第8話 8、万の家

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 二ヶ月後の秋の日は幸いにも秋晴れであった。

領主の周平は朝から村の井戸の端で万を待っていた。

ずっとこの日を待っていたのだった。

晴れていれば万が山からおりてくるかもしれない。

はたして万はやって来た。

今日は荷車には御者台を含んで幌が掛かっていた。

馬車はまっすぐ周平の方向に向かって止まった。

 「やあ、周平さん。待っていたのかい。いや失礼。ご領主様。待っていらっしゃったのですか。」

「万さん、何でそんな口をきくんだい。」

「今日は一人ではないんでね。馴れ馴れしいのは立場上まずいでしょう。」

「そうだな。供を一人連れてきた。荷車を引くためだ。」

「賢そうな従者だな。竹馬の友かい。」

「そういうとこだ。」

「荷車から馬を外したらいい。鞍も着いているから乗るつもりだろうし。」

「そうだな。金平、馬を馬車から外せ。」

「金平さんか。よろしくな。」

若者は会釈した。

 井戸から遠い位置に村長と娘達が立っていた。

万は片手を上げてこちらに来るように合図した。

村長と娘達は近づき。領主から離れた位置で止まった。

「村長さんと娘さん。今日はいい天気だなあ。また毛革を持って来ただ。今日は熊革二枚と白テン3枚を持って来ただ。熊革の一枚は村長に、もう一枚はこの前壊してしまった杉林の中の小屋の主にお詫びを言って差し上げてくれや。白テンはそれをしてくれる娘さん達にだ。」

「いつもいつもご親切に。あの小屋は誰も使ってねえし壊れるままだったんで誰も気にしてねえだ。娘達も心待ちに万さんを待っていましただ。」

「村長さん、今日はご領主様が話をしたいみたいなんで村には長居しねえだ。次に来るときまでに欲しい物があったら考えておいてくれや。娘さん、馬車から毛革を運んでくれや。」

娘達はいそいそと馬車に近づき、一人が馬車によじ登って中の毛革を下にいる娘達に手渡した。

「会いたかったで、万さん。」

「わしもじゃ。なにか欲しい物でもあるんかい。」

「会えるだけでええだ。万さん。」

娘達は毛革を抱えて村長の横に並んだ。

 「そちは言葉を色々に使い分けるんだな。」

娘達が向こうに行った後で周平は言った。

「言葉は使い分けて使用しております。語彙も相手が理解できるように選択しています。その方が会話が楽しいですから。」

「わしとの会話にはどの程度の語彙を使っているのだ。」

「困った質問をしましたね。怒らないで下さいね。中の下というところですか。」

「わしは野蛮人か。」

「生活は確かにそうかも知れませんが周平さんは聡明です。知識と聡明さとは全く別のものです。」

 「無礼だが褒めてもらっていると思っておく。今日はその方の住処(すみか)を見たいのだ。もらった十字弓はよく出来たものだった。だが爆竹は点火に使っている火薬がどんなものか分らなかった。家臣のだれも見当もつかなかった。火薬を学ぼうにも取っ掛かりも掴めなかった。それで其方の暮らしぶりを見れば理解できるだろうと思って今日ここに来た。供の者は火薬についてよく知っていると思われている者だ。」

「いいですね。慎重な言い方をしております。そういう考え方が進歩を生み出すのです。」

「そちはまた馬鹿にしておるな。どうだ、家を見せてくれぬか。」

「分りました。初めてのお客様ですが我家に招待しましょう。少し遠いので今すぐ出発します。お供の方と一緒に後について来て下さい。」

 万は馬車を廻らしもと来た道を早足で馬車を進めた。

周平と金平は馬で後を追った。

山への道は岩の断崖で行く手を遮られていた。

断崖の横の方には切れ込んだ場所があり、馬車はその中に入って行った。

数十m進むと足下に板を張った場所にさしかかり、万は板の上で馬車を止めた。

板場には手すりが廻らしてあった。

「周平さんと金平さん、ここに来て馬を板の上に乗せて馬の手綱を回りの手すりに括(くく)ってくれ。このまま上に行くから。」

「馬が4頭と馬車だぞ。上に登るのか。」

「大丈夫だ。ここは周囲が崖だから風が吹かないので都合がいいんだ。」

 万は二人が乗り込んだ後で崖に垂れ下がっていた綱を引いた。

板場はゆっくりと持ち上がり、断崖の上に到着して止まった。

万はそのまま馬車を進め崖の上に作られた黒い道に乗せた。

「板場から進んで馬車の後をついて来てくれ。」

周平と金平は馬を進め黒い道を馬車についていった。

「万さん、この道は変な道だな。堅いようで柔らかいし真っ平らだ。小石一つない。」

「山の土を混ぜて薬品を使って平に固めてあるんだ。崖の上では泥道になると土が下に流れてしまうんでこうした。」

「すごいな。初めて見た。」

 馬車は真直ぐな道をゆっくり進んだ。

周囲は鉄枠で囲まれた細長い小屋が並んでずっと続いていた。

小屋の屋根と壁はガラスでできており中が見えた。

中で野菜と稲と果実が生育されていることは明らかであった。

「万さん、回りの小屋では食料を作っているのかい。回りは透明だが高価なガラスではないのかい。」

「そうだよ、周平さん。ガラスで囲うと中は暖かくなるんで冬でも作物を作ることができる。収量も多い。食べ物は全てこれらの小屋で作っている。」

「すごいな。初めて見た。ガラスも作っているのかい。」

「ガラスを作るのは鉄を作るより簡単だ。材料がそこいらにあるから。」

 黒い道を進むと高い塀で囲まれた住居らしい所に突き当たった。

「ここが私の家で工場も兼ねてる。周囲の高塀は鉄で出来ており頑丈だ。山の上は風が強いんでそうしている。」

万は入口に向かって馬車を進めた。

鉄の扉は真上にせり上がり、大きな入口を作った。

「周平さん、一緒に入ってくれ。わしが来れば扉は開くが他の人では開かないから。」

周平と金平は少し慌てて馬車の横に馬をつけた。

「分厚い鉄だな、万さん。」

「暇だったから厚くした。」

「これを動かすのは大変だったろう。」

「少し大変だった。」

 門を入ると多くの小屋が並んで建っていた。

「これらの小屋と言うより大屋だが、何だい。」

「色々な工場だよ。ここで色々な物を作っている。道で使った薬品もガラスも鉄もここで作っている。加工するのは家に続いている作業所で鉄砲を作ったり毛革を鞣したりしている。動力の元は谷川の水なんだが、実際に機械を動かすのは周平さんには理解できないかもしれんが電気というものを使っている。」

「電気は知っている。雷もそうだそうだ。隣の国から来た火花を出す機械も電気で火花を出すと聞いたことがある。」

「そう、それだよ。周平さん。雷の電気は怖いんで制御できないが、電気を使いやすい穏やかな物にすれば色々なことが出来るんだ。さっき上がって来た板場や鉄の扉を持ち上げたのも電気を使っているんだ。」

「金平、そちは電気がそんなことができるということを知っておったか。」

「いえ、周平様。初めて聞くことです。」

「ま、我々はその程度だよ。万さん。」

「学べばすぐに理解できるようになりますよ。」

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