第25話 25、征服の大義

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 水穂国は海穂国に隣接した平地の国であり、多くの農産物を生産し、周辺の国々に余剰農産物を売ることによって国を成していた。

周平は万に出会う前は穂無洲国が隣接する国のことしか知らなかったが、海穂国併合の過程で多くの密偵を周囲の国々に派遣するようになり、周辺諸国の先にある国々の様子も知るようになった。

世界の各地と交易していた海穂国からの情報は貴重であった。

海穂国に出入りする船では水に浮かべた方位磁石を既に使用していた。

 周平は千が帰った後しばらく経って万に会いに村に行った。

今後の方針を聞きたかったのだ。

万が来そうな日を予想し、二日も前から村に建てた別荘で待っていた。

万は予想通りの日にやって来た。

 前と同じ馬車であったが車輪の外周には薄いゴムの板がはめ込まれていた。

万の馬車は少しずつ改良されて来ている。

最初は四輪が竹の板バネの独立懸架だった。

その後、竹バネは薄い鉄のバネに代り、今回、ゴムの車輪を着けたことで乗り心地はさらに良くなっていた。

 「周平さん、待ってたのかい。」

辺りに人は居なかったので万は御者席の小窓を開けて周平に言った。

「待っていた。千様のおかげで海穂国を属国にすることができた。でも、今後何から手を着けるべきかよく分らんのだ。千様は『これからは属国の軍隊を使えばいい』と言っていたが実際にはどうするのかわからん。指揮権はあってもまともに戦争をしたら双方の損害が大きくなるだろ。万さん、どうすればいいんだろう。」

「周平さん、よっぽど困っているみたいだな。先ずは馬車の中に入ったらいい。その中で話そう。」

「そうだったな。クルコルはあるのかい。」

周平は馬車の中央の扉を開け、御者席の万に対面する座席に座った。

万は馬車の後ろからクルコルの入った竹筒を二本取り出し、周平と自分が座っている座席の手すりに埋め込まれた小さな棚を引き出し裏返して固定してから棚に開いていた穴に竹筒を差し込んだ。

 「さて、何から始めるかだったな。何かな。そう、最後は言葉と文字だろうな。この世界が一つの言語で統一され、文字も一つになることだろうな。そうなってしまえば以後にどんな乱れが生じても、どんな統治形態になってもそれは内輪のもめ事でしかない。」

「この辺りは同じ言葉を話している。世界には色々な言葉があるのだろうか。」

「あるだろうな。なぜ異なる言葉が出来るのかはわからんが。」

「何から始めたらいいだろうか。」

 「例えば世界を一つにするにはこの星の世界を知らねばならない。世界を知るには正確な地図が必要だし、正確な地図を作製するには三角法を知らなければならないし、三角法を知るには幾何学が必要だし、幾何学を知るには学ばなければならないし、学ぶためには学校が必要だし、学校を作っても教える者がいないから先生を作らなければならない。先生と生徒の選び方も重要になる。それに本も必要だ。本を広めるのは印刷機が必要だ。それに文字と固有名詞を考案しなくてはならない。先は長いな。でもゆっくりやっても時間はある。」

 「よくわからない言葉がいくつかあった。地図を作るための三角法って何だい。」

「角度だけで地図を作って行く方法だよ。例えばこの馬車と村はずれの位置までの距離は簡単に分るだろう。仮にそれを500mとして紙に1万分の1に縮尺して5㎝の線を描く。馬車と村の外れから例えば山の上の木への角度を測って紙に線を引けば山の位置がわかるだろう。それを繰り返して地図を作って行くのさ。」

「なるほど。そうなるな。」

「実際には角度を測るのに正確な目盛りの付いた円盤と遠眼鏡が必要になる。今度作って上げるよ。それに熱気球があると便利だ。山の上に簡単に降りることができる。」

「専属の人間が必要だな。」

 「物や兵は準備できるが問題は大義だ。今度は一方的に攻め込むわけだから大義が重要だ。」

「それは万さんが言っていた言葉と文字の世界統一かい。」

「そうだ。『世界の文明の進展のために同じ言葉を使うようにしよう』って呼びかけるのがいい。そのために属国になれと言えばいい。少し論理に無理があるが侵略するんだからその方がいい。」

「相手国は大きいから小国の属国には抵抗があるだろう。」

「そうかもしれんが、逆に小国だから受け入れるかもしれん。自国の軍隊は指揮権を失うとは言え自国に温存されているのだからな。そんな状態となるから問題は属国にした後の扱いだ。穂無洲国が支配力を強めようとすれば反発を招くことになる。支配力を弱めれば命令に従わない。」

「最初が肝心だな。万さん、次はいつで何所がいいだろうか。」

「穂無洲国と海穂国に接する水穂国で三年後だろうな。」

 「三年の間に何をすればいい。」

「前と同じで強兵富国だ。穂無洲国の国土は小さいし人口も少ない。とても短期では富国強兵にはできない。穂無洲国は軍需産業国家になるといい。兵器は産業の常に最先端だ。最初に兵学校を作って優れた教師を作る。教師がさらに新しい教師を作る。教師は富国のために他国にはできない技術を使った物を作って売ればいい。難しいがな。」

「でも万さん。最初の教師を作るのにはどうしたらいいんだ。」

「わしは色々な所を流れ歩いて来たんで雑学を知っているようだ。最初の教師の卵はわしが作ってあげるよ。あとはその教師が自分で学ぶだろう。わしは人に教えるのは苦手だから対応は千に頼む。千は人を評価できる能力がある。集団の中から優れた者を見出すのは得意だ。わしにはわしの評価を教えてくれん。点数が低いのかもしれんな。」

「千様は万さんの妻であることを誇りに思っているよ。」

 「わかった、周平さん。学校を作ってあげる。教科書も準備する。周平さんは布令を出して人を集めてくれ。何人でもいいし、誰でもいい。男でも女でもいい。学びたい者は誰でもだ。海穂国にも伝えてくれ。お金は必要ないと伝えてくれ。穂無洲国と海穂国の数カ所に集合場所と日時を決めておけば千がそこに行くから。学校に入学できたら衣食住は保証する。誰を受け入れるかは千が決めるからすぐ終わる。それから学校を作るのに兵士を貸してくれ。土地も必要だ。郊外がいい。井戸が必要だから場所は千が決める。」

「千様は井戸の場所も分るのかい。」

「分ると思う。千は察相ができるから。」

「千様の察相の術はすごいな。二千人の兵士から十人の密偵を見つけ出したし、三十人の海穂国の家臣の中から二名の反逆の徒を見つけた。」

「そんなことがあったのか。千には秘密は保てんな。周平さん、五日後に千をお城に行かせる。後は千がなんとかするだろう。」

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