第10話 10、強兵富国政策

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 二ヶ月後、領主の周平は金平を伴って村の井戸端で万を待っていた。

その日は寒い冬のみぞれの降っている日だった。

周平と金平は馬に乗ったまま傘をさしていた。

村長が可哀想だと思って大きめの傘をかしたのだった。

二ヶ月前と同じ時刻になって山に続く道から万の馬車が近づくのを見て周平はほっとした。

「今日は雨なので来ないかもしれない」と村長から言われていたからであった。

馬車は真直ぐ周平の前に近づいて止まった。

 馬車は幌馬車ではなく箱形に板を張った背の高い作りで御者台はなく箱の中から馬の手綱が出ていた。

馬車の前方には目の細かい簾が固定されており前方の視界を保っていた。

簾の内側はガラスがはめ込まれているのを周平は見逃さなかった。

馬車には四つの車輪があり、前の車輪は小さく、後ろは大きかった。

大きな車輪は馬車の外側には張り出しておらず、箱形の中に入っている構造になっていた。

ご丁寧に車輪がある付近は地面近くまで板が張られ、車輪は見えなかった。

御者台の下にある小さな車輪はそれぞれが独立しており支点がずれたキャスタ構造になっており方向が進行方向の反対に向くらしい。

周平の近くで止まったときは前の車輪は横の方向に曲がっていた。

馬車の中央の位置に扉があり、御者台とおぼしき位置には小さな窓ががあった。

周平の前で止まった時にその窓が開いた。

 「周平さん、こんにちわ。今日は寒い。みぞれも降っている。話しがあるなら馬を馬車の後ろに繋いで馬車の中に入ってくれ。馬車の中は暖かい。もし話しが長引くようなら周平さんの馬は村長さんの所で預かってもらうから。」

「万さん、本当に今日は寒いな。馬車にいれてもらうことにするよ。真ん中の扉から入ればいいのかい。」

「そうだ。取っ手を下にひねれば扉は開く。」

周平と金平は馬を馬車の後ろの取っ手に馬をつなぎ馬車に入った。

馬車の中には四つの椅子が互いに向かい合わせに固定されており椅子と椅子の間は人が通れる広さになっていた。

御者台は少し高くなった位置にあり、万は柔らかそうな薄い布団で囲まれた椅子に座って後ろに首をひねっていた。

馬車の後ろ側には多くの引き出しが並んでおり中央に小さな張り出しがあった。

馬車の中は暑いくらいに暖かく、温風が馬車の後ろから吹き出していた。

 「寒かったろう。暖かい飲み物を用意するがクルコルでいいかい。」

「ありがたい、お願いしたい。」

「金平さんもそれでいいかい。」

「ぜひともクルコルをお願いします。」

万は椅子の間を通り抜けて後部に行き、縦長の引き出しから3本の竹筒を取り出し二人の椅子の前の椅子に座って対面した。

「この筒の中に暖かいクルコルが入っている。筒の上は竹の椀になっているから引き上げて外す。そうすると栓がしてある長い注ぎ口があるから栓を外して注ぎ口からクルコルを椀の中に入れる。けっこう熱いからやけどしないように注意してくれ。」

 万は息を吹きかけながらクルコルを啜った。

周平は金平と同時に飲んだ。

熱かったようだった。

「万さん、この竹筒のクルコルはいつ作ったんだい。」

「今朝だよ。」

「それなのにまだこんなに熱いのかい。」

「その竹筒は二重になっているんだ。その間が粘土の層と籾殻の層で区切られているんで熱が逃げないんだ。」

「すごいな。まだ熱い。それにこの馬車は暖かいな。どうやって暖かくしているんだい。」

「暖かくするのは簡単だよ。物を燃やせば暖かくなる。馬車の後ろで燃やしているんだ。難しいのは真夏に温度を下げることだ。真夏に馬車内を涼しくするのは出来るが馬車が重たくなるんであまり使わない。」

「夏に部屋を冷やすこともできるのかい。」

「電気があればできる。氷だっていくらでも作ることができる。でも馬車には多くの電気の元を載せることができないんだ。」

 「万さん、この馬車は面白い作りになってるな。」

「どこが面白いと思った、周平さん。」

「お、最初から試験問題だな。まず外から内は見えないが内から外が見える。それから車輪が外側に出ていない。それから御者台が内側にありガラスが嵌っている。」

「8割当りだな。多くの馬車は中に乗る人が重要で御者は馬と同じ立場だ。この馬車は運転する者のために作られている。雨でも風でも雪でも快適に移動できる。中で眠ることだってできる。周囲の板には薄い鉄板が埋め込まれている。弓でも鉄砲でも突き抜けない。車輪だって壊されない。ま、個人戦車だな。だが今は欠点があって実用にならない。馬がいないと動くことができない。」

「馬も板で覆うことができるだろう。」

「できるが馬二頭では無理だ。4頭ならできるが図体が大きくなって動きが鈍くなる。平原の戦いで多数の馬車があって歩兵の援護があれば大きな戦力にはなる。」

 「そうだな。考えておいてもいいな。」

「寒さは取れたようだな、周平さん。今日は何の用だい。約束の金貨は1000枚用意した。兵が1000人いて、一人当たり金貨一枚なら戦闘なしで二年は雇っていけるだろう。」

「十分だ。今日来たのは女のようだが万さんの顔を見たかったのが第一だ。」

「そんなに男前かね。この前に渡した銃の設計図は理解できたのかい。」

「理解はできた。あんな細い線がどうやって書けるのかはわからなかったが、あれなら確かに連発はできる。だが設計図通りの物を作る技術が無いことがわかった。とても吹子と鑢(やすり)ですぐに作れる物ではないよ。」

「すぐにはできないだろうが、「考えるから作ってみたい」と言う者に作れと命ずるべきだよ。人間は工夫するから必ずできる。」

 「そうか、そうしてみよう。問題は火薬だ。本体の火薬は花火に使っている火薬と同じみたいだから簡単に作ることができる。だが爆竹にも弾にも使っている点火薬はだれも知らなかった。」

「そうかもしれんな。あれは雷酸水銀だ。がんばれば作れるよ。最初は水銀を採る。山の中にある透明がかった赤い色の着いた石を砕いて曲がった管のある容器の中で熱すると水銀は気体になって冷えた曲がった部分に溜まる。銀色の重い液状の金属だ。きれいだぜ。次は酒精だ。お酒を熱して出て来た蒸気を冷やして液体にすれば酒精が採れる。アルコールとも言う。酒造業者に言えば出来る。三つ目は硝酸を作る。火薬で使っている硝石を漬け物に使っている明礬(みょうばん)と混ぜて熱すれば硝酸ができる。明礬石は山にある。火薬に使っている硝石は尿からもできる。草を積んで小便をかけて発酵させ古い家の床下に置いておけば数年で硝石ができる。水銀を硝酸に溶かし、アルコールと混ぜて温度を上げないで振れば灰色の粉ができる。それを少量の水に溶かしてどろどろにして弾とか爆竹の棒の先端に塗って乾かせば出来上がりだ。叩いたり引っ張ったりしない限り爆発しない。安定しているんで安全だ。一番難しいのは山で赤い色の石を見つけることだな。そんな石の鉱脈は金の鉱脈より価値があって貴重だ。」

 「万さん、万さんは自分が言ったことがどんなことか分っているのかい。とんでもないことを話しているんだぜ。この国も回りの国もそんなことは知らない。話しの半分も解らなかった。金平、そちは解ったのか。」

「いえ、ほとんど解りませんでしたが、万様が知っており作っていると言うことは解りました。」

「雇っている兵士を山に散らして水銀の鉱脈を見つけるんだな。見つかれば大もうけだ。金坑脈とか硝石のある場所も見つかるかもしれない。見つからなかった時のことを考え、古い家を買い受けて床下に硝石の生産場所を作るのも重要だな。糞便の収集の仕事も始めた方がいい。それから鉄だ。鉄が無いと何もできない。刀や鍬があるんで鉄は作れるが戦にはもっと多くの鉄が必要だ。山から鉄鉱石を取り出して多量の鉄を作れるようにすればいい。」

 「色々とやることが出て来たな。」

「1000人の何でも命令できる力強い若者がいるんだから何でもできるだろう。すごい労働力だ。荒地を開墾して食料の生産量を高めることもできる。農作業が楽になれば暇ができて百姓も開墾に加わるかもしれない。この国では冬は作物を作っていないが温室を作れば冬でも食べ物ができる。温室を作るには透明なガラスが必要だがガラスを多量につくることができれば他国にも高く売れる。国が豊かになれば学校を開くことができる。」

「何かワクワクするな、万さん。何から始めたらいいだろうかな。」

「まず、1000人の軍を組織化するのがいいだろうな。強い軍と命令に忠実に従う兵士を作ることが最初だろうな。この国が豊かになったら回りの国は興味を持って攻めて来るだろうな。それが国を広める好機だ。」

 「軍隊の組織化か。万さんはそれができるのかい。」

「いや、できない。そんな経験も無い。第一わしは人と接することが苦手なんだ。」

「そうか。今まで通りならできるが、それではだめなんだろうな。」

「わかった。周平さん。女房を屋敷に行かせてあげる。」

「万さんは奥さんがいたのかい。」

「秘密だったんだが、いるんだ。」

「奥さんは軍隊の組織化や訓練を知っているのかい。」

「わしよりずっと詳しい。一ヶ月だけ行かせよう。それだけあれば人選はできるだろう。もう少し大きい馬車で行って馬車で生活するから屋敷の中に適当な場所を作ってくれ。」

「女一人で心配は無いのかい。」

「心配はしていない。わしよりずっと強い。」

「わかった。奥さんは絶対に危ない目には会わせない。万さんの奥さんか。会うのが楽しみだな。」

 その日は長くは話さなかった。

みぞれはずっと降っていたし繋いでいた馬達も冷えきっていた。

万は周平達の帰り際に薄い布織の覆いを与えた。

幅広い一枚の布に穴があいてそこに頭巾が着いていた。

「これはポンチョと言うものだ。水は柿の渋を薄く塗ってあるので通らない。内側は起毛の織りになっているから暖かいはずだ。」

「ありがとう。借りて行く。万さんの奥さんと会えるのを楽しみに待っている。」

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