第7話 7、周平との話

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 「さて、今度はこちらの質問でしたね。貴方の領地はどの程度で、抱えている兵と家臣はどのくらいですか。」

「お前は密偵か。だが約束だから答えよう。領地は山の向こうの平地と見える限りの山の尾根くらいかな。兵は1000人程で家臣は20人程だ。」

「そうですか。周囲はどんな国にかこまれておりますか。」

「5つの国に囲まれている。どの国もこの国よりも大きくて兵も十倍以上いる。うまい具合に均衡が保たれているのでこの国はまだ生き残っている。」

「そうですか。緩衝国ですね。それらの国の先はどうなってますか。」

「一つの国の先は海だ。この国が一番大きいし力も強い。残りの4国の先には多くの国があるようだが、行き来がないのでよく分らない。」

「そうですか。苦しい状況ですな。貴方の国はどうやって生きているのですか。この国の産業は。」

「米を作って他国に売って生計を立てている。他の産業はない。」

「海に面した国の産業は貿易ですか。珍しい物を海から運んで売っているのですか。」

「そうなのだ。高くても買わなければならない物もある。悔(くや)しいが海がないのでしかたがない。」

「貴方はこの国の将来をどうしようと考えておりますか。計画はありますか。」

「お前は本当に無礼な男だな。どうやって国力を高めるかの方法がまだ分らないのだ。」

「武器に興味を持っているということは戦争も考えているのですね。」

「そうだ。だが金(かね)がない。」

 「金ですか。この辺りでの貨幣はどんなものですか。盗賊から貰ったので銭は知っておりますが、他にありますか。」

「銅でできた銭と金でできた金貨が貨幣だ。」

「どこで銅貨や金貨を造っているのですか。」

「それがよく分らないのだ。どうやら周囲の国の向こうの国で造っているらしいが。」

「この国が金貨を得る機会があるのはどんな時ですか。」

「周囲の国に米を売った時に得ることが主な機会だ。金貨があれば回りの国から何でも買うことができる。」

「領地に金坑はないのですか。」

「どうやって見つけていいのか分らないのだ。金坑の知識もないし見つけることができる山師もこの国にはおらん。」

「そうですか、金貨を持っておりますか。持っていたら見せて下さい。」

「普段は持ち歩いておらんが今日は支払う可能性があったので持って来た。これだ。」

領主は懐から布に包まれた金貨を取り出して万に渡した。

 万は金貨を丹念に調べてから領主に返した。

「雑い作りですな。金坑さえ見つかればいくらでも造れそうだ。」

「金坑石から金を取り出す方法を知っておるのか。」

「猟師ですから。その程度の知識は持っております。先ほどお見せした鉄砲の鉄は私が鉄鉱石から取り出して精錬したものです。金鉱石から金を取り出すことはずっと楽ですよ。確か硫化水銀の赤い鉱石を向こうの山のどこかで見たことがありますから。」

「硫化水銀とは何だ。」

「水銀と硫黄の化合物です。水銀は金を溶かしますから金坑石から容易に金を取り出すことができます。硫化水銀を含む鉱石を熱すれば水銀を取り出すことができます。」

「言っていることは半分も理解出来ないがお前が出来るということはわかった。大した男だ。あの鉄砲も手作りなのか。」

「猟師ですから。」

 「ところでお前の懐に隠しているのは何だ。」

「見つかりましたか。拳銃です。貴方のような刀を持っている怖い人に対抗する護身用の武器です。」

「それを見せてくれんか。」

「見せてもいいですがお渡しはできません。私の護身用ですから。」

「それでいい。どうやって使うか見せてほしい。」

「いいですよ。」

万は黙って馬車から降りて道から小石を三つ拾った。

「この小石が的です。見ていて下さい。」

万は小石を上に放り上げ、懐から拳銃を引き抜きざま三つの小石を破砕した。

「この拳銃は6連発ですが、今はもう少し小型の18連発の拳銃を造っております。」

万は言いながら拳銃に弾を装填しなおして懐にしまった。

 「その拳銃も自分で造ったのか。」

「そうです。」

「お前は大した男だな。兵がこんな鉄砲や拳銃で武装したら負けることは無い。」

「でも数は力ですから。1000人の兵では心もとないですな。それに武器は進化します。安心したらそこで終わりです。」

「そうだな。だが、進歩には優れた頭が必要だろう。」

「その通りです。優れた頭を造るには教育が必要です。」

「教育だと。初めての言葉だな。学ぶという意味なのか。」

「独自に学ぶのではなく、これまでの知識を多数に教えるのです。そうして知識の蓄積が可能になって初めて優れた頭ができ進歩するのです。」

「そうかもしれない。どうすれば教育できる。」

「学校を作ればいいと思います。子どもの時から教育するのです。」

「学校だと。それも初めて聞く言葉だ。」

 「でも学校を作るには生活に余裕が無ければできません。この村の状態では学ばなければならない歳頃の子どもは農作業にかり出されております。まず生産性を上げることです。農作業を簡単にして時間の余裕を作らなければなりません。」

「そうだな。その通りだ。其方は田植機とか千把扱きとか唐箕とか言う物をこの村に持って来たそうだな。それで農作業に多くの人手が掛からなくなったと聞いた。それもその生産性とかいうものを高めるためなのか。」

「ご明察。でも農業だけでは先がみえております。」

「それはわかるぞ。簡単に作れる物はだれでも作ることができる。すぐに広がって優位は長くは保てない。」

「その通りです。誰でも作れない物を作ることができる人や今の物をどんどん改良することができる者を生み出すのが教育なんですよ。」

 二人はずっと語って時が過ぎた。

「もうすぐ夕方になります。私は山に帰らなければなりません。また話しましょう。二ヶ月後になると思います。その時には銃の設計図を持ってきましょう。」

「そうしてくれ。今日は楽しかった。と言うより自分の無知がわかって恥ずかしかった。」

「いや、新しい知識を丸ごと飲み込むことができるのは大したものですよ、周平さん。」

万は馬車を早足にして山への道を戻って行った。

周平は馬車が視界から消えるまで見送り、きびすを返して早足で反対の方向に馬を進めた。

その日は周平にとって思考の視界が広がったように感じた日であった。

万はただの猟師ではないと確信した。

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