幸先が悪い

 集められたのはどういうわけか、日本側の会議室だった。作業をするフロアに取ってつけたような打ち合わせスペースではなく、完全に独立した部屋である。


 ディーバ、将斗、メジリウス、トリアンナ、エレノーラと部屋に入って最後には鍵をかけるという徹底ぶりだった。普通の打ち合わせにはない雰囲気がすでに漂っている。


 席に座ることなくエレノーラが口を開けば、その内容に驚かされるのだ。


「トーバー商会の案件は一時的に凍結します」


 不穏なプログラムの存在が打ち合わせのトピックだろうと考えていたが、案件の凍結までは考えていなかった。せいぜい商会へのクレームだとか、今後の対応についてどうするのかをよってたかって検討するとか。


 それらをすっ飛ばしての話。


 しかし誰も動揺している様子がなかった。


「商会にはまだ何も伝えていない。問い合わせや障害の連絡が来ると思いますが、当面は無視していいです。これは会社としての指示です」


「その間わたくしたちは何をすればよろしいでしょうか」


「ディーバはソースコードの調査を。私が商会で稼働しているシステムのソースコードを回収してきたからそれを解析してほしい」


「他のシステムにも仕込まれている可能性はありますからね。うちが入れているのは六つですが、すべてありますか」


「八つ回収してきた。うちが接続している別のシステムも理由をつけて持ってきた」


「他社のシステムですか。参考になるかどうか分からないですが、確認してみます」


「トリアンナと将斗は霜帝とともにデーバリーに入ってほしい」


「うちの領で何をするつもりですか。商会との関係を終わらせるために本店を壊しますか」


「そういうわけではないよ。この点は霜帝から事情を説明してもらったほうがいい」


 席に座るエレノーラに変わって立ち上がるのは霜帝メジリウスだった。しかし立ち上がったとはいえ体は子供、立ち上がったところで胸から下がテーブルに隠されてしまっている。大人が使う前提の室内はドラゴンには大きかった。


「デーバリー領、北タジスタン、レナーダの北方三領にて反乱の機運が高まっている」


「聞いていませんよ!」


 トリアンナが椅子を吹き飛ばしながら立ち上がる。彼女に押された椅子が壁に激突、椅子と壁に挟まれたブラインドが耳障りな音を轟かせた。


 将斗はあまりの反応に心臓をバクバクさせながらトリアンナに視線を送った。ディーバも隣に顔を向けて動けなくなっていた。対するエレノーラと霜帝には動じた様子はなかった。表情を変えることはないが、トリアンナから目をそらすようにしていた。


「父は何もしていないのですか。 メジリウス様、父は! デーバリー伯爵は何をしているのですか」


「我は伯爵の依頼で動いている」


「でしたら、誰がそのようなことをなそうとしているのですか」


「末端の手足は姿を掴んでいる。だがその根本にいる存在が見えない。北タジスタンの地下組織、デーバリー領の商会。そいつらをまとめている存在がいるはずだが」


「トーバー商会が反逆に手を貸しているとおっしゃるのですか?」


「商会とて一枚岩ではない」


「商会が一丸となっているわけではありませんのね」


 しかしトリアンナは椅子を取りに戻らない。依然として立ったまま、テーブルに手をついたまま二人の顔を見やる。


「エレノーラ卿。わたくしの身勝手をお許しください。今すぐにでもわたくしはデーバリーに立ちます。父と話しをしなければ」


「だから霜帝と向かってほしいと言っているの。馬車よりもよっぽど速い」


「我を馬のように言うな」


 メジリウスが言葉を冗談じみた言葉を発したところで場が和むことはなかった。


「だがのんびりと馬車旅行をされている間に状況が変わってしまっても困る。喜べ、我がトリアンナの馬になってやろう」


「恐れ多くございます。ですが」


「言わずともよい。この状況では一人ぐらい冗談を言えるやつがいたほうがよかろう」


「御心のままに」


「それでだ。二人に動いてもらいたいのは主に二つ。一つ、我のシステム屋として動いてほしい。二つ、本店の監視を行いたい」


「お聞かせください」


「我が以前情報共有のために作ったシステムがあるが、いろいろとガタが来ているように思えていてな。その再構築を進めたい。なに、大した規模のものではない。それと同時に本店の動きを監視しておきたい。しかし我はどうしても別の懸念があってな、そこを任せたい」


「わたくしどもは一介のシステム屋。再構築は構いませんが、監視というのは専門が異なるのでは」


「問題ない。すでに我の息がかかったものを本店に送り込んでいる。その者が仲介役として情報を持ってくる。それをシステム屋の観点で見てほしいのだ」


「観点とはおっしゃいますが、何を見ればよいのでしょうか。システム屋の観点というのは曖昧です」


「情報の矛盾とか、システムを組もうと思ったときにおかしなことになりそうな点を探せばいいんですか?」


「正直なところ、まだ入ってもらってから情報を受け取っていない。どういう情報がほしいかは伝えているが、実際に来るものが役立つかどうか。間者の集める情報についても指示をしてほしいのだ」


「だとしたらまずその方と顔合わせをさせていただきたく。現時点でどのような手がかりを集めているのか確認をいたします」


「分かった。そのように取り計らおう」


 会議室が一瞬静けさに包まれる。メジリウスは三人を一巡見回してのち、エレノーラに目配せをして小さくうなずいた。エレノーラもまた頷けば席を立って打ち合わせの終了を告げる。


 ディーバがすぐに席を立ってエレノーラのもとへ。


 一方、将斗が席を立ったところでいつの間にかドラゴンに背後を取られていた。


「我は本局のお前らの席で待っていよう。荷物をまとめたら集まれ。あまり時間をかけるなよ? まあ、楽しい出張だと考えてくれ」


 メジリウスが将斗の肩を軽く叩いた。『そんなこともあったな』と思い出すにはあまりにも早すぎた。

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