平様、郊外に学校を作るに適当な場所を見つけておきました。資材は既に準備してその場所においてあります。兵士の一分隊をお貸し下さい。伊井諾々(いいだくだく)分隊が良いでしょう。伊井分隊長には後でここに来るように命じて下さい。数日で学校の形は整うと思います。周平様は募集の御布令を出して下さいませ。」
「文面はどうします。」
「用意してまいりました。このように記載していただけますか。」
千が懐から取り出した紙には次のように書かれてあった。
学生募集
目的:教師育成学校の学生を募集。
期間:一年。
費用:不要。期間中の衣食住は保証。
募集人数:五十名。
応募資格:15歳以上50歳以下の男女。経歴不問。穂無洲国民あるいは海穂国民。
集合日時:四月六日正午。
集合場所:校舎敷地内。穂無洲国城下郊外。
選別方法:個別面接。
教師:元穂無洲国軍司令官。
卒業後の処遇:教師を望む者には教師。望まない者には任意処遇。
「分りました。さっそく布令を出すことに致します。伊井分隊長を来させます。」
周平は紙を持って急ぎ去った。
30分ほど経ってから伊井分隊長がやって来た。
「司令官、参りました。何の御用でしょうか。」
「伊井分隊長、今回の私の身分は定かでありません。でも命令は出します。いいですか。」
「了解しました、司令官。」
「分隊の人数は何人ですか。分隊を集合させるのにどれくらいかかりますか。」
「分隊は百名で、30分で集合できます、司令官。」
「分りました。一時間後に分隊を大手門の前に整列させて待機させなさい。武装は必要ありませんが各自水筒は持たせて下さい。城内にある荷車に馬をつないで数台、そうですね、十台くらい用意しておいて下さい。荷車には飲み水を載せて下さい。できますか。」
「できます、司令官。」
「郊外に学校を建設します。」
「了解しました、司令官。早速行動致します。」
一時間後に千は馬車で大手門に現れ、中央の扉を開け、馬車の屋根に付いた棒を支えに馬車の屋根に跳び上がって言った。
「気をつけ。休め。皆の者、良く集まってくれた。臨時指令の千である。これから郊外に行って学校を建設する。穂無洲国の発展のためである。伊井分隊長、小隊毎にまとまって馬車に続いて行軍させよ。」
「了解しました。司令官。」
千は馬車の屋根から飛び降り、開いていた中央の扉から入って馬車を進めた。
学校の予定地は城から徒歩で一時間の距離で、緩やかに続く丘陵の一部で道路に面していた。
道路脇の草地には大型の荷車が20台ほど並べてあった。
不思議なことに道路からの轍の跡はなかった。
千は馬車を草原に進め停めて分隊長を呼んだ。
「伊井分隊長、小隊長を集めよ。段取りと割当を決める。」
「了解、司令官。」
十名の小隊長が集まり、馬車の前に整列した。
「学校を建設する場所はここです。敷地はおよそ200mの方形で四隅に赤旗が立ててあります。第一、第二、第三小隊は旗と旗の間の整地をして下さい。巾は旗と旗の線から左右に2mです。刈った草木は外側に積みなさい。鎌と鍬と熊手は一番左の馬車に積んであります。第四、五、六、七、八小隊は五カ所に井戸を掘ります。井戸の場所は青い旗を立ててあります。井戸の掘り方の方法を書いた巻物が左から二番目の馬車に積んであります。簡単に言えば辺りを整地し、櫓(やぐら)を組んで掘り進み順次井戸枠を埋めてゆきます。櫓の材料と井戸枠は左から二番目と三番目と四番目と五番目と六番目と七番目の馬車に積んであります。各小隊が一台の馬車を使えばいいでしょう。井戸枠は数百㎏あって重いですからを運ぶときは注意して下さい。土堀器は各馬車に積んであります。第九小隊は薬品を撒いて草を枯らします。薬品と散水器は八番目の馬車に積んであります。薬品は体に有害です。散水する兵には馬車に準備してある面体を着けさせて下さい。薬品に触れてしまったら水で流して下さい。第九小隊長は散水の順序を特に注意して下さい。草に着いた液に触れないように散水して下さい。第十小隊は予備です。休息用の布小屋を造ったり、各小隊を廻り連絡や補助をして下さい。質問はありますか。」
「指令、よろしいでしょうか。」
「第四小隊長、許可する。」
「井戸はどの程度掘ればよろしいでしょうか。途中で水が出て来たらどう対処すればよろしいのでしょうか。」
「すまん。言ってなかった。井戸の深さは十mを目安とする。この地帯なら七mも掘れば出水するはずだが、掘りを急げば井戸枠を十mまで沈めることができると考えている。井戸枠は十m分だけ準備してある。大石が在ったり困った時には私に報告せよ。それでいいか。」
「了解しました。司令官。」
夕方になって五つの井戸からは豊富な水が出て来るようになった。
井戸に蓋をし、九番目の馬車に積んであった汲み上げポンプを蓋に取付けてこの日の全ての作業を終えた。
千は荷馬車に積んであった水桶を井戸の近くに置かせてから主要作業の終了を告げた。
「伊井分隊長、第十小隊を徹夜の見張りに残せ。第十小隊が組立てた布小屋を見張りに利用せよ。小隊の夕食と飲料は城から馬あるいは馬車で届けよ。伝令用の馬を見張り用に残せ。」
「了解しました。司令官。」
「第十小隊長、三名ずつ交代で見張れ。武器は九番目の馬車の壁に十字弓と盾がかけてある。分ったか。」
「分りました、司令官。」
「伊井分隊長、兵士を荷車に乗せて城に戻って解散させよ。明日の9時にここに集合せよ。私は山に戻る。明朝にはここに来る。分ったか。」
「了解しました、司令官。」
千は馬車に乗り込みかなりの早足で山の方に帰って行った。
「千様はこれからご亭主の夕餉の用意をしなければならないのだろうな。千様の旦那様ってどんなお方なんだろう。」
一人の兵士が呟(つぶや)いた。
「あのお美しい千様がお慕いしている方だからな。わしには全く想像できん。」
「村の者に聞いたが流れ者の猟師らしいぜ。」
「ただの猟師をあの千様がお慕いすると思うのか。」
「それはそうだが、殿様とも懇意らしい。」
「懇意と言うより、金平様の話し方だと、殿様の先生らしい。」
「殿様の先生なら千様の旦那様でもいいかもな。」
「そうだな。」
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