第14話 14、工作隊の軍需産業

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 千は食器を馬車の中に入れ、食卓と椅子を馬車の後ろに積んだ後に、馬車の屋根に飛び上がった。

既に十個の的は準備されていた。

「気をつけ。休め。注目。今から十字弓の訓練を行う。最前列には60個の十字弓が用意されている。今は全員に供給できない。いずれ材料が用意されれば2000個の弓が準備される予定だ。実際には一人が少なくとも一つの十字弓を持つことになる。弓の使用法を教える。最初に弓から矢を外す。第二に弓の前に出ている棒を地面につけて弓に達するまで押す。これで弦が引き金にかかる。第三に後ろに出て来た棒を元に戻す。第四に矢を溝に差し込み、矢の後ろを弦につける。第五に狙って引き金を引く。狙いは銃と同じで照門と照星を的に合わせる。これだけだ。」

千は部隊長に命じ、予備の十字弓を持って来させた。

 「今から実演する。最前列から20mの位置に十の的が用意されている。馬車からの距離は異なっている。遠い方から5つを射る。見ておれ。」

千は五本の矢を三秒に一射の早さで的に当てた。

「よいか、慣れれば三秒で一射ができる。次は動く的だ。第一隊隊長から第五隊隊長、適当な長さの棒を各隊の的の陰から上に放り投げよ。大丈夫だ。そち達には当てない。」

各部隊長は辺りに転がっていた松の枝を持って的に隠れた。

「一隊、投げろ。」

千は木が頂点に達した時に木を射抜いた。

「二隊、投げろ。」

これも千は射抜いた。

最後の第五隊の隊長は槍を投げたが千は槍の穂先の付け根に矢を当てた。

槍は壊れず矢が突き刺さったまま地面に落ちた。

「五隊隊長、今のは少し難しかったぞ。各隊長は矢を回収せよ。やれ。」

「了解、司令官。」

 「よいか、この十字弓は狙った所に風がなければ正確に当る。雨の時には少し下がる。よく狙え。最前列、十字弓を取れ。弦を引け、矢を付けろ。前方の的に狙いをつけろ。射て。」

的を外す者はなかった。

「次、矢を外せ。弦を引け。矢を付けろ。狙え。射て。」

次も的を外す者はいなかった。

「なかなかうまいな。弓を地面に置け。矢を回収して弓の横に置け。やれ。」

「良し、最前列は後ろにつけ。全体三歩前進。」

「最前列、弓を取れ。矢を外せ。弦を引け。矢を付けろ。狙え。射て。」

「この列もなかなかうまいな。次、矢を外せ。弦を引け。矢を付けろ。狙え。射て。」

「弓を地面に置け。矢を回収して弓の横に置け。やれ。」

「良し、最前列は後ろにつけ。全体三歩前進。」

「各部隊長、同じことを繰り返せ。全員が十射するまで続けよ。」

「了解しました、司令官。」

 千は馬車の上から訓練を眺めていた。

全員が十射してから千は言った。

「今は六人が同時に射っている。同時に射つということが重要だ、少なくとも三人が同時に射たなければ弓の威力は増さない。僅かの違いが出れば威力は半減する。それを見せてやる。」

千は馬車を降り、的の前に立った。

「第五隊の一の一。弓を取れ。矢を外せ。弦を引け。矢をつがえよ。私の顔を狙え。射て。」

兵士は射たなかった。

「なぜ、命令に従わぬ。」

「司令官様を傷つけてしまいます。」

「大丈夫だ。私を殺しても罪は問わない。狙え。射て。」

兵士は目をつぶって引き金を引いた。

矢は千の右胸に飛んで来たが、千は直前で矢を手で掴んだ。

「まあ、目をつぶったのはしかたがなかったかな。第五隊の一の二と三。弓を取れ。弦を引け。矢をつがえよ。わしの顔を狙え。射て。」

今度は二人の兵士は千の顔を狙って射た。

千は一本の矢を片手で鏃の後ろを掴みもう一本は体を横に僅かに動かしてやり過ごした。

 千は再び馬車の上に飛び上がり兵士に言った。

「よいか、鉄砲と違って弓矢は素手で掴むことができるし、よけることもできる。これを防ぐのは少なくとも三本以上の矢を同時に発射することだけだ。もう一度訓練する。射てと同時に引き金を引け。わかったか。」

「わかりました、司令官様。」

「よし。部隊長、続けよ。」

「了解しました、司令官。」

十字弓の訓練は夕方まで続いた。

千の午前中の槍投げと午後の矢取りの腕を見た後は千は尊敬の眼差しで兵士から見られた。

兵士のだれも松の木を槍で突き抜けさせることはできなかったし、眼前に飛んで来る二本の矢を手で取るなど実際に見るまでは信じられなかった。

兵の解散後、馬車の上に立つ細身の千の美しい姿を目に焼き付けるように振り向く兵士が多かった。

 翌日、千は兵士に盾と衣服と靴と帽子を与えた。

衣服の上着は迷彩模様が描かれ、両腕はなく、腰の下までの長さで、多くのポケットが内側と外側に付いていた。

ズボンは同じ模様を持つゆったりとした構造で足首を覆うまでの長さで、これにも多くのポケットが外側だけに付いていた。

靴は千が履いているのと同じ物で、底が厚く革のような生地でできていた。

帽子も同じであった。

「よいか、着ている軍服は戦闘用に作られている。帽子から靴まで同じ繊維で織られている。見た目や触感の違いは織り方の違いだけだ。使われている繊維は刃物では切れにくい。打撲はするが出血することはないはずだ。槍も通らないが針のような細い物は通してしまう。先端が細い槍には注意せよ。」

 盾も配られた。

細く黒い金属線で織られた面を持ち周囲を薄い金属枠が嵌っていた。

金属線の隙間を通して前を見ることができた。

盾には軽く堅い木でできた棍棒が縦に挟み込まれており、重心の位置に腕が通れる握りが付いていた。

「よいか、この盾は軽いが織り目を通して前を見ることができるので相手の動きを把握できる。矢は通らないし槍も突き抜けない。刀では切れない。鉄砲の弾は普通の弾では通らない。火で燃えることはないし、大火の放射熱も防ぐことができる。雨も通らないので濡れることもない。

武器が何もなくなったら盾に付いている棍棒を使え。棍棒は軽くて堅い。」

 その後の数日の訓練を終えた後、千は部隊を編成し直した。

弓も槍も白兵戦にも向かない兵士を集め工作隊とした。

工作隊は国の新たな産業を起こすための基礎となった。

多くの兵士が山に派遣され、千が見本に示した鉱石を何日も探し歩いた。

周囲の山から木を切り出し、製材し。兵舎の建築や十字弓の製作にたずさわった。

小さな製鉄所を作り、鉄の精錬を行った。

鉄砲の製造と火薬の製造にもたずさわったが、全ては山からの鉱石が原料となった。

千は多くの知識と助言を惜しみなく与えた。

 残りの9隊は更に細分化した。

千は一隊百人の兵を十の小隊に分割し小隊長を選んだ。小隊は二つの半隊に分けられ一つは小隊長が、一つは軍曹が掌握するようにした。

半隊は常に全体で行動するように決めた。

食事も睡眠も一緒に行い、敵と立ち向かう時は五人が一つとなって戦うように指導した。

結局900人の個人の兵が180人の勇敢で屈強な兵士になったことになった。

一人では恐怖で動かない場合がある。

一人のそんな兵士の存在は周囲の戦いに不利をもたらす。

五人の集団はそれを除いていた。

 工作隊の活躍はめざましかった。

特に山野に散った兵隊が多数の鉱石の鉱脈を発見し、軍事物資の生産が可能となった。

鉄ができるようになり、精錬も可能となった。

火薬を多量に作ることが出来るようになり、雷酸水銀も少量ではあったが作ることができるようになった。

必要な材料は自ら作ることを目ざした。

兵舎も完成した

しかしながら、1000名の兵士に食べさす食料だけは一ヶ月という短期間では増やすことはできなかった。

荒地を開墾し換金できる食料を作ることにした。

城下や城の糞尿も集め、金を稼ぐとともに畑の肥料にしたり、火薬の原料にもした。

周平は金貨を半隊毎に一枚与えた。

三ヶ月毎に金貨一枚を与えると約束した。

全員が金貨一枚を得るにはちょうど一年かかることになる。

 千が来てから一ヶ月後の晴れた日、千は和服の正装で周平に別れを告げた。

「周平様。私がここに来てから丁度ひと月になりました。軍の形もできましたので万の下(もと)に戻ろうと思います。何かわからないことがあれば相談をお受けしますからいつでもおっしゃって下さい。今日の午後に帰ろうと思います。」

「そうか、千様は行ってしまわれるのか。千様はこの国の軍を強い軍に変えてくれた。兵士達は千様を崇拝している。産業の目も生んでくれた。万さんが軍事産業は産業の発展をもたらすと言っていたが、その通りだった。軍は新しい物を求めるが新しい物を作るためには新しい産業を起こさなければならない。新しい産業は軍事だけではなく幅広い分野に活用されてゆく。お金がどんどん入ってくるような気がする。それを教えてくれたのは万さんと千様だ。ずっと居てほしいが万さんとの約束だから諦める。万さんにありがとうと伝えて下さい。」

「お伝えします。私もこのひと月は楽しい時を過ごすことができました。またお会い致しましょう。」

 千が周平達の見送りを受けて城門を出るとおよそ800名の兵士と部隊長が直立不動の姿勢でまっすぐ並んでいた。

千は馬車を止め、女装ではあったが裾を見出すこと無く馬車の屋根に飛び乗り、良く通る声で最後の命令をした。

「全員、気をつけ。休め。見送りありがとう。職務に着け。解散。」

兵は解散せず、気をつけの姿勢で立ち続けた。

千は苦笑し、馬車に乗り込み馬車を前に進めた。

兵士達の初めての全員命令不履行であった。

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