第11話 11、軍事教官の千

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 翌日は晴天であった。

朝早くから山に至る道から大型の4頭立て馬車が村に近づき、村の中央を通り過ぎて領主の館のある道に向かって行った。

馬車の中から馬を制御していたので誰が乗っているのかは分らなかったが、万の馬車であることは精巧な作りで分った。

馬車は止まらずに進み、村の人々が馬車に気がついた時には馬車は村を後にしていた。

馬車は荒地の中の道を進み、家々が立ち並ぶ城下町に入って行った。

周平の屋敷は小さいながらも天守閣を持ち、土塀の外に狭い掘りを廻らした城であった。

 馬車は真直ぐに城の大手門に乗り付けて停止した。

二人の門番は用心棒を立てたままであった。

馬車の前扉が開き、中から若い娘が出て来た。

迷彩色のズボンをはき頑丈そうな靴を履き上着も帽子も迷彩色で統一していた。

娘は細い黒髪が肩まで達しており、黒い瞳を持つ左右対称の美しい顔をしていた。

数段めくった上着の袖から出ている細い腕と細く長い指をもつ手はきめの細かい透明感を持つ白い皮膚であった。

異形の若い娘に当惑する門番の前に娘は進み、意思を込めた声で言った・

「周平様に若い女が来たとお伝え下さい。周平様はご存知だと思います。」

それだけ言うと娘は再び馬車の中に入った。

 門番の一人が城の中に入ってしばらく経つと周平と金平が門の外に出て来た。

周平が馬車に近づくと馬車の前方の窓が開き、若い娘の声が聞こえた。

「万から言われた者です。人目に着きたくありませんので馬車のまま入りたいと思います。案内していただけませんか、周平様。」

「わしが周平だとどうしてわかった。」

「万から聞いております。門の所に立っている方が金平さまだということもわかります。」

「わかった。わしについてまいれ。」

周平は馬車を先導し、幾つかの門を通り抜けて広い縁側がある平らな庭に導いた。

馬車が止まると馬車の中央の扉が開き娘が降りて来た。

「私は万の連れ添いの千と申します。軍の組織化と訓練をするために参りました。よろしかったでしょうか。」

 「昨日の事だがさっそく行動してくれたか。万さんは何と言っていた。」

「万様からは強い軍隊を作れと言われております。」

「こんな美しい人が来るとは思わなかった。おいくつですか。」

「女に歳を訊ねるのは無粋でございます。女の年齢は見た目でございます。」

「悪かった。だがそなたの姿を見ていると年齢がわからないのだ。若いようにも見えるが、その黒く美しい目はそうではないことを示している。」

「ご明察かもしれません、周平様。教練の期間は定まっております。早速に軍事教練を行いたいと思います。集めることができるだけの兵でけっこうですから広い場所に集めていただけますか。どんな兵で、どの程度の能力があるのかを見極め、今後の教練の方針を立てたいと思います。よろしいでしょうか。集合の動員をかけたら先にその場所に私を連れて行っていただけませんでしょうか。」

「わかりました。そういたします。貴方の言葉には強制力がありますね。自然に敬語が出て来てしまう。驚きました。」

「万様の妻ですから。」

 千が案内されたのは石垣の上になだらかに広がる広場で細い松の木がまばらに生えている場所であった。

千は馬車をそこまで動かしていた。

馬車を降り、周囲を注意深げに歩き回った。

まだ昼にならない斜めからの日の光を受け、帽子から出た黒髪は輝いていた。

馬車に戻ると周平に言った。

「周平様、適当な場所だと思います。訓練の過程で真ん中辺りの松の木を数本切り倒しますのをご容赦ください。馬車は石垣の際に止めておきます。私は寝起きを含め、多くの時間を馬車で過ごします。御用があれば使いの者を差し向けください。」

「分りました。ご自由になさって下さい。食事と風呂などはどう致しましょうか。」

「この馬車は数ヶ月を過ごすことができるようになっております。お気遣いは無用でございます。」

「この馬車の回りに衛兵を配置しようと思いますが、よろしいでしょうか。」

「だれも馬車を動かすことも近づくこともできないとは思いますが、興味をお持ちでしょうからご自由に衛兵を配置なさって結構です。その方が周平様は安心できると思います。」

 しばらくして兵達が隊長に従って集合して来た。

十の隊に別れており、一つの隊はおよそ80名で構成されていた。

隊長は鎧を着て槍と革の靴を履いており、兵は短い槍と木の下駄を履いていた。

隊長は周平の前に一列に並び、兵達は隊長の後ろに並んだ。

一人の隊長が周平に向かって言った。

「周平様、部隊を集合させました。兵の一部は城内の警備に着かせております。」

「ご苦労だった、隊長。集まってもらったのは新しい軍事教官を紹介するためだ。この国の軍はより強い軍になるための新しい教練を受けてもらいたい。新しい教官は横にいらっしゃる女子だ。千様と申す。千様の命令はわしの命令だと思って従ってくれ。以上だ。千様、これでよろしいでしょうか。」

「ありがとうございます、周平様。後はおまかせ下さい。」

 千は馬車の屋根に手をかけ扉の取っ手に足をかけ一気に馬車の屋根に飛び上がった。

前方の兵達を見下ろして千は静かに言った。

「私は千と言います。今から一ヶ月の間、皆を鍛えることになっております。一月後には今よりは少しだけ強い兵が出来ると思います。訓練を通して兵としての役割を定めて行きます。弓に強いもの、銃に強いもの、白兵戦に向いている者、工作に秀でたもの、そして指揮に適している者を選別して行きます。私の命令には従って下さい。」

千の声は大きくはなかったが透き通るような心地よい響きを持ち、遠くにいる兵の耳にも明瞭に聞こえた。

「気をつけ!」

兵達は戸惑った様子だった。

 「分った。槍を地面に置け。」

兵達は槍を地面に置いた。

「右手を上げよ。」

兵達は右手を挙げた。

真上に揚げる者もいれば肘の先だけを揚げた者もいた。

「下ろせ。」

兵達は手を下ろした。

「右手を高く揚げよ。」

兵達は真上に腕を上げた。

「素早く手を下ろせ。」

兵達は素早く手を下ろした。

「右手を上げよと言ったら手を真上に揚げ、下ろせと言ったら素早く下ろせ。わかったか。返事せよ。」

「わかった」と言う声と「はい」と言う声が入り交じって発せられた。

「『わかりました、教官様』と答えよ。わかったか。返事せよ。」

「わかりました、教官様。」

「声が小さい。もう一度。」

「わかりました、教官様。」

「声が小さい。もう一度。」

「わかりました、教官様。」

 「よし、右手を上げよ。」

「下ろせ。」

「右手を上げよ。」

「下ろせ。」

「右手を上げろ。」

「下ろせ。」

「右手を上げることができるようになったか。」

「できるようになりました、教官様。」

「よろしい。左手を上げよ。」

「下ろせ。」

「左手を上げよ。」

「下ろせ。」

「左手を上げる事ができるようになったか。」

「できるようになりました、教官様。」

 「よし、両手を下げてズボンの縫い目に付けよ。」

「よし、そのまま足先は開きかかとを付けよ。」

「よし、その姿勢が『気をつけ』の姿勢だ。わかったか。」

「わかりました、教官様。」

「声が小さい。もう一度。」

「わかりました、教官様。」

「よし、両手を開いて腕をのばしたまま後ろでくめ。」

「よし、左足を横に開け。」

「よし、その姿勢が『休め』の姿勢だ。わかったか。」

「わかりました、教官様。」

「声が小さい。もう一度。」

「わかりました、教官様。」

「よし、気をつけ。」

「休め。」

「気をつけ。」

「休め。」

「気をつけ。」

「休め。」

「気をつけの時は前方を向いて頭を動かすな。わかったか。」

「わかりました、教官様。」

 軍事教練は昼まで続いた。

兵達は「回れ右」や隊列の整列を学んだ。

昼近くになると千は隊長達を呼んで食事後に再び集合するよう命じ、最後に「解散」という命令を教えて教練を終えた。

「周平様、午前の教練はこれで終わりです。午後も動きの訓練を行う予定です。この教練の目的は何だとお思いでしょうか。」

「それはわかります。命令に反射的に従う訓練だと思います。」

「その通りです。指揮官から発せられた命令に素早く無条件で反応するのは兵の基本ですから。」

「それにしても千さんの声はよく通りますね。後ろの兵はだいぶ遠くにいましたが動きは前と同じでした。」

「以心伝心なのでしょうか。この軍を指揮する分隊の指揮官もその内にそうなりますから。」

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