第13話 13、千の軍事教練

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 二日目の軍事教練は行進から始まった。

十人の隊長は隊を6列縦隊に組み行進した。

列が乱れた者がいた列は6名の共同責任として広場を一周走らせた。

一隊は荷車の荷物を降ろし、荷車の車輪を分解し武器庫を建てる場所の整地を行った。

四台の荷車の荷台は連結され、そのまま小屋の屋根になった。

馬車の車軸には長い丸棒が通され端のほぞ穴に楔(くさび)が差し込まれて固定された。

荷車に積んであった角柱を馬車を支える柱とし、残余を柱を支える土台とした。

どれもぴったりのほぞが切られており、差し込むだけであった。

小屋の周囲は積んであった板材で覆われた。

荷車は重かったし、角柱も妙に重かったし、周囲の板材も重かった。

小屋の扉も両脇の柱にぴったりと嵌(はま)り、小屋は完成した。

残っていた板材は小屋の床板になり、余る板材はなかった。

 「立派な小屋になりました。四台の荷車が小屋に化けるとは驚きです。一つの残りも出ませんでしたし釘一本も使いませんでした。驚きです。」

小屋作りを指揮した隊長が千に感嘆の表情で言った。

「この小屋は雨が入らないことは勿論ですが、火をつけても燃えません。安全です。横板は槍も通りません。この板と同じものが兵士の盾になる予定です。」

「左様ですか。」

「行軍している兵士を6列縦隊の1列横隊に整列させるように各隊長に伝えて下さい。」

「わかりました、教官様。」

「貴方は隊長です。そんな返事をする必要はありません。『了解、司令官』と返事をして下さい。」

「了解、司令官。早速伝えます。」

 千は馬車の屋根に飛び乗った。

「気をつけ。休め。今日は槍の稽古をする。前列の兵はここに置いてある投てき具を一つずつ受け取り元の位置に戻れ。最左翼の隊長は一つづつ手渡せ。前列、気をつけ。左向け左。前に進め。」

60人の兵が投てき具を持って戻った。

「今渡したのが投てき具だ。槍の威力と命中率を高める。前列、投てき具を地面に置き槍を前方に力一杯なげよ。構え。投げろ。」

兵士は槍を投げたが飛距離は10mから20mであった。

「槍を回収して元の位置に戻れ。駆け足、行け。」

兵士が元の位置に戻ると千は馬車を降り三列目の兵士の一人の槍を借りて馬車の上に戻った。

「今から投てき具の威力をみせる。投てき具の皿の部分の爪に槍の柄をかませ、投てき具と槍を一緒に持ち槍だけを投げる。投てき具で槍を押し出す気持ちで投げる。槍の威力は力と時間だ。投てき具は両方を増す。向こうの松の木に槍を当てる。このようにする。」

千は50mほど離れた松の幹に向かって投げ、槍はうなりを上げながら松の幹の中央に当り、穂先の半分は幹を通り抜けていた。

槍は抜けなかったので兵士には予備の槍を与えた。

「よいか、投てき具を拾って槍につけて構えろ。最初だから狙い通りには行かないが威力は増す。投げろ。」

 60本の槍は50mほど飛んだ。

「投てき具を地面に置き。槍を回収して元の位置に戻れ。駆け足、行け。」

「今投げた者は最後尾に着け。行け。」

「全体、前に三歩前進。」

「最前列、投てき具を槍に付けて構えよ。投げろ。」

やはり槍は50mほど飛んだ。

「投てき具を地面に置き。槍を回収して元の位置に戻れ。駆け足、行け。」

「隊長、この訓練を繰り返しなさい。」

「了解、司令官。」

投てきを繰り返す度に槍の飛距離と直線性は増した。

 三巡した後、千は各隊長を集めた。

「各兵に名前を付ける。前から見て一番左の隊を第一隊として一番右を第十隊とする。各隊は現在6列縦隊となっている。前列の左から順に番号を付ける。例えば縦隊1番目の三列目は一の三だ。縦隊三番目の6列目は三の六だ。第三隊の一番前の一番左は三の一の一となる。全兵士に自分の番号を覚えさせよ。今後はこの配置のように整列させよ。理由は兵の適格性を見るためだ。今日は槍投げだ。これから数回練習させ、もっとも正確に遠くへ投げることができる者を十名選べ。ここに各隊の配列を描いてある。選んだ十名の丸印を黒く潰して示せ。わかりましたか。」

「わかりました、司令官。」

「各隊毎に離れて槍投げを競わせよ。やれ。」

「了解、司令官。」

 午前はこれで終わった。

正午の少し前に千は馬車に入って昼食の準備をした。

テーブルをもう一つ用意し、馬車から少し離れた松の木の下に移動し、椅子をもう二脚加え、新しい白い布を長くなったテーブルに広げた。

そこに周平と金平が来た。

「千様、昼食をいただきに来ました。」

「いらっしゃい。馬車と食卓の間に距離があります。お手伝いして下さいませんか。」

「何をしたらいいのでしょうか。」

「馬車の前から食卓に運び、並べて下さい。お盆は離れた椅子の上に置いて下さい。最初は主食のパンです。チーズを乗せてあります。」

周平が運んだ。

「次は肉の薫製の薄切りと葉野菜と小トマトと半熟卵の半切です。」

金平が運んだ。

「次は暖めた牛乳です。」

周平が運んだ、

「最後はクルコルの容器とカップです。

金平が運んだ。

 千は付近(ふきん)に割り箸を包みテーブルに近づき割り箸を食卓に並べてから言った。

「どうぞおかけ下さい。」

千は二人が椅子に座った後で椅子にかけた。

「これが万に毎朝出しているものです。主食はパンで少し焦がしてあります。横においてあるチーズをパンに挟んでお食べ下さい。チーズは牛乳を発酵させて作った物です。茶色の肉は今日は豚の薫製ですが、揚げ物になったり煮物になったりする場合があります。その横の肉の切り身は塩漬けにしたシャケを焼いたものです。緑の葉は千切りのキャベツですがレタスになる場合があります。その横の真っ赤な果物はイチゴです。野生では春に収穫されるのですが山の温室で作ると冬にも収穫できます。牛乳とクルコルはご存知だと思います。中央のガラス瓶に入っている白い四角の塊は砂糖です。溶けやすいように穴が開いております。牛乳やクルコルに入れれば甘くなります。最後に前に置いてある木の棒は割り箸です。一回使うだけの使い捨てです。切れ込みを開けば箸になります。割り箸はこの献立には不向きですが、この方が慣れていらっしゃると思い用意しました。食卓の中央には各種の香辛料が並んでおります。今日の場合には胡椒を少し野菜に振りかけたら変った味になると思います。経験ですから試してみてもいいですね。それではお食べ下さい。クルコルは食事が終わったら飲むこととしましょう。」

 周平と金平は食べる前に物の名前を言ってから食べた。

二人にとっては大部分が初めての食材だった。

「おいしいですね。パンもチーズもイチゴも初めてです。牛乳は以前に飲んだことがありますがそれよりもずっと飲み易くなっております。」

「この牛乳は牛乳の脂肪分を減らして飲みやすくしてあります。」

「脂肪分ですか。千様は万さんと同じように知らない言葉をたくさん知っておりますね。」

「国が富み、学校が建ち、子ども達が学ぶようになれば全ての子ども達は今私が使っている言葉を容易に理解できるようになります。」

「子ども達だけですか。」

「失礼しました。間違いでした。だれでも系統的に学べば理解できるようになります。特に、大人が学べば子どもより早く成就することができます。」

「安心しました。」

 楽しい昼食であった。

千は頑丈そうな靴と戦闘服のままではあったが帽子は被っていなかったので松の木のこぼれ日に千の顔は美しく輝いていた。

なによりも千から発せられる言葉が心地よく、周平と金平は時の経つのを忘れた。

部隊長の一人がやって来て千に言った。

「司令官、部隊は集合しましたがいかがいたしましょうか。」

「忘れておりました。隊長、投てき具を回収して元の位置に戻せ。その代わりに十字弓を同じ数だけ最前列の兵士に配布せよ。それから的にする古畳を十枚用意し、最前列から20mの距離に設置せよ。午後は十字弓の訓練をする。わかりましたか。」

「了解しました、司令官。」

「15分後に行く。」

 「周平様、そういうわけです。楽しい昼食でした。もしよろしければ食卓と椅子をそのまま馬車の近くに運んでいただけませんでしょうか。後は私が処理致します。」

「食器を洗わなくてもよろしいのですか。辺りには水場がありませんが。」

「この馬車は何ヶ月も生活できるだけの能力があるとお伝えしました。水の心配はありません。お気になされないで下さいませ。明日は昼に万の昼ご飯をお教えしましょう。万の昼食は簡単ですからおいでになってからでもすぐさま用意できます。カレーライスを用意するつもりです。」

「もちろん明日も伺わせていただきます。私は兵舎の建設を急ぎます。どうもありがとうございました。」

二人は何やら会話しながら帰って行った。

朝食のことらしかった。

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