基本はログとソースコード
さて、将斗の休日はあっという間に溶けてしまった。腕時計がスワイプでいい感じに操作できると知った将斗はずっと端末で遊んでいた。上下にスワイプはもちろん、左右にスワイプしてどんな動きになるか、タップ操作も指の数で動きが変わるのか。あるいは設定項目を変えたら動きがどうわかるのか。ひたすらにいろんな操作や設定をしていたらいつの間にか日が暮れていた。
そのため久々の出勤は寝不足気味と相成ってしまったわけである。ただし、作業スペースで仕事を始めているトリアンナもどこか疲れた目をしている様子。
「もしかして、俺がいないうちに何かありました?」
「とくに成果となりそうなことは何も」
「どうも疲れているように見えるのですが。何かあったのでは」
「いえ、このところずっと大量のログとソースコードを確認していましたので目を酷使しているだけです」
「あの方からもう情報が来てるんですか。どれぐらいの量を」
「たくさん、嫌になるぐらいたくさんです。わたくしが『とにもかくにも基本はログファイルとソースコードです』と口走ってしまったがために……」
声色だけでも面倒なことが起きているのは想像に容易かった。トリアンナが見ているモニターを覗き込んで見れば、『推定残り時間三日』というダイアログ。
「オーフルト――魔法データ転送ツールは単純で速いもののはずなのですが、それでもこれだけの時間がかかるらしく、そもそも昨日からずっと三日のままなのです」
当てにならない残り時間表示というのは日本でも異世界でも同じらしい。
「転送が終わったものから順次内容を確認していたのですが、とてもじゃないですが目でたどるのは厳しいところがありまして。横断検索をするにも検索語のアタリがつかないといけませんし」
「使えそうなキーワードはなかったのですか」
「パッと思いつく言葉はあるのですが、これぞ、というのは決定打に欠けていまして」
複数のファイルをまたいで検索する横断検索はこの手の調査には必須だが、大量なログから必要な箇所を抽出するにも適切なキーワードがないと意味がない。思いつきの言葉を当てて探してゆくというのもありだが正確ではない、トリアンナが気にしているのはこの点だった。
それはいいからやってみれば、と言いたいところだが、一度検索を始めたところでいつ終わるかもわからない状況。時間をむだにしたくないからこそ手が出ないのだろう。
膨大なテキスト。抽出したいけれど抽出するためのワードが見当つかない――思考を巡らせる将斗は記憶の中の技術をとっかえひっかえ検討する。
「やはり愚直に候補となりそうな言葉で検索をしてゆくしかないのでしょうか」
「……クラスタリングを試してみますか? 期待した結果が得られるかどうかは別ですが」
「クラスタリング、ですか」
トリアンナはどうも考え込みすぎて頭が壊れているのかもしれない。将斗の言葉に対して反応が薄く、彼女の目が将斗を見られているのか怪しかった。
「大量のログをインプットにして教師なし学習をさせます。その結果ログの内容を抽象化して捉えられるので、効果がありそうな検索ワードを見つけられるかもしれません」
「抽象化ということは、自動でキーワードになりそうな言葉が見つけられる、ということでしょうか。確かに今欲しい処理ですね」
「正しくはないですが、とりあえずはその理解でいいです。ちょっと試してみるので時間をください。いかんせん、やり慣れているとは言えないので調べながらになってしまいますので」
「そうしてください。わたくしはわたくしで確認を」
「一度休憩を挟んだほうがいいです。目が死んでますよ」
「ですが、わたくしはまだ成果を上げていません。ケンカを売られたのもありますが、デーバリー領の問題でもあるのですから」
「疲れていては見つかるものも見つからなくなります」
「大丈夫です。引き際ぐらいはわきまえているつもりです」
トリアンナはモニターに濁った目を戻した。これ以上は将斗と話をするつもりはないと首元や背中が睨んでいた。話しかけるなという意思がにじみ出ている。
さて、将斗はトリアンナのモニターからパスを覗き見た。端末を立ち上げて同じファイルパスをたどれば彼女の目を殺した犯人が表示されてゆく。ただアクセスするだけでも時間がかかるところ、相当のデータ量が送りつけられたらしい。
いちはやく将斗の前に姿を表したファイルをダブルクリックする。
途端に端末がフリーズする。あまりのデータ量に処理が追いついていなかった。
端末の応答を待つ間に考えた。はたして将斗が考えている方法は適用できるのか。クラスタリングと一言で表しても手段はいくつもある。今回頭の中に浮かんだのは教師なし学習と形態素分析である。
教師なし学習は初期値として示す指標がない中で対象の特徴を取り出すために使う分析手法である。一方で形態素分析は与えられたデータを『言葉』として処理をして、品詞や語の観点から分析するものである。
形態素分析は言語として十分なデータが必要だから適用できるかどうかは怪しかった。ヴァイセルンの言葉が何語かわからないはずなのに将斗が当たり前のように会話できているから、ひょっとしたら同じことがログにも起きているのではないか、と考えたのだ。
ただ、そちらはできればいいな、という程度。形態素分析できようができまいが教師なし学習は可能である。ログのフォーマットだとか構造を考慮させる必要はあるものの、ある程度整えてあげればあとはプログラムの仕事である。
何が出るかは誰も知らないが、何かしら出るのは知っている。ただ、意味がある情報、トリアンナが次の手を打てる情報を取り出せるかどうかは祈るしかなかった。
端末の操作が戻ってくる。同時に表示されるのはエラーだった。データ量が大きすぎてソフトでは処理できない、と。画面に表示される機械的なメッセージにうんざりしながら別の方法で――ログファイルの先頭数行のみを表示する方法で中身を確かめてみる。
待たされることなく中身が表示された。異世界なのに読める言葉で表示されているのは感動的だった。異世界だけれど同じ言語? それとも魔法かプログラムか何かでリアルタイム翻訳されている? 疑問はいくつも湧いてくるが少なくとも読める言葉でログが表示されているのは間違いなかった。
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